一条恭介――Ⅲ
そう悪態を吐きながら、恭介は引き出しにまたゲームを詰め込んで乱暴に閉めた。
恭介は急いでチャットに文字を打ち込む。
『悪い。クラインは持ってないから、俺もいらない』
『そっかぁ。了解。じゃぁ、ゲーム屋でも持っていくことにするよ』
『あぁ、悪い。まぁでも、ゲーム屋に持っていけばそのクソゲー臭のするのも、少しは役に立つだろ』
『うん、確かにそうだね。それじゃ、僕はそろそろ落ちるよ。早く手に入れた武器を使って、無双したいし』
どうやら、優輝は《ブラッド・ブレイド・オンライン》をするつもりらしい。一体、一日何時間やるつもりなんだろうか。聞いた話によると、優輝がこれを始めてからまだ一週間。しかし、その僅かな期間でランキング上位まで上り詰めたとの事。勿論、今日のようにわざわざ特典を買いに行ったりしているのもあるのだが、やはり技術の差だろう。
前に優輝が自慢していたのを恭介は少し聞いただけだったのだが、こういったMMORPGをプレイして十年近くになるらしい。
恭介には十年前どころか二年前の話題になると、もうその知識は尽きてしまう。だから、果たして十年前のそれがどういったものか、皆目検討付かなかった。だが、本人が誇っているのならばそれは胸を張れる事なのだろう。
仮にゲームの話だとしても、ゲーム参加者からしてみれば時にはそれは教師やはたまた大統領なんかよりも尊敬出来る人物に成り得る。
優輝のそういった点から考えれば、短期間でランキング上位に上り詰めるのも至難の業では無いのだろう。それに、一日十時間以上もやっていれば尚更だ。
学校に行っている時間を引けば、一日でゲーム出来る時間なんて限られているはずなのに、一体何処からそんな時間を持ってこれるのだろうか。
恭介は少し考えたが、止めた。優輝の様なゲームにのめり込んでる人の事何て、恭介には分からない。
ましてや、実際に会った事の無い人物についてあれこれと考えても只の空想でしかなかった。
恭介は溜息を吐いて、少し目を瞑るとすぐにまたチャットに戻る。
『おっけー。それじゃぁ、俺も落ちるわ』
そう発言して退出ボタンを押そうとしたところで、優輝が止めに入った。
『あ、ちょっと待って!』
『ん?』
『藍もやっぱり、一緒にやらない? 今なら、新規登録キャンペーンで低レベルでも簡単にレベルが上げられるようになってるし、フレンド登録で僕と一緒に強い敵を倒して簡単に高経験値も溜められる。藍はこういうのあんまりやってないっぽいけど、やってみたら絶対に面白いから!』
恭介は少し考える。今までも、何回かこうして優輝に誘われた事がある。だから、ホームページも少し見てみた。
だが、それでも登録していないのは何となく気分が乗らなかったからだ。不慣れな上に、ゲームの知識が殆ど無い恭介にとっては、見知らぬ人と一緒に遊ぶMMORPG等、未知の領域に等しい。そんな恭介が、優輝のようなコアプレイヤーが溢れているゲームを果たして楽しめるか。
優輝に散々その魅力を聞かされていたので、恭介も少しは興味を持っているのだがいかんせん気分が乗らない。
ただ、だからといってずっとゲームをやらないと、折角出来た話し相手との会話にも付いていけなくなる。何よりも、そんな恭介に愛想を尽かして優輝が離れていくのが怖い。今までを孤独に過ごしてきた分、優輝の存在は友達以上だった。
そんな存在を失ってしまえば、自分はこれからどうしたらいい?
また、あの時の生活に戻るのか?
「嫌だ……。そうだ、始めれば優輝ももっともっと俺に構ってくれる……」
恭介は直ぐにチャットに文字を打ち込んだ。
『やる! 今から俺も始めるから、色々と教えて』
『ほんとっ!? それじゃぁ、とりあえず新規登録して出来たらまたチャットに来てね。僕がそこから色々と指示するから』
『了解』
――良かった。
いくら気が合うとはいえ、世間話ばっかりしていたのではすぐに飽きてしまう。共通の趣味さえ持っておけば、まず話題には困らない。
そういう点で言えば、ゲームというのは正に格好の趣味だ。ゲームは多量な知識から構成されているから、話題なんて腐るほど出てくるだろう。
恭介は何で今までやらなかったのだと、後悔した。
そうだ、もっと早くからやっておけば良かったんだ。優輝は、一番信頼できる友達じゃないか。最初からこうしていれば、もっと早く仲良くなれた。
「丁度、暇してたんだよ」
画面の向こうの優輝に話しかける。
暇を持て余している恭介には、ゲームをする事でその有り余る時間を有効に活用が出来る。暇人の一種の役得だ。
そして、恭介はすぐにチャットの回線を切った。
「えっと――まずは、新規登録……っと」
恭介は検索欄に《ブラッド・ブレイド・オンライン》と打ち込む。すると、何秒もかからないうちに膨大なサイトが表示された。やはり、人気作故にヒット件数はかなり多い。攻略サイトから、ブログ、ホームページ、SNSサイト、コミュニティ――――。様々な人間が、今このゲームをプレイしている様が良く伺える。
その中から、一番トップに来た公式サイトを開く。何度か見た光景。重なり合う剣と剣の周りに、まるで散りばめられた星の様に血痕がついている。全体的に黒色を基調としたデザインは、その血の赤を余計に際立たせている。何度見ても、趣味の悪いサイトだと恭介は思ったのだが、安直にこのゲームの名前からすれば仕方ない事なのかもしれない。
暫くすると、プレイ動画が再生されたが、恭介はそれを全く見ずにスキップさせる。すると、次は御馴染みのインフォメーション画面になった。
運営からの様々な情報や、公式の掲示板等へのリンク、遊び方から推奨スペックまで、細かく分類分けされたメニューが画面の右脇に表示された。
恭介はその中から新規登録をクリックする。
すると、すぐに必要事項の記入が現れた。ネットで何かをするときには、大体これが出てくるので恭介はスラスラと打ち込んでいく。
利用規約に同意しますか? というチェックボックスにチェックを入れると、ゲームIDが登録された。恭介はそのゲームIDと自分で決めたパスワードを手近にあったメモ用紙にメモを取ると、すぐにお気に入りからチャット画面を表示させる。
名前を打ち込み、入室。
恒例の挨拶を飛ばして、すぐに優輝に話しかけた。
『優輝、登録し終わったぞ。次は何すればいい?』
すぐに返信が来た。
『おぉ! やっと藍と出来るねっ。それじゃぁ、まずは登録したゲームIDとパスワードを使ってログイン画面からゲームの中に入るんだけど、その前に藍は初期設定を登録するんだよ。プレイヤーの名前とか、性別とか、職業とか。まぁ、画面の指示に従ってれば出来ると思うから、そこらへんは詳しく説明しないけど。それで、それが終わるとゲームが始まってチュートリアルになるから、それは受けなくていいよ。時間かかるし、僕が教えた方が手っ取り早いから。いい? チュートリアルを飛ばすと《primitive town》っていうところに自分のキャラクターが出るから、僕が行くまで絶対に動かないでね』
恭介は長々と語られた優輝の文をじっくり三回ほど読み、記憶する。
パソコンのスペックの問題で、ゲームとチャットを同時に行うのは不可能だった。なので、記憶しておかないと分からなくなってしまう。
『おっけ。分かった。んじゃ、向こうで会おう』
『はいはーい、それじゃ落ちる』
その言葉と共に恭介もチャットを閉じた。
そして、もう一度サイトのトップページにくると、さっき書いたメモを見ながら、ログインIDとパスワードを入れていった――――。