一条恭介――Ⅳ
恭介がやっとの思いでprimitive townに辿りついたのは、キャラクターの登録を終えてから二十分程経った後だった。
これほどまでに時間がかかってしまったのは、プレイガイドをじっくりと眺めていたからだ。元々、こういった類のゲームをやった事が無い恭介にとって、プレイガイドというのは何よりも大事なものである。
少し慣れたプレイヤーならば、習うより慣れろといった言葉通り、プレイガイドなんてものを見るよりも実際にゲームをプレイして操作方法等を覚えるのだろう。
このBlood Blade Onlineは確かに優輝の言ったとおり、王道的なRPGという評判が多い。しかし、それでもここまでの人気を博しているのは、やはりそのグラフィック性能。
そして、多種多様な種族に、典型的なストーリーを補って余るほどの、探求性。
このゲームには、未だに攻略されていない未知の部分が多い。何しろ、かなり高い難易度を誇るクエストを成功させなければならないと手に入らない武器だとか、何万分の一の確率でしか手に入らないアイテムといったものが多々あるのだ。
出てくるモンスターも多く、携帯ゲーム機の比ではない。
こういった事は全て、恭介がプレイガイドから学んだ事だった。つまり、大まかなこのゲームの概要だ。勿論細かなところまでは分からなかったのだが、その辺りは優輝が教えてくれるだろう。
primitive townはかなりの人で賑わっていた。どうやら、この街がこのゲームで言うところのスタート地点ということらしい。
恭介の様な新規登録者がそこら中を歩き回っている。その場所から一歩も動いていないのは恭介只一人だった。
優輝の言ったとおり恭介はチュートリアルを受けていない。恐らく動き回っているプレイヤー達は、チュートリアルを受けているのだろう。
――そのまま数分が過ぎる。
すると、人の流れを掻き分けるようにして一人の男性プレイヤーが向かってくる。長い銀髪を左右に揺らしながら、規則的な足音がスピーカーから聞こえてくる。
近付くにつれて、徐々にその輪郭がはっきりしてくる。切れ長の目と、現実ではありえないほどに綺麗に整った鼻筋。しかしそれに不釣合いな、いかにも安そうな装備。
表示されているプレイヤー名は優輝。
それを見た瞬間、恭一はやっとかという思いに囚われた。
急いでチャットウィンドゥを開き、文字を打ち込んでいく。プレイガイドをしっかりと読んだおかげで、特に戸惑う事も無く操作する事が出来た。
『優輝?』
一応疑問系で聞いてみる。
すぐにチャットの返信が帰ってきた。このゲームでは、話したい相手にカーソルを当て指定すると、そのプレイヤーとのチャットを行う事ができる。勿論、全体向けにチャットをする事も可能なのだが、参加者が多いおかげで、流れてしまうため個人との対話には適していない。
そのうえ、この辺りは新規登録者の溜まり場なので、ギルドへの参加勧誘メッセージが次々と発言されている。
優輝と思われるプレイヤーは恭介のチャットに反応したのか、すぐ近くまで来ると立ち止まった。
『藍?』
同じような問いかけが来る。勿論、藍は恭介のハンドルネームであり、このゲーム内での名前でもある。恭介はその反応で断定した。
『やっぱ優輝か! 待ちくたびれたんだけど』
『ごめん! 本当にごめん! 色々とごたついてて、ログインするのが遅れちゃったんだ。それよりも、僕が言った事ちゃんと覚えていてくれた』
『あぁ、勿論。チュートリアルは断っておいた』
『そうそう! 後、言い忘れちゃったんだけどさこのゲームって所属国とかあるじゃん? その所属している国によっては入れるフィールドとかが違うんだよね。ここは、中立マップだからどの国のプレイヤーも入れるんだけど、属専用フィールドとかだと、他国は入れないとかあるんだ。僕は、エルリーオなんだけどさ、もしかして藍って……』
基本的に所属国は五つで、それぞれに国の紋章が割り当てられている。優輝の所属しているエルリーオ
は白い盾のマークが紋章となっている。そして、その紋章はしっかりとアバターの少し上辺りにあるプレイヤー名の横に表示されていた。
更には、恭介のアバターである藍の横にも。
『そう。偶々だけど、優輝と同じエルリーオだ。良く分からないから適当に選んだんだけど。聞こうか迷ったんだけどな』
『そっかー。ごめん、そこら辺もしっかりと言っておけば良かったよ。でも、同じなら良かった。えーと、それじゃぁ早速狩りに行こうと言いたい所なんだけど、藍は初期装備だよね?』
恭介は自分のアバターを確認する。チュートリアルをすれば、それなりに強い装備が貰えるのだが、やっていないため、恭介のアバターはいかにも弱そうな、布の服。腰にはその辺りの百円均一のショップで買えそうな果物ナイフのような、貧弱な短剣がホルダーに入れられている。
恭介のアバターは少し派手目な優輝とは打って変わって、少し地味な顔つきだ。ほとんどのパーツは元々デフォルメされていたもので、変わったものと言えば、あまりにも味気が無いので遊び心で眼鏡をつけただけだ。
『あぁ。初期装備だ。だから、多分、ってか絶対弱いぞ?』
『大丈夫。心配しないで。僕が武器と防具はあげるよ。職業は?』
『馬路? ありがと! 俺の職業はブードゥー』
『ブードゥー? そりゃまたどうして……。ちょっと待って、ブードゥー用の装備はちょっと用意してなかったかも……』
そう発言すると、暫く会話が止まる。
ブードゥーとは、このゲーム内に何種類かある職業の内の一つだ。一般的な職業と言えば、ソルジャーや、ウィザードといったあたりだろう。勿論、これらのオーソドックスな職業に加えて、アーチャーやシーフと言った少しマイナーな職業まで揃っている。
ブードゥーと言えば、そんなマイナーな職業の中でもプレイヤー人口の少ないほとんど過疎化している職業だ。それぞれの職業にはちゃんと長所と短所があり、それはブードゥーも例外ではない。
例えば、一番人気のあるソルジャーは物理攻撃力とHPの成長率が全職業中トップという長所がある。しかしそれに対して、魔法防御力と素早さが極端に低く、魔法を駆使する相手と戦うにはヒールアイテムや、ヒーラーの存在が必要不可欠である。
このように、ブードゥーにも素早さの成長率が全職業中トップという長所がある。その他の成長率も平均的なのだが、欠点としてはスキルが地味なのである。
大ダメージを与える事のスキルが無い上に、主戦力というよりもサポート向きなので、ゲーマーからは好まれないのだ。
『あぁ、やっぱりブードゥー用の装備は無いや。買ってくるから待ってて』