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稀代の魔術師  作者: 神山 備
第三部 チビビク物語
33/43

山猫亭

「ただいま」

「おかえり、千絵ちゃんも一緒かい」

「そうよ、この子を連れてきたら勝手についてきちゃったのよ」

「その子は?」

「この子、渋谷で迷子になっておなか空かせてたから、とりあえず連れてきたの」

私はそう言って後ろからついてきていた、ビクトールくんを私たちの前に押し出す。それを聞いて、

「おいおい、迷子だったら、連れてきてどうするつもりだ。親御さんが心配するだろうが。近所ならともかく渋谷くんだりから連れてくるか?」

下手したら誘拐だぞと、父さんが眉をひそめたけど、私は、

「ふつうなら私だってそうするけど、この子ちょっと訳ありっぽいのよね」

と言いながら、千絵とビクトールくんに手振りでカウンター席を勧める。椅子席が空いてない訳じゃなかったけれど、身内が椅子席を占領するのはどうも他のお客様に申し訳ないと思ってしまうのよね。私は子供の頃からカウンターでしか座ったことがない。

 で、のぼれるかなっと思ってビクトールくんに手を貸すと、彼はそれを払いのけて、

<Move>

と、なんか訳の解らないことをつぶやくと、すっとカウンターの椅子に吸い寄せられる様に席に納まった。ちょっとねぇ、い、今君、宙に浮かなかった? 思わずギョッとして千絵と見つめ合っちゃったけど、当の本人は至って当たり前みたいな顔をしている。

「何だいまた、訳ありって……はい、2820円です」

変なことに巻き込まないでちょうだいよと言いながら、家族連れの客の会計をするために金庫を見ていた母さんは、それには気づかなかった様だ。厨房にいる父さんも気づいていない様子。

 気を取り直して私はビクトールくんに、

【私の父ちゃん(ダッド)と母ちゃん(マム)よ】

と、両親を紹介した。すると、ビクトールくんから、

【マスミのお父様、お母様ですか。私はビクトール・スルタン・セルディオと申します】

と堅っ苦しいブリティッシュな(それも少し昔っぽい)挨拶が返ってくる。宙に浮いたのを見て、この子サーカスの子かと思った(グランディールサーカス団とかありそうじゃない?)けど、育ち自体はとってもいいみたい。サーカス団の子を卑下する訳じゃないけど、どっちかって言うとこの子のしゃべり方は貴族っぽいって感じがする。

「この子ガイジンかい。そういえば、ちょっと彫りの深い顔をしてるか」

そして、ビクトールくんが英語でしゃべるのを聞いて、父さんの顔がさらにゆがむ。

 この店にも下町情緒を求めてこの街にやって来た外国人観光客が結構くるけど、父さんも母さんも外国語にはめっぽう弱い。ま、彼らの弁護のために言わせてもらえば、ウチに来るお客さんのほとんどは英語だけど、最近は中国語も多いし、デンマーク語やイタリア語、オランダ語だってこともある。英語なら外大出で、オーストラリアに留学していた私でも対処できるけど、他の言語は私でもさっぱり解らない。

「ま、ここまで連れて来ちまったもんはしゃーねぇな。なぁ、何にする?」

父さんがビクトールくんに何が食べたいかと聞くと、

「あ、私ハンバーグ定食ね」

ビクトールくんじゃなくて、千絵がすかさずそう言う。そして、ビクトールくんに

【ビクトールくん、ここのハンバーグはね、粗めのミンチをここで挽いて作るんだよ、絶品なんだから】

英語で説明している。そうか、ビクトールくんは英語じゃないとわかんないもんね。

「千絵は聞いてないのっ! 父さん、千絵のは後回しでいいからね」

「そんなぁ」

で、ぶーたれている千絵は放っといて、ビクトールくんに、

【ビクトールくん、何にしようか】

と聞くと彼は、

【じゃぁ、とっても美味しそうだから、チエと同じのにしてください】

と、答えた。でも、それはメニューが解らないからとりあえず千絵と一緒にしとけばいいやって感じだった。

 まいっか、ビクトールくんには日本語で書いたメニューを読めるわけないだろうし。

「父さん、ハンバーグ定とりあえず2つね」

でも、この子のを先にしたげてよと言う。そしたら、いきなり父さんが

「ほいよ、お嬢ちゃんもハンバーグが良いか」

と言うから、私はまた千絵と顔を見合わせて、今度は同時にぶっと吹き出した。

「おじさん、おじさんこの子女の子じゃないし」

「へ、きれいな顔してるしスカート穿いてるだろ」

「違う違う、これアラブの男の人が着るカンドーラってやつだよ」

そして、千絵とふたり笑いながら父さんにそう説明をする。

 しかし、いきなり笑いだした私たちを見て、ビクトールくんが

【何がそんなに面白いんですか?】

と聞いたので、千絵が

【あ、おじさんがね、君を女の子と間違えたの】

と、ビクトールくんに説明した。するとビクトールくんのかわいい顔はみるみる真っ赤になり、

【わ、私は女ではありません。正真正銘の男です!!】

と叫んだ途端、厨房の空のボウルがふわりと宙に浮くと、ゴーンと父さんの頭めがけて落ちてきたのだった。


えっ、えっ、ええーーっ!! こ、これって一体何……


ビクトールくんって……超能力者??


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