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夏野優輝――Ⅱ

「ん? あれって……」


 優輝は今注目されているゲームが置いてあるコーナーに目を向ける。そこには、昨日発売されたばかりの人気作。そして、その横にはあのクラインのゲームソフトが場違いにも置かれていた。


「あ、あ、やっやっぱりそうだ!」


 優輝はそれに気づくと、もう途中まで降りてきてしまっていたエスカレーターの流れとは逆向きに、その段差を登っていく。ルームトレーナーの様に下へ下へと動いてゆくエスカレーターに逆らってどんどんと上へ登る。


 途中で優輝の後ろから乗ってきた会社員とおぼしき男性が、まるで異質な存在を見るかのように驚いた表情で何かいいたげにしていたが、今の優輝にはそれすらも言わせない気迫があった。


 やっとの思いでエスカレーターを登り終ると、優輝はすぐに注目のゲームが置いてあるコーナーに駆け寄った。そこには、他の商品よりも目立つ場所に堂々とその姿を晒している、クラインのゲームソフト。急場凌ぎなのか、全く関係の無いネオンのおかげでクリスマスさながらになってしまっている。


 そして、やはりこちらも急場凌ぎなのか安っぽい紙にマジックで、宣伝文句が乱雑に殴り書きされていた。


 優輝はソフトを一つ手に取ると、安堵の表情を浮かべた。そして、裏にしっかりとパスワードが書かれた特別な紙が付属しているのを確認して、それを落さないようにしっかりと押さえつける。


「やっと見つけた……。《最強モンスター育成バトル》ってありきたりすぎるっていうか、適当すぎるでしょ……」


 優輝の持っているゲームには、モンスターのつもりなのか緑色の軟体生物がその表紙を飾っていた。背景は草原のようで、緑色が重複していて非常に見えにくい。本当にプレイヤーに買わせるつもりがあるのか、全体的にがさつな造りをしている。《最強モンスター育成バトル》という文字は、かなり太いフォントででかでかと書かれている。その下には、『BloodBladeOnlineで使える特別な武器を手に入れるためのパスワード付き!』と印刷してある。


 優輝の目的はこれだった。元々、クライン等というマイナーどころかほとんど認知されていないハードの、更にその中でもつまらなさそうなソフトに、ゲーム好きな優輝が興味をそそられる筈が無い。優輝が今最もハマっているのは、MMORPGのBloodBladeOnline。つまり、このゲームの特典として付いてくる武器が、優輝の本当の目的だった。


 優輝はゲームを一階のレジに急いで持っていく。幸いにも、誰も並んでいなかったのですぐに優輝はそのゲームを店員に差し出した。


「これ、下さい」


「はい、少々お待ち下さい」


 店員はそう言うと、素早くゲームのパッケージに表記されているバーコードにスキャナーを当てた。一瞬で、機械に金額が表示された。


「こちらの商品、七千円になります。また、特典の商品が付いているので少々お待ち下さい」


 店員はそういうと、レジの後ろに置いてあるゲームの棚から小さな箱を持ってきた。どうやら、あの紙はこれを貰うための引換券のようなもので、パスワードそのもではなかったようだ。考えてみればそれもそうだ。あんな所にパスワードを付けてしまっては、商品を買わずにそれだけ取られてしまうのがオチだろう。


「しかし……七千円か」


 優輝は苦虫を噛み潰したような表情になると、ポケットから財布を取り出して持金を改めて確認していく。しかし、何度数えても入っているのは九千円。増えもしないし、減りもしない。いや、正確にはこれから減るのだろう。パーマのためにせっせと貯めたお金も、これを買ってしまえば残りは二千円。また地道に貯めなければならなくなる。


 優輝はここで初めて、少し戸惑った表情を見せた。たかだか、ネットのゲームにこんな大金を使ってもよいのだろうか。しかも、このゲームソフトがそこそこ面白くて、自分がプレイ出来るのならばまだ諦めがつくのだが、それのどちらにも属さないというのが問題である。


 ゲームの武器一つのために、お金を出しても良いのだろうか。


 優輝はしばし考えたが、店員が箱を持ってくるのを見ると決意が固まった。


「えぇい、ままよ!」


 優輝は握り締めた千円札七枚と引き換えに、ゲームソフトと小さな小さな箱を受け取った――。


 ┣╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂╂┫


 小さな振動を感じながら優輝は電車のシートに座っていた。もう既に辺りには夜のとばりが訪れていて、窓から見える景色には家から漏れてくる明かりと、細長い街灯の橙寄りの光がかろうじてその光景を照らしていた。


 電車の中には帰宅している人が多いのか、かなりぎゅうぎゅう詰めの状態になっている。しかし、優輝は運良く空いた座席に座る事ができたので、こうして安息している訳だった。優輝はポケットから携帯を取り出し、ブックマークからサイトを開いた。『黒猫の井戸端会議』という名前のサイトで、主にCGIを使って作られたゲームや、チャットが設置されている交流をメインにしたサイトである。


 優輝はサブメニューからチャットをクリックし、入室する。入室者はおよそ十人といったところだろうか。このサイトは随分前から優輝が愛用しているもので、勿論暇つぶしのために来たのだが、顔を見知っている現実の友達とは違い、気楽に話せるところが良い。


 学校では、友達や教師の目にいかに自分を良く映すかに気を使っている優輝だが、このチャットではそんな事をする必要もない。


 どいつもこいつも、全く知らない人間。何か自分に都合の悪い事が起きれば無視すればいいし、名前とIPアドレスを変えてしまえば、また別人になることも出来る。


 何度でもやり直しの利く世界だ。優輝はその手軽さからどんどんとその魅力にのめりこんでいった。


 優輝は本名で入室すると、ボタンを素早く押して挨拶をした。携帯で文字を打つのは、パソコンで打つよりも速度が遅くなってしまう。偶にチャットで見かけるのが、携帯で打っているおかげで会話が流れる頃に返信を返す人だ。この場合は、もう既に話題が切り替わって定型な返事しか返ってこない時と、最悪全て流されてしまうのがおちだ。


 だから、すぐに返信を返せるように優輝は携帯であるにも関わらず、パソコンとほとんど同じ速さで打つことが出来る。その代わり、疲労感はパソコンの倍以上だ。


 暫く流れ行く会話を見つめる。他のチャットメンバーの会話に入るタイミングを探しているのだ。しかし、今はどの人も大体がその相手との会話に夢中になっているようで、入れそうな話が見つからない。


 そんな時、新たな入室者が表示された。


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