少年らしい逃走理由
【で、帰れるの】
満腹になったお腹をさすりながら、千絵がビクトールくん改めトールに話しかける。
【わかりません】
それに対してトールは視線を下に落としながらそう言った。
【理論上……対逆魔法はかけた魔法を反転させるだけで良いんですが、これだけの大魔法はプロセスが複雑で、正確に反転詠唱できる自信が今一つないんです】
そして、ファンタジーな専門用語がぽんぽんと口からでてくる。それは、彼が見た目ほど幼くないのを示しているとともに、トールが魔法を使うことに慣れ親しんでいるこがよく解る。それにしても、一刻も早く読みたくて、某世界的大ヒットファンタジー、英語版で読んでいて良かったよ。
【何せ、もうどうなってもいいと思っていたものですから……】
続いて、彼は更に歳に似合わぬ台詞を吐く。
「「は?」」
とまた同時に言ってしまった私たちにトールは、
【マスミ、この世界では好き合った者同士が添うことができるんですか?】
と聞いた。
【基本、そうだけど。トールの世界ではダメなの?】
【ええ、身分が高ければ高いほど、己が家の政略に用いられることが多いです】
「は、つくづくファンタジーだね、これは」
思わず千絵は日本語でそう言ってしまった後、首を傾げるトールに、
【で、君は愛する人とそうやって引き裂かれ自暴自棄になってここに来た訳だ】
と、言った。すると、トールは首を振って、
【いいえ、引き裂かれた訳ではありません。これは私一人の想いで、あちらはまったく与り知らぬこと。大体、6つも年下の私をそういう対象に思ってもらえる訳がありませんから。ただ……】
【ただ?】
【相手が王家だとはいえ、31も年上で、彼女より歳嵩のお子さまのおられる方との縁付けだったことが認められなかっただけです】
そう答えた。
そっか、あこがれのお姉さんが政略結婚で嫁ぐことになって暴走したわけか。いかにも少年らしい『逃走理由』っちゃそうね。でも、6つという歳の差に私が微妙にひっかかりを覚えていると、すかさず千絵が、
【そうよね、あと10年くらい経てば、6歳なんて歳の差、どうでも良くなるかもしれないもんね。地球は互いが愛し合ってれば良いんだからさ】
と言って、私を見てニヤリと笑う。イヤな奴。だけど、トールはその千絵の言葉に、とんでもないとぶんぶんと頭を振って、
【10年だなんて、そんなに待たせたら、彼女に嫁き遅れのレッテルを貼られてしまうじゃないですか】
そんなこと、私にはできません、などという。嫁き遅れとは何ぞや。
ま、最初は7~8歳かと思ったトールは、語り口を聞いてるともう少し上のような気がするけど、どうみたって10歳前後でしょ? その6つ年上って、10年で賞味期限切れって、どういう世界よ。
【は? その人いくつ。ってか、トール君がいくつよ】
と聞いた私は、トールの、
【私は11歳、もうすぐ12歳になります。だからその方は、17歳です】
と返した答えに、一瞬目眩がした。そして、
【ところで、マスミとチエの歳はおいくつですか】
と、続けてトールは私たちにも同じ質問をぶつけるが、私たちはそれにすぐには答えられなかった。
だってそうでしょ、私たちは彼の言う『嫁き遅れ』をさらに通り越した29歳と30歳の『大年増』なんだからね。しかも、親元から会社に通う堂々の『パラサイトシングル』だよっ。
異世界なんて……大っ嫌い。