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一条恭介――Ⅱ

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 恭介は自分の家に帰ると、静かに玄関のドアに鍵を差し込んだ。金属製のドアは珍しく、その光沢を余すことなく、周囲に晒している。まるで西洋の城の門のようだった。年代物なのか、所々は錆がついていてみすぼらしい。


 やはり鉄製の鍵を差込み、右に回転させると小さく音が鳴りドアの鍵が開いた。


 重いドアを寒さで上手く動かせない手で、ゆっくりと引いた。


 途端、暖かな風が恭介の頬を撫で付けた。後ろからは寒さ、前からは暖かさ。二つ同時に体感しているのは、ちょっとした贅沢だろうか。


 無機質な外見とは違い、家の中は驚くほどに柔らかさに包まれている。コンクリートで出来ている恭介の家なのだが、流石に内面まで同じそれにしてしまっては寛げないので、中はフローリングになっている。


 いきなり暖かい場所に入ったので、その温度差で感覚が麻痺してしまう。だが、これが何ともいえない。麻痺した感覚が、恭介にわずかばかりの快楽を与えてくれるのだ。


 恭介は首に巻いていたマフラーを外すと、玄関脇に置いてある靴箱の上に無造作に置いた。


 この寒さの中でも首ではしっかり守られていたようで、赤くなった顔とは対照的に、白い肌を晒しだした。頚動脈がトクトクと振動するのを感じる。


 恭介はほっと息を吐くと、靴を脱ぎ家の中に入る。


 恭介の家はコンクリートで造られた二階建ての一軒家だ。三十坪ほどの敷地を存分に使った家で、ここに住んでいるのは恭介とその父、母。それに、中学三年生の妹が一人。家族四人で暮らすのには丁度良いスペースなうえ、恭介は普段あまり家にはいない。大体は、外に出てぶらぶらとして、平日は地元の公立高校に行っている。家にいるときは、自分の部屋に閉じこもっているだけだ。


 ここは自分の家だが、自分がいるべき場所ではない。恭介はそう思っていた。だから、家族とはあまり関わりを持たないし、そんな自分にわざわざ学校の授業料を払っている両親にも悪いので、恭介は高校を卒業したらすぐに働くつもりでいた。


 今日は休日。日曜日だ。妹は何処かに出かけているのだろう、家にはいない。両親は共働きで、水曜日が休日な様で日曜日のこの時間帯にはいない。


 つまり、今は恭介一人が家にいるのだ。


 恭介は二階にある自分の部屋に入る。リビングは暗く、テレビを見る気にもなれなかったので、やはり今日も部屋に閉じこもる事にした。


 窓から見える景色にはもう既に夕日が映っている。冬になるにつれて、日照時間は短くなっていくのだが、今日は天気が崩れ気味だったので、日が落ちるのが幾分早い様に思えた。


 五畳ほどの部屋には、必要最低限のものしか置かれていない。ベッドと、小さな勉強机。それに、ノートパソコンだ。


 恭介はノートパソコンのバッテリーを繋ぎ、スタンバイになっていたのを起動させる。


 すると、すぐに昨日開いていた画面が映し出された。


「やっぱり、スタンバイは便利だな」


 普通に電源を切ってしまうと、次に立ち上げるときに何分も待たなければならない。恭介のパソコンは決して性能が良いとは言えないので、なおさらだ。


 故に、スタンバイという機能を発見した時にはいくらか興奮したのを覚えていた。


 …………馬鹿らしい。


 恭介は映し出されたウィンドウの人工的な光を見つめる。


 昨日開いていたのは、チャットだった。


 スタンバイにしたせいで、サーバーとの接続は切れてしまっていた。


 恭介はすぐに退出ボタンを押す。こうしないと、処理が上手くできないのか不具合が発生してしまうのを恭介は身をもって体験していた。チャットの入室画面へ戻り、再び名前を入れて入室をする。恭介はチャットでは、《藍》と名乗っていた。特に深い意味は無く、ただ単純に藍色が好きだからである。たまに、女性と勘違いされるが、その時はそのまま女性を偽って、相手を釣る。


 入室すると、すぐに参加メンバーから挨拶が殺到した。


『こん』

『こんばんは』

『藍さんちーっす!』


 流れるようにして、チャット画面がスクロールされていく。恭介は同じように打ち込むと、発言ボタンを押して入室者をチェックした。


 いつものメンバーだ。恭介がチャットに来たのはほんの数日前。余りにも暇を持て余していたので、適当にネットを閲覧しているときにたまたま見つけたサイトだった。喋る内容は自由で、主に暇つぶしのための雑談。自分と同じような年齢の人もいれば、社会人だという人もいる。恭介は、主に会話を眺め見る事しかしないが、時偶に気になる話題になると、発言をしている。


 その発言に、チャットメンバーはすぐに返事を返す。現実の世界じゃ味わえない奇妙な連帯感が、恭介をチャットにのめり込ませた。恭介には、学校で親しいと思える友人はいない。せいぜい、物の貸し借り程度の付き合いだ。恭介はそれ以上の関係は求めないし、クラスメートも恭介とそれ以上の関係になろうとはしなかった。


 勿論、孤独を感じないわけが無い。自分には友人がいないというのは、恭介の密かなコンプレックスだったが、そのコンプレックスを指摘して茶化すような奴さえ、いなかった。恭介はほとんど空気の存在なのだ。


 だからこそチャットは人との対話を普段ほとんどしない恭介にとって、自分を全て隠して他人になれる、いわば第二の現実だった。


『今日は何をしてたの?』


 話が自分に振られた。恭介に尋ねてきたのは、ハンドルネーム《優輝》。恭介は寒さで悴んだ指を擦り合わせ、気晴らし程度に暖めると、すぐにキーを叩き出した。


『今日は学校が無かったから、いつも通り秋葉でうろうろしてた。優輝は?』


『そっかぁ。僕も今日は学校が無かったから、外出してたよ。しかも、偶然にも秋葉!』


『まじで!? 俺はついさっき帰ってきたんだけど。もしかしたら、優輝とニアミスしてたかも……』


『ありえる! それで、恭介は何をしに行ったの? 僕は、ちょっと今やっているオンラインゲームの特典が欲しくて、秋葉の電気屋でゲームのソフトを買ってたんだけど』


『俺は別に目的は無いよ。暇だったから、ちょっとぶらぶらして秋葉を散策してただけ。学校行ってもあんまり楽しくないしね。特に趣味とかも無いから。それで、優輝が言ってる特典っていうのは、あのこないだ聞いたゲームの?』


 恭介は言ったキーを叩く手を止めた。流石に、ずっと打ちっぱなしだと慣れていないせいか、指の動きが鈍ってくる。手を両手で組んで解していく。


 ペキ、と間接が小気味良い音を立てた。


 恭介は、優輝の言っているゲームのホームページを勧められて一回だけ見たことがあった。何でも、今一番勢いがあり人気も話題も沸騰中のMMORPGなのだそうだ。恭介は、この手のゲームはやったことが無かったので、登録をしたりはしなかったが、優輝は今これにはまっているらしい。


 MMORPGなのだが、今までのものよりも断然グラフィック性能が優れていて、低スペックのパソコンでも出来るというのが売り文句らしい。


 優輝も初めはそれに釣られてやったそうなのだが、実際にやってみると王道であるにも関わらず熱中するのだという。


 詳しいゲームの内容は、恭介は知らなかったのだが優輝はこの話題になると途端に、文に熱が篭る。文字だけを見ても、その興奮が恭介に伝わってくるのだ。


 恭介が少し休憩している間にもう既に、恭介と優輝の会話は完全に流されていた。


 入室している人数は恭介と優輝を含め十人。恭介は優輝との会話に徹しているが、その他の参加者は各々自分の会話相手を見つけて自由に話している。このチャットの基本的な使い方としては、入室してすぐは、暇をしているチャットのメンバーと雑談。そこで、話が合う人を見つけたら二人での会話になるのである。まるで、ホストのようだ。


 恭介は大体こうして優輝と話している。優輝は恭介と同じ年齢らしく、住んでいる場所も恭介とはそう離れていないらしい。何せ、秋葉でニアミスする程だ。何処に住んでるかまでは知らないが、恐らくは電車で行ける距離だろう。


 一分後、優輝が発言をした。その言葉には何処か熱が篭っている。最近は、このゲームの話になると、やたら優輝は口数が多くなる。それほど、熱中しているということだろう。勿論、恭介はそれについては無知同然なので、知ったように相槌を打つだけだ。


『そうなんだよ! MMORPGの《ブラッド・ブレイド・オンライン》! 実は、これの特典で今日行った秋葉の電気屋で指定されたゲームソフトを買うと、ゲーム内で使えるレアな武器が手に入るんだよ。だから、今日はわざわざ秋葉まで繰り出したんだ。でも、その指定されたソフトが何の陰謀なのかやたら高いんだよ。しかも、そのソフトのハードを持ってないから遊べないし……』


 なら買うなよ。と、恭介は突っ込みたくなったがそれを抑えて、


『そうなんだ』


 と相槌を打った。


『それでね、この特典で貰った武器がそれはもう強くてさ! さっきも試しに使ってみようと思ってログインしたんだけど、今まで苦労していた敵も楽々! 高い買い物だったけど、やっぱり買ってよかったと思うよ。あ、それとさ。もし藍が欲しいなら今日買ったゲームを譲りたいんだけど』


『へー、そうか。んで、そのソフトのタイトルは? 後、ハードも教えて』


『えーとね、タイトルは《最強モンスター育成バトル》……で、ハードはクラインかな』


 いかにも面白く無さそうな名前だ。恐らくは、《ブラッド・ブレイド・オンライン》を運営している会社が販売しているゲームなのだろう。在庫処理の為に抱き合わせで売ったという事だろう。確かに、プレイヤーの多い《ブラッド・ブレイド・オンライン》の強い武器とセットにすれば、それこそ飛ぶように売れるだろう。優輝も、それに釣られてまんまと買ってしまった口だ。


 まんまと会社の思惑にはまったということか。


 恭介は机の引き出しを出し、その中に乱雑に放り込まれているゲーム機器を漁る。大体は、秋葉で徘徊している内に無理矢理買わされてしまった物で、その度に処分方法を考えていたのだが、いつか役立つだろうとこの中に溜め込んでいたのだ。


 その数、およそ十。メジャーな機器からマイナーな機器まで一応揃えてあるはずだったのだが、どれも優輝の言っているクラインのパッケージは見つからなかった。


 よっぽど、マイナーなハードなのだろうか。それとも、只単に高値だったから知らないうちに恭介が買うのを拒んでいたのか。そもそも、恭介はほとんどゲームをしないので自分が持っているゲームの種類を把握しきれてはいなかった。


 宝の持ち腐れ。


 いっそのこと、このゲーム全て優輝に譲ってしまおうか。


「――本当に、使えないな」

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