王子の帰還 2
「ここは……グランディール城、私は助かったのか」
今いる所が慣れ親しんだ城である事に気づいたコータルがそう言うと、ビクトール以下、その場に居た者が一斉に頷く。
すると、コータルはいきなり起きあがり、父王にひれ伏した。
「父上、ただいま戻りました」
「うむ、よくぞ無事でおった」
「いきなり、お起きになって大丈夫ですか!」
その様子を見て、クロヴィス老があわててコータルに駆け寄る。コータルはそれを右手で制して、
「ああ、心配するなクロヴィス。何ともないぞ」
と言って、剣を振るう仕草をして見せた。
「ご無理をされてはなりませぬ」
「相変わらず心配性だな、このじいは。もう何ともないと申しておるではないか」
コータルはそれを信用しようとしない老臣に笑いながらそう言った。
「セルディオ、お前が言うように、ニホンとやらの治癒師の技量は相当なものなのだな」
それを見た王が感心したようにビクトールに言うが、
「はい、それはそうなのですが……」
当の彼はその王の賛辞に歯切れ悪く返すと、
「殿下、少々失礼いたします」
と言ってコータルの左腕を捲り上げた。
「やはり」
「何かあるのか、スルタン」
その様子にコータル自身も自分を救った希代の魔術師の顔を訝しげに覗き込む。
「殿下、ここにあった傷が消えております」
「それはどういうことです。まさかこの後に及んでまた殿下の偽物とか申すのではないでしょうな」
ならば貴様もろとも切り捨てる、とクロヴィスが老体に鞭打って息まく。
「もちろん、この方は正真正銘のコータル・トート・ランバルド・グランディール様です。私がちゃんとニホンの治癒施設からお連れしました。
私が言いたいのはそこではありません。
ニホンの治癒技術は魔法は一切なく、言うなれば物理的なもの。傷は癒えますが、深い傷は跡が残るのです。私の記憶では、この左手二の腕はかなり深く抉られていたはず。それが跡形もなくなっているのは、魔法が介在する証拠だと申し上げているのです」
「誰かが魔法を使って殿下を治癒したというのか」
何の為に、とクロヴィスが言う。
「ええ、ニホンには魔法という概念すらありませんので、人々は使えるとも思っておりませんが、たった一人だけ……このオラトリオで未熟ながらも魔法を操っていた私の映し身宮本美久その人なら、それができるはず」
「ビクは今でも魔法を使えるの?」
その言葉にエリーサが驚きの声を挙げる。
「ええ、彼は私の映し身ですから、基本的な魔法スキルは非常に高い。後は、念の込めかたと詠唱文言さえ会得していれば。それにしても治癒の中でも最高位の魔法をそらで覚えているとは。本当に興味の向くことには記憶力が優れてるんですね、美久は」
鮎川様はそれをオタクとか言ってましたっけ、とビクトーリオは苦笑しながらそう言った。
「では、私が見ていた夢は実は夢ではなかったというのか」
「はい、あれは夢ではなく、殿下と私の映し身の道程です。何分、彼らは右も左も分からぬ異界の民であります故、もしも何か事がありまして、鮎川様の身に何かありましたら、映し身の殿下にも悪い事が起こるやもしれませぬので。夢で彼らの行動が見られるようにしておったのです。私だけにかけていたつもりだったのですが、殿下にもそれが及んだものと思われます」
「それで、テオブロ閣下にあの男が切られた時、いつのまにやらすり替わったという訳か、本当に底知れぬ男ですな、セルディオ様は」
と、それを聞いたクロヴィスがため息混じりで呟いた。
「褒め言葉として受け取っておきますね」
ビクトールはそれに対して笑顔でそう返した。