11.ラヴセンサー
出店の内容をクレープ屋に決めた月曜日から、どんどん準備は進んでいった。色々なメニューを考えたり、そのメニューを作ったとして採算が取れるかを計算したり、効率よくクレープを作るにはどうすればいいかを調べたり。それには俺も多少関与していたが、ほとんどの事をクラスメート達が自発的にやってくれた。なので俺と貫森は、衛生管理の書類を通したり、委員会で言われた注意事項を話したりと、実行委員としての裏方の仕事に専念する事が出来ていた。
そんな日々を過ごしている内に二週間が経った、12月12日の月曜日。今日からは文化祭一週間前の準備期間として、授業が午前中に終わる。つまり、空いた午後の時間を準備に当てられる期間となったのだった。
「活気づいてきたなぁ」
四方から生徒の弾んだ声が聞こえる、いつもと違った昼下がりの校内。その中を並んで歩く沢村がしみじみとした口調で呟いた。
「そうだな、もう文化祭の一週間前だしな」
俺はそれに応えながら、手元のメモを見る。そこには屋台に掲げる飾り物を作る為の材料が書かれていて、俺と沢村はそれを近くのホームセンターに買いに行くところだった。
「しっかし、どこも慌ただしいな」今し方、廊下を駆けていった生徒を尻目に沢村が呟く。「それに比べてウチはゆっくり出来ていいな」
「ま、俺と貫森という優秀な実行委員がいるおかげだな」
それに軽口で返しつつも、メモから視線を外さない。
「違いねぇな。揉めそうだった出店の内容もあんなにあっさり決めちまうし。意外と発想力とかあるよな、拓郎」
「それはほとんど貫森のおかげだな。俺は何となく『クレープでいいんじゃね?』と思っただけで、実際大した事はしてないさ」
そんな会話をしながら、廊下を渡って階段を下り、昇降口から外へ出る。途端に冷たい風が首筋を撫でていき、俺は身を竦めた。
「しかし拓郎。お前との付き合いもそれなりだけど、あんなに流暢に喋ってるところなんて初めて見たぞ」
「あん?」
「クレープ屋をやろうって言った時だよ」
「ああ、あれか……」同じように風に撫でられ、身を竦めた沢村からそんな事を言われ、俺はみんなを説得(ってほどの事じゃないが)した時の事を思い出す。「あれはほら、せっかく貫森と考えた案だし、みんなにも納得して欲しかったからな。俺が本気を出せばあれくらいは軽いぜ」
「ふぅん……」
冗談で澄ました言葉を放つ。しかし沢村はツッコミもなしに、なんだか含みがありそうな相槌を打った。
「なんだその反応」
「いや……ふと思ったんだけどさ……」
「なんだよ?」
「あー……」
珍しく歯切れが悪い。沢村は何かを逡巡して、意を決したように口を開く。
「俺がどうこう言う事じゃないんだが……お前、貫森の事が本気で好きだろ」
「なっ……」内心かなりドキリとして冷や汗が出たが、平静を装う。「いきなり何を言い出すんだよ」
「いや、さっきもそうなんだが、ここ最近妙に貫森の事を口にするしさ。それに面倒がってた割には有り得ないくらい真面目に実行委員やってるし。そういうところに俺のラヴセンサーが働いたんだ」
「…………」
ラヴセンサーってなんだ、とかいうツッコミ、実行委員を真面目にやるのは当然だろ、という冗談じみた言葉。そんなものが喉元まで出掛かったが、俺は口の中が渇いて思考が焦げて、ただ言葉にならない言葉を発する事しか出来なかった。
「……お前、本当に嘘つけない性格してるよな」
呆れたような沢村の口調に、しまったと思う。なんというか、もうどうやってもこれは誤魔化せないと感じてしまった。俺は額に手を当てながら深いため息を吐いた。
「……俺、そんなに分かりやすいか?」
「いやあんまり。ただ何となくそうかな、なんて思っただけだ」
「じゃあなんで分かったんだよ……」
「そこはそれ。俺のラヴセンサーを舐めちゃいけない」
そう言って、カラカラと沢村は笑う。
(くそ、なんだこの負けた感じ……)
自分の気持ちを見透かされて無性に悔しくなったが、バレてしまったものは仕方がなかった。俺はもう一度ため息を吐き、開き直る事にした。
「ああそうだよ、俺は貫森が好きだよ悪かったなコノヤロー」
悪態をつきつつそう口にした瞬間、何故だか急に自分の中に実感が湧く。あのお祭りの日曜日に自覚した時は、ただ『好き』という気持ちが空気のようで、特に気にするでもなく当たり前のもののように感じていた。しかし今こうして沢村に対しカミングアウトをした事で、それが急に形を持って心の中に生まれたような気分だ。……つまるところ、第三者に気持ちを打ち明けた事で、急に恋心が現実味を帯びてしまったのだった。俺はどうしようもなく顔が熱くなるのを感じ、乱暴に頭を掻いた。
「そうかそうか」
そんな俺を見て、沢村は満足そうに頷いて見せる。妙に癪にさわる仕草だった。
「そう怖い目で見るなって。別にみんなにバラそうって訳じゃないんだから」
「……どうしたいんだよ、お前は」
「拓郎がどうしたいかによる」と、沢村はそこで真面目な表情になる。「お前が本気で貫森と付き合いたいってんなら真剣に応援するし、そうじゃないなら……そうだな、たま~にこの事をからかうかな」
「なんだそりゃ」
「俺は興味本意の面白半分で友達の真面目な恋路に干渉しないって事。それと幸せそうなノロケ話が大好物なだけさ」
「……そうかよ」
そっけない言葉を返すが、内心では感心していた。普段はふざけているというか、あまり真面目な面は見せないが、こういうところはキッチリと考えてくれる沢村に対して。本当にお節介というかなんというか。
「沢村」
それを認めてしまうのはまた非常に悔しいというか癪にさわる。だが、現実としてこういう事を打ち明けても大丈夫だと思えるのは沢村だけで、これまた認めたくない事に、こいつが頼りになるのも事実だった。だからこそ俺は、少し投げやりな口調で、普段は口が裂けても言わないような事を聞ける。
「なんだ?」
「付き合うってなんだろうな」
視線は合わせず、前を見ながら尋ねた言葉。それに対し、沢村は自信満々に答えてみせる。
「そりゃあれだ。好きな人と些細な日常を共有して、それを互いに嬉しく思う事だよ」
「それは……楽しそうだな」
あのお祭りの事を思い出し、俺は本心からの気持ちがこぼれる。グレーゾーンというかブラックな秘密を持った事、オレンジジュースが好きなんだねと言われた事、ぬるくなったたこ焼きが美味しかった事、二人で歩く帰り道の事。それが楽しくて嬉しかったのは、相手が貫森だったから。
俺は彼女の事が好きで、それを自覚しただけだった。その先の事はあまり考えていなかった。というか、好きでいる事に満足していただけだったのだろう。……だけど今は、
「なぁ沢村。相談があるんだが、いいか?」
「おう。出来る範囲で力になるぞ」
その答えを聞き、俺は先ほどのように自分の気持ちを言葉にする。
「貫森と付き合いたいんだが、どうすればいいと思う?」




