MagicianとWizard
【ビクトールくんって手品師なの、すごーい】
【手品師……】
ボウルが宙を舞って父さんの頭の上に落ちてくるなんていう、あり得ない事態を目の当たりにして固まっていた私は、この千絵の一言で復活した。そうか、こんな格好をしているのも、空中浮遊も、そういう修行をしているのなら納得がいく。だけど、
【すごいじゃん、一体どうしたの? 種教えて】
と千絵が言った時、ビクトールくんは、
【種ってなんですか?】
と首を傾げた。手品師の卵なら、種(Trick)の単語を知らない訳がない。それで、
【マジック(手品)なんでしょ?】
いやな予感がした私がそう聞き返すと、ビクトールくんは、
【ええ、マジック(魔法)です】
と言って頷いた。
でも、(そっか、やっぱり手品だったのね)と、その言葉にほっとしたのもつかの間、
「Yes,I’m wizard」
とビクトールはどこか誇らしげにそう付け加えたのだ。
「う、ウィザード!?」
私と千絵は同時にそう叫んだ。マジシャン(奇術師)じゃなくて、ウィザード(魔術師)! それ、マジで言ってる?? マジってっても、魔法じゃないけど(作者注:すいません、オヤジギャグで……)
【ええ、『稀代の魔術師』と呼ばれる祖父に少しでも近づきたいと思っています】
それに対してそう返事するビクトールくんは大真面目だ。
ビクトールくんって、もしかしたら……
「ねぇ真澄、もしかしてもしかしたらなんだけど……」
そう思っていると千絵がうわずった声でそう言う。
「うん……」
ぜんぜん聞いたことのない地名(国名)、男の子なのにワンピースみたいな服装、それから渋谷のど真ん中にいたのに、日本のことを全く知らない様子、それから物やら当のビクトールくん本人が宙に浮いちゃったこと……全てを踏まえて出した結論は、私も千絵も同じだった。
「「ビクトールくんってもしかしたら異世界人?」」
私たちはほぼ同時にそう言って、盛大にためいきをついた。
「二人して何ため息ついてんだ。おう、お前さん何て名前だっけな、待ってろよ今とびきりうめぇハンバーグ食わしてやっからな」
父さんは頭のコブをなでながら、それが当の本人が飛ばしたボウルによるものだとは気づかずに、そう言ってハンバーグをフライパンに乗せて焼き始める。そのボウル落としをちょっと申し訳なく思っているのか、ビクトールくんは父さんの言葉は解らないはずなのにこくりと頷く。
「ビクトールくんだよ。ビクトール・スルタン・セルディオ」
「ビクトール・スル……えらく長い名前だな。舌噛みそうだ」
そんなに難しい名前でもないんだけどな、父さんは外国語だっていうだけでなんか発音できないと思っているのかもしれない。
すると千絵が、
「じゃぁさ、ニックネーム決める? ビクトールだから、ビクトじゃ変だし……そうだ、トールにする? トールなら日本人の名前っぽいし、おじさんでも大丈夫でしょ」
と助け船を出す。
そうね、それなら父さんや母さんにだって発音できるし、もしよしんばビクトールくんが元の世界に帰れなくても、ここで日本人として生きていけるかもしれない。これを食べ終わったら、この子に帰る方法があるのかちゃんと聞いてみよう。ないなら、ウチで面倒みても良いじゃないと思った。だって、『袖振り合うも多生の縁』っていうじゃない。
やがて焼きあがったハンバーグに目を輝かせてぱくつくビクトールくんは本当にどこにでもいる子供で、私はそうなってもうん、大丈夫だよと思った。
「赤パニ」中で、ビクトールが口パクで『トール』と言ったのは、この時千絵が付けたニックネームでした。言語スキルによるものではなかったんですね。