爽太とトオル
「魔法使いだからって、突然しゃべれるようになる訳ないでしょ!」
カンカンに怒りながらそう言う真澄に、
「そんなこと言われても、本当にそうなんです。そうとしか言いようがないでしょう」
彼女の息子だという少年が喰ってかかる。しかし、彼女の話ではオーストラリア留学中に香港出身の留学生との間に生まれた子供だというのに、魔法がどうとか、いきなりしゃべれないはずの日本語がしゃべれるようになるとか爽太には今一つ会話の内容が腑に落ちない。服装にしてもそうだ。これでは華僑と言うより中東系ではないのか。
まぁ、香港出身でも最近までイギリス領だったのだから、中国人ばかりが住んでいる訳でもないだろうし、長く離れて暮らしていたらしいから、少年が日本語を隠れて学ぶ機会はいくらでもあるだろう。それに、自分にとっては彼と日本語で会話できるのは好都合だ。
「トオルくんって言ったかな、はじめまして。僕の名前は阪井爽太。君のお母さんとお付き合いさせていただいているんだ」
「爽太くん! 私たちまだつきあってないでしょ!!」
爽太が口角を上げて少年にそう言うと、真澄は慌ててそれを否定しにかかるが、少年の方は母親の今の恋人に動じる様子はまるでない。さすが真澄さんの子だ、肝座ってんじゃんと爽太は思った。
「僕は君のお母さんと結婚したいと思ってるんだけど、許してもらえるかな。もちろん、僕は君を息子として受け入れるよ」
と続けると、
「カンタンなこと言わないで、小学生の子持ち女との結婚なんて、結城のお家が許すわけないじゃない」
真澄はそう言って爽太を睨む。やっぱりネックになってるのは結城か-自分たち母子を受け入れもしてくれない輩に、どうして結婚まで阻まれなくちゃならないのだ。爽太はこめかみに手を置いて口を歪めた。
「これは真澄さんと僕との問題でしょ。それに、結城の家なんて元々関係ないですから」
「関係なくはないでしょ。現に取締役会への打診がされているじゃない」
それだって、会社に巣喰う馬鹿者どもが堅物のGMより御しやすいと、自分を担ぎ出しているだけだ。それをいちいち説明すると自分の無能さ加減を暴露しているような気がして爽太は、
「それは……」
と言葉を濁した後、
「それに、反対されるようなら僕、家を出ます」
僕には家より真澄さんの方が大事ですと言った。しかしその言葉に、
「ダメです」
と真澄より先に言ったのは息子のトオルだった。
「ダメです。そんなにカンタンに家を捨てられる人に母さんは委せられません」
その言葉に、爽太はもちろん、真澄までもが驚いた顔でトオルをみる。
「あなたは王族なのでしょう? 王族が国を捨てたら、下々はたちまち路頭に迷います。家族は一番小さな国です。あなたは、母さんを不幸にしようと言うんですか」
若干ワードの選択が妙ではあるが、それは彼の日本語の学習教材に難があっただけだろう。昨今は日本のアニメは世界各国に輸出されていて、それで日本語を学習する者も多い。ファンタジー風味の作品ででも学習したのだろう。とまれ、言わんとするところはよく解る。爽太は真っ向からの正論に、思わずグッっと言ったまま二の句がつげられなくなってしまった。
確かに家を出ればそのままYUUKIに留まれる確率は低い。爽太はもちろん、真澄までも。二人とも職を失って何ができると言われれば返す言葉はない。
「そんなもの、政略結婚よりなお質が悪い。折角男女が自由に婚姻できるニホンにいるのです。何故、最初から諦め気分なんです? 周りを説得して貫こうという気概があなたにはないのですか?」
そして、なおも続くおよそ小学生らしくない説教に、(こいつホントはいくつだ? どう見ても小学校3~4年だろ)と爽太が半ば当惑気味でトオルを見る。すると、真澄は、
「そんなの、好きで結婚したものの、嫁姑のことでぐじゃぐじゃしてるなんて例は五万とあるわ。彼はそんなことに私を巻き込みたくないだけよ」
顔を真っ赤にして爽太のフォローをしてくれたのだ。たったそれだけのことに爽太はうれしくなってしまう。だが、その真澄の言葉にトオルはニコリともせず、こう続けた。
「それでも彼らはそうやって努力してるのでしょう? その事を話していた方々の顔はどうでしたか、皆が皆怒りに震えていましたか?」
「それは……」
真澄もこれには口ごもる。そうだ、先に結婚した者たちは『結婚は人生の墓場』だと口を揃えて言うが、その表情はえてして甘いことが多い。良い面ばかり見てはいられないが、悪い面ばかりなら、誰も最初から結婚などしない。
「なら、あなたも素直になりましょう、マスミ。チエは言ってましたよ。このニホンでは6歳くらいの年の差はなんでもないことだと。何度も言うようですが、この国は愛するもの同士が結ばれて良いのでしょう?」
「……」
「だったらそうしてください。叶えられるはずもない、私の想いのためにも。あなたには幸せになってほしいのです、マスミ」
「トール……」
「それに、幸せは何も努力せずに受けるものではないと、私は思いますよ」
そして、二人は手を取り頷き合う。それを見て爽太は、
「ちょっと待ったぁ! 二人で、何まったりとしてんだよ。それよかお前ホントに真澄さんの息子か?」
違うだろと、思わず普段真澄に使っている丁寧な口調を忘れて必死に二人の手を引き離す。
「バレましたか」
するとトオルは、爽太の言葉にそう言って舌を出した。
「バレるわよ、バレない方がおかしいわ」
その言葉を受けて、真澄がそう言ってため息をつく。
「じゃぁ、何もんだ、お前」
息子ではないと解ってトオルを射るように睨む爽太に、
「え、私ですか? 通りすがりの迷子ですが」
トオルはそう言って真澄に同意を求めた。