白く四角い建物の森
この世界には私たちが住んでいるこの場所とはまた別の並行世界という場所があり、そこには私たちと全く同じ顔の住人が別の暮らしをしている。私は幼少の頃そんなお話を読んだことがありました。しかし、それはただのお話で、実際にはありえないと小さな私でさえ思っていたのです。
しかし、11歳の時、あることが原因で魔法を暴発させた私は、見知らぬ場所におりました。それまであった緑は全くなく、無機質な四角い建物が乱立していたのです。それに、道行く人はみんな急ぎ足で、私の存在なぞ見えていないかのようです。
【ねぇ、ここはどこ?】
私は意を決して一人の男性に声をかけました。しかし、その男性は顔をひきつらせて、
「No! I’m no English!!」
と叫んで足早に去って行きました。私は男性が言う『言葉がない』の意味が分からずきょとんとするばかりでした。
それから何人かの方にお声をかけましたが、反応はだいたい似たり寄ったりで、私の話を聞いてすらくれません。
そのうち私はお腹が空いてきました。その時のことです、私は母くらいの二人組の女性に声をかけられました。
「あんた、迷子?」
女性はそう言ったらしいと後で聞きましたが、それは全く聞き覚えのない言語でした。何か尋ねられているらしいのですが、全く解りません。私は、どれほど遠くに飛ばされてきたのかと途方に暮れて立ち尽くしていると、
「やだ、警戒されてるよ。大丈夫、おねーさんたち悪い人じゃないから。迷子なのかな」
と、今度は先ほどとは違う方の女性が笑顔でそう私に話しかけました。とは言え、当時の私には何を言っているのかさっぱり解らなかったのですが。ただ、彼女らには魔力も敵意も感じられなかったので、私は意を決して、
【ここは何て名前の国なの?】
自分からそう質問してみました。
「あらやだ、この子英語しゃべってる。顔もそう言われれば垢抜けてるかも」
すると、その女性はそう連れの女性に日本語でそう言った後、
【あんた、ジャパニーズが解らないの?】
と私に聞きました。私が頷くと、
【それにしても、あんた国名から聞く?】
と笑いながら、
【ここはね、ジャパン。でも、この国の人たちはここを日本って呼んでいるのよ。でね、ちなみにこの場所は渋谷。それで君、どこから来たの?】
そこがニホンのシブヤだと教えてくれましたので、私も
【ぐ、グランディール】
と自分がグランディール王国から来たことを話しました。しかし、彼女はグランディールを全く知らない様子です。
「グランディール? ねぇ、グランディールって千絵知ってる?」
そして、一緒にいたチエという女性も彼女の言葉に頭を振っています。
【じゃぁ、オラトリオは……】
私は言葉が通じるということに残るわずかな期待を込めて、私たちが住む大地、オラトリオの名を口にしましたが、彼女たちは首を横に振るばかり。そして、最初に声をかけてくれた女性は、
【あんた国と店って単語を間違ってるんじゃないの?
にしても、グランディールにオラトリオなんてまるでキャバクラみたい。でも、どうみてもそんな所にいるような歳じゃないしねぇ】
と、ため息をつきながらそう言ったのでした。キャバクラという言葉は知りませんでしたが、言葉のニュアンスから私のような子どもが行くことのない、いかがわしい場所なのだということだけは判りました。
だとすれば、私はおとぎ話でしか聞いたことのない界渡りをしてまったのかもしれない……私の心臓は早鐘のように鳴り始めました。(ここに来てしまった手順を思い出せる内に、どこか人のいないところにいかなくちゃ。界渡りができなくなっちゃう)
【わかりました、ありがとうございました。では………】
私は女性たちに慌ててお礼を言い、歩き始めました。
ところが、歩いても歩いても人通りは減ることはありません。まるで春先に待ちわびていたように地に現れてくる虫たちのようです。その時、私はいきなり背後から肩をつかまれてました。
【待ちなさいよ、無闇に歩き回ったって、見つかるもんじゃないわよ】
私がびくっと肩を震わせて掴まれた肩越しにその人物をみると、それは先ほどのチエではない方の女性でした。
【そんなに警戒しないでよ、私も一緒に探してあげるから。私、高田真澄。真澄よ、よろしくね】
そう言ってマスミは私に握手を求めました。
実はこのとき、マスミたちは私の出で立ちと言葉から私をアラブの富豪の子息かなんかだと思ったらしく、
「ねぇねぇ、この子にかっこいいお兄さんかなんかがいてさぁ。『よく私の弟を助けてくれました。あなたは弟の命の恩人です。すばらしい人、私と結婚してください』なんて言われちゃったりして!」
などと妄想を全開にさせていたらしいのですが。
一方私の方は、一刻も早く人混みを離れなければと思っていましたから、それに対して、
【結構です。もう、大丈夫です】
と、マスミの手を振り払い歩きだそうとしたとき……
-ぐぅ-
と大きな音が私の内部からしたのでした。
【あらやだ、あんたおなか空いてんの? とりあえず、ウチにおいで。父さんになんか作ってもらうから】
マスミは私の手を掴むと、そう言って私を強引に引っ張って歩きだしたのでした。
すいませーん、不発小ネタ入ります。
しかし、オラトリオが日本より早婚だとは言え、『母』は酷いよ、ビクトール。