魔法だけにマジだから
「ねえ、ちょっと聞いていいですか」
「な、何?」
「さっきから、トオル君から王城だの魔法だのってワードがちらほらでてきてるんですけど、お二人は何でそれ、すんなり納得しちゃってんですか」
爽太は、私たちのことが一段落(?)したからなのか、今、一番聞かれたくないことを聞いてきた。ま、ある意味いままでツッコんでこなかったのが不思議なくらいではあるんだけど。
「それは……」
「それはトールがトリップしてきた異世界人だからよ。あ、阪井君、余計なことかもしれないけど、これからは私たちにはあんまし敬語は使わない方が良いわよ。結婚生活はイニシアチブがだいじだからね、最初が肝心。でないと一生尻にしかれるよ」
答えあぐねていた私を後目に、千絵は暢気にそう答える。
「そんなこと言ったって、一朝一夕には直りませんよ。ってか、異世界とかってマジで言ってます?」
ほら、本当のこと言ったって信じないんだからさ、もっと言い方がと思っていると、
「魔法使いだけに、マジもマジ大マジだよ。だって、私、トールが宙に浮いて椅子に座ったり、真澄のおじさんの頭の上にボウル降ってくんの見たもん」
千絵は爽太にそう言い返した。だけど、魔法使いだけにマジって…オヤジギャグは勘弁してほしい。
「飛び乗れば子供の背でも椅子に位座れるだろうし、棚の上から落ちてきたんじゃないんですか?」
「ううん、棚の上には、調味料しかないわよ。厨房の調理台の上に置いてあったの」
「す、すいません。マスミのお父様に女だと間違われてつい……」
千絵の言葉にトールが頭を掻きながらそう答える。
それでも、爽太の顔は納得していない。そりゃそうだろ、口だけならオタクの妄想きわまりない発言にしか聞こえないから。
それこそ、何か簡単な魔法でも使ってもらう方が、手っとり早いのではないかと思う。だからといってこんな狭い道で火の魔法とかは絶対にNGだけどと思っていると……
【ビクトール】
その時、飲み屋と飲み屋の隙間の暗闇から、いきなりトールを呼ぶ声が聞こえ、そこからじわじわとわきだすように人が現れた。
【お祖父様……】
トールはかなりびっくりした様子で、その人物をそう呼んだ。いや、トールだけじゃなくて、私たちもびっくりしたんだけど。爽太なんか腰を抜かしかけたので、私がそっと支えたほどだ。
確かに、明るいところにやってきたその人物は、髪こそ白くなっていたけど、いや白いからこそ尚のこと素敵な紳士で、トールによく似ていた。たった一つのことを除けば、千絵が一発で惚れてしまいそうなタイプだと思う。
【また派手にやったようだな】
そう言った声も伸びのあるバリトンで、心をくすぐられる。
【申し訳ございませんでした】
トールはそう言って、彼のおじいちゃんに深々と頭を下げた。
【お前の魔の痕跡を辿るのに結構時間を食ってしまったぞ。まぁ、見つかったのだからまぁよいがな。
お前は感情的になるとすぐ、魔道語で話す癖がある。それを意識して直さねば、次はこれでは済まぬぞ】
おじいちゃんの方はその孫の下げた頭をやさしくぐりぐりしながらそう返す。でも、魔法の痕跡で居場所を探すなんて、まるで魔法版KIDS GPSだよね。それに対してトールは、
【はい、心します】
と神妙に答えた。
それからおじいちゃんは私たちの方に向き直り、
【私は、ビクトールの祖父で、スルタン・ギオール・セルディオと申します。此度は愚孫が大変ご迷惑をおかけしました】
と頭を下げた。
【いえ、迷惑だなんて……】
【迷惑だなんてとんでもない、ありがたかったです】
【ほぉ、このような者でも何かのお役に立ちましたか】
【ええ、充分。ヘタレで引っ込み思案の三十路女が年貢を納める程度には】
千絵は満面の笑顔でそう言ったが、スルタン氏はあまりよくわかっていなかったみたい。大体、あっちの世界では30過ぎて独身ってこと自体あまりないだろうから。私は、スルタン氏に分からないように、日本語で凄みを利かせて、
「千絵っ、覚えてらっしゃい」
と言ってやる。だけど千絵は、
「忘れる、私三歩歩いたら忘れるもん」
と全く動じない。ま、いっか。千絵がいなきゃ、私まだ迷っていただろうし。だけど術中にはまったみたいでイヤだから絶対にお礼は言ってやんない。
【それでは、私どもはこれで失礼します。お嬢様方もお元気で】
スルタン氏はそう言うと右手を差し出した。私たちは当然握手だと思ってこっちも右手を差し出したんだけど、男の爽太は確かに握手だった。でも、女の私たちにはスルタン氏は片膝をついて私たちの差し出した手の甲にキスをしたのだ。私はとっさに爽太を見る。うわっ、たぶん怒ってるよ、この顔は。それに気づいたトールが、
【マスミ、ソウタお幸せに。ハンバーグとっても美味しかったです】
と言ってあわてて右手を差し出す。あんたって、本当に子供らしくないよね、空気読みすぎだよ。私は、
【お礼なんて別にいいよ。君も元気で。じゃぁ、トールも早く素敵な人が見つかるといいね】
と言ってトールの手を握り返した。
「はい。どうもありがとうございました」
するとトールは日本語で挨拶し、スルタン氏は、それを聞いて少し眉をあげたけど、何も言わずに手を組んで前に出した。そして、英語でも日本語でもない言葉を発してトールと二人、夜の闇にすっと溶けていった。
そして、完全に彼らが消えた後、千絵が口火を切った。
「おじいちゃん、予想通りかっこ良かったよねぇ」
「うん、生まれながらのジェントルマンって感じ」
「ちょっと、真澄さん! 僕がいながら他の男の人の話なんかしないでください!!」
なんですか、あんなのただのお年寄りじゃないですかと、噛みつく爽太は無視して、私たちは揃って大きなため息をつく。
「ホントよねぇ」
「そうよね」
「あと、あれで身長があと15cm、ううん、10cm高ければ。そしたらあっちに行ってもいいのにな。あれじゃ、ヒールなんか絶対に履けないもんね」
履かなくても、逆転してそうじゃんと言う千絵に、
「私もそう思う。異世界行ってみたいよね」
と、大きく頷く私。それを聞いた爽太は、
「そんなの行かなくて良いです。ってか行くな!! もうどこにも行かせない」
と言ってまた私をきつく抱きしめた。
真剣に心配しなくていいっちゅーの。私たちには魔法は使えないんだから、行けるわけないのに。
私の脳内の設定では、強力な魔法に吸い取られるのか、魔力が強い人ほど、背が低い事になっています。
このスルタン氏、150cm台後半。下手すりゃ女の子よりも小さいです。