帰還 1
最初はどうなることかと思ったが、ビクトーリオは何とか車を転がせるようになり、俺と王子を入れ替える時がやってきた。
生宮本に久しぶりに会えるとあって、エリーサはどうしてもと行きたがったが、ビクトーリオは、
【あちらの時間は止まったままです。固まったままの美久に会ってもエリーサ様がお辛いだけですよ】
と渋い表情でそう言う。ま、自分のドッペルが恋敵だなんてシャレになんねぇ状況だろうが、お前これからどれだけでも自分をアピールできるんだろーが。結局、それまで黙っていたフローリアの、
【界渡りは誰でも出来る魔法ではないのよ。それにセルディオ様お一人ならまだしも、今度はコータル様もお連れしての界渡り、あなたがその負担を増してどうするの!】
鶴の一声で、エリーサは泣く泣く同行することを諦めた。
出来るだけリスクは少なく。お姫さんの立場ならそうだろう。政略結婚の多い王族の結婚の中にあって、珍しく恋愛結婚らしいから。
【エリーサ様、ここで座標軸になっていてくださいまし。戻ってくるときはあなたに向かって飛んできますから 】
ビクトールはふくれっ面のエリーサの頭を撫でながらそう言った。大体、設定する余力もなかったんだろうが、勢いで目標を定めずに飛ばした俺たちがたどり着いたのは約一月後のリルム郊外だったしな。だからといって明確に場所の特定できる王城に顔がそっくりで何も知らない俺たちを送り込むこともできなかっただろうしな。エリーサは自分の頭を撫でているビクトールを見上げる。その表情はちょっぴり驚いる風だ。その仕草が宮本っぽかったからだろうか。
【ま、ちゃっちゃと行こう(俺は帰るんだが)】
俺のその言葉に、ビクトールが頷く。
【アユカワ様、ありがとうございました】
それを見て、フローリアがそう言って深々と頭を下げる。
【俺はただ、こっちに飛ばされてきただけだ、何もしてねぇよ】
【いいえ、あなたがいらっしゃらなかったら、今頃殿下のお命はなかったですし。それに、エリーサも無事にここまで連れてきていただきました】
【いや、それはこっちも同じだぜ。ビクトールたちがあんとき俺らの前に現れなきゃ、俺たちの命だってなかったかも知んないんだから。それに、こいつがガザの実を採ってきてくんなきゃ、宮本がやばかったみたいだしな。ま、おあいこだ】
コレでおあいこ、そしてコレでお別れ。それがなんだか寂しい気もする。見知った顔だらけで、ここが異世界だって感覚もいまいちないような気もするしな。
でも、ここは俺の世界じゃない。縦しんばあの後、王子が日本でおっ死んで俺に身代わりをつとめろと言われてもお断りだ。洩れなく貞淑なフローリアが嫁として付いてくるとしてもな。王子なんて退屈なもん、3日も経たずに飽きるだろうし、俺にはあの、気の強い薫の方が性に合ってる。
俺は見送りの人たちに軽く右手を挙げて挨拶すると、ビクトーリオが書いた魔術強化の円陣の中に歩を進めた。ビクトーリオは、黙って頷くとそのまま訳の分からない呪文を唱え始め、俺の視界は徐々に歪み始めた。