王子の帰還
セルディオ卿と王子そっくりの異世界の客人とが周りの風景に泥むように消えてからしばしの時が経った。国王以下、その場にいた者たちはなかなか帰還しない希代の魔術師と呼ばれた男と本物の王子に何事かあったかと気が気ではないが、何分にも今までお伽話としてしか聞いたことのない『界渡り』がそれで失敗して彼らが戻れなくなることを怖れて、だれも動くことはおろか息もまともにできない。
やがて、魔術師が書いた術強化の魔法陣が色が少しずつ成してくる。そして、皆が固唾をのんで見守る中、希代の魔術師、ビクトーリオ・スルタン・セルディオが、この国の王子コータル・トート・ランバルド・グランディールを宙に浮かせたまま現れた。見守る者の誰彼なしに
「おお」
という感嘆の声が洩れる。ビクトーリオは歯を食いしばったまま、前に出した手をゆっくりと下におろし、王子を用意してあった寝台に着地させ、ふっと息を吐き切る。そして、彼はがっくりと膝をついた。
「ビク!」
それを見てあわてて魔法陣に近寄ろうとしたエリーサをフローリアが腕で差し止める。
「フローリア様、もう大丈夫です。ビクトーリオ・スルタン・セルディオただいま戻りました」
上がった息のまま彼がそう言うと、フローリアはエリーサを解放し、彼女はビクトールの姿勢を落とした肩にしがみつく。
「ビクと呼んでくださるんですね」
その様子に、ビクトールは少し驚いた様子でエリーサにそう言った。
「だって、あなたが本当のビクなんでしょ」
「それはそうですけれど……」
あなたにとってのビクは美久なのではないのですかと、希代の魔術師は自嘲気味に聞く。
「でも、オラトリオにいて、あたしに求婚したのは、セルディオ様……あなただわ。あなたが『界渡り』の魔法を使ったからあたしはヨシャッシャ会えた。だけど、もうこんな魔法を使うのは止めて!」
ビクトーリオは、
「ビクがこのまま消えてしまったら、あたしはどうすれば良いの?」
と言いながら涙する隣国の王女の肩に右手を回し、左手でその髪を優しくなでた。
「大丈夫、エリーサ様を置いてそんなことはしませんよ」
「ビク、ずっとそばにいてね」
「もちろんです」
二人は見つめあい、もう互いしか見えない。
「おっほん!」
だが、そんな『二人だけの世界』にしびれを切らせたクロヴィス老の咳払いが割って入った。ビクトーリオとエリーサは飛び上がって、回しあっていた互いの肩を離した。
「して、殿下はいつ目覚められるのかな」
「ぎ、御意」
ビクトーリオはそう言うと、王子にAn sleepの魔法をかけた。すると、この国の王子は、悪い夢から覚めたかのように、がばっと起きあがると、辺りを見回した。