夏野優輝――Ⅰ
短くてすいません。
冬の空の陽は短い。正にそれを表している様に、まだ午後の四時を回ったころなのにも関わらず既に辺りは薄暗がりになっていた。
「――はーっ、はーっ」
息を吐き出すと、それが白くなって視覚出来る。そろそろ、この格好では寒いのだろうか。夏野優輝はすっかり冬の準備を始めた秋葉の街を歩いていた。
歩いている人たちの中には、もう既に冬の格好をしている人もいる。優輝はそれを見ながら、数時間前の自分を恨んだ。優輝が出たときには然程寒くは無かったので、特別厚着をしてこなかったのだが、この時間帯になって一気に寒くなった。そんな優輝の今の格好は、長袖の白のTシャツ一枚の上に、ダウンジャケットを羽織っているだけ。下は灰色のカーゴシャカパンだ。
一応、優輝の身体の大まかな部位は全て隠れてはいるのだが、それでも生地が薄いので嫌でもその寒さを感じてしまう。ましてや、マフラーやネックウォーマーの類をつけていないので、首元の感覚はほぼ寒さで封印されていた。
さっさと用事を済ませて帰ろう。優輝はそう思うと、足を速めた。前方から吹き付ける風が優輝の柔らかい猫毛をふわりとかきあげる。優輝はそれを煙たそうに冷えた右手で押さえつけた。この髪は、優輝が少し動くだけですぐに揺れ動いてしまう。優輝はそれが嫌で嫌で仕方が無かった。それに、ストレートで全く癖が無い髪なので、髪型は大体普通に下ろしただけになる。分け目を作ろうにも、直ぐにそれも直ってしまい手が付けられない状況だ。
だから、優輝はお金が貯まったらパーマをかけるつもりだ。パーマをかければ、少しは格好の良い髪形に出来る気がしていた。
優輝はポケットからシンプルな黒の財布を取り出した。
「二、四、六、八……九千円か」
優輝は札の数を数えると、それをまた財布の中にしまった。勿論、これはパーマをかける為に溜めているお金だ。近くの美容室で料金を聞くと、一万二千円と言われたのでそれに向かって優輝がコツコツと貯めたものだった。
しかし、今の優輝にはそんな事よりも大切な事があった。
「あー、もー……寒いなぁ。さっさと買って帰ろっと」
人並みに流れるようにして歩いていくと、優輝は目的の店の前で立ち止まった。やたらと目を引くネオンに顔をしかめながらも、優輝はすぐに店の中に入っていく。入ると直ぐに、暖房の暖かさが身体の奥底にまで沁みていくのを感じた。
冷えた身体にこの暖かさはまるで天国さながら。優輝はしばし、その場に立ち尽くして温まっていた。そんな優輝を邪魔そうに見ながら、大学生と思われる男が店の奥の方へと進んでいった。確かに、入り口のすぐ近くで立っている優輝は他の客からしてみれば迷惑この上ないだろう。だが、一々そんな事を気にしている優輝ではない。
優輝は更にそこで何分か立ち止まって、やっとその思い足取りを動かした。
優輝が来たこの店は秋葉でも有数の大型電気店だ。ゲームから家電製品、コアな機器まで大体が取り揃えてある。三階建ての大きなビルで、階数こそ多くは無いのだが、面積はかなり広い。優輝は慣れた足取りで店内のエスカレーターを駆け上っていき、二階にあるゲームコーナーに小走りで到着した。興奮なのか疲れなのか、少し息が切れてしまっている。
「やば。少し運動しないとなぁ……」
そうぶつぶつと独り言を言いながら、優輝は目的のゲームを探す。流石に大型電気店というだけあって、その品揃えは半端ではない。有名作品しか置いていないような店では、優輝が手に入れたいゲームが売っていない。だからこそ、品揃えが良いこの店にわざわざ足を運んだのだが、品物が多すぎるというのもそれはそれで困るものだ。
探していくのが非常に面倒臭い。優輝は小さく舌打ちをすると、焦らずゆっくりとゲームのタイトルを眺めていく。RPG、パズル、シミュレーション。その他様々なジャンル、様々なハードで細かく分類された商品の棚を流れるようにして動いていく。
そして、徐々に徐々に欲しいゲームの内容で絞っていくと、今度は指でひとつずつタイトルを確認していく。探して求めているゲームのハードは優輝の持っていないものだった、というよりもそのハード自体が世間的にあまり認知されていない。このゲームを知ったときにはプレイしようかと思ったのだが、やはり優輝もハードを持っていなかった為に断念した。
「えぇっと……うわっ、クラインってゲームのタイトル少なっ! しかも無いし……」
クラインというのがゲームのハードだ。しかし、それは人気が無いのかゲームコーナーの端っこに申し訳程度に並べられているだけ。他のものと比べると圧倒的にスペースが狭い上に、僅かに並んでいるソフトも、どれもこれもがありきたりな名前ばかり。しかも、ソフトには少し埃がかかっていて長年ここから動かされていないことが伺える。
しかも、優輝が探しているゲームはここには置かれていなかった。六作品ほどしか無いので、ここからならば探すのも簡単だった。
優輝は心の中で悪態を吐くと、軽く棚に陳列しているほかのゲームを見ながら足を動かす。ゲームコーナーには余り人がいなかったので、何を見ようがソフトの順番を入れ替えるという地味な嫌がらせをしようが全く問題が無いのだが、今はそんな悪戯をする気力さえ湧かない。
「あーあ。近所のゲーム屋には置いてないし秋葉にも無いし。ネットはもう予約が殺到してるから無理だろうし……」
そう文句を言いながら渋々エスカレーターに乗ろうとするところで、優輝の視界の隅にあるものが移った。