稀代の魔術師
翌朝、ビクトールは王に謁見を願い出た。
「王様、あの話受けようと存じます」
「そうか、受けてくれるか。ガッシュタルトもこれで安泰だな」
王はそう言って側近に耳打ちをする。側近は座を離れて、扉の外に控えている者に王がクラウディアを呼んでいると伝える。
程なく、クラウディアがニコニコと、
「ビクター、あの話、受けてくれるって本当?」
と言いながら現れた。彼女の笑みにつられて笑ったビクトールだが、彼女のその腕の中を見てその笑顔が固った。
「あのぉ、その方は……」
クラウディアの腕の中でスヤスヤと眠っているのは誕生日をまだ迎えたことのないであろう、どう見ても男の赤ん坊。
「紹介するわ。エリーサの弟のデビッドよ」
「と、と言うことは。王子様!? なんですか、それじゃぁ私が引き受けずとも、ちゃんと継承される方がおられるんじゃないですか!! 前言撤回します。私、このお話お受けいたしません」
ちゃんとした王位継承者がいるのに、自分が出る幕などないと憤慨しながらビクトールは言葉を翻す。
「そうか、ではそれではエリーサとの結婚も白紙ということにするが良いのだな」
すると、王はニヤニヤとした顔でそう返した。その笑いを見たビクトールは
「何故ですか、何故そこまで王は私に継がせようとなさるんですか! よ、よもやかわいい王女様をどこかに嫁がせるのが嫌だとかいう理由ではありますまいね」
思わず頭をよぎった不吉な予感を口にする。
「ふっ、ばれたか」
王はビクトールの指摘に、くっくっと肩を揺らしながらそう言った。妙齢でなければ舌も出しそうな様子だ。
「ふっ、ばれたかじゃございません、王位継承と言えば王室は言うに及ばず、一国の命運がかかっているのですよ。それを娘かわいさなんて理由でどこの馬の骨とも判らない輩にさせようなどと、愚行にも程があります!!」
子供じゃあるまいしと、ビクトールが真っ赤になって抗議すると、
「だから、理由はそなたのそういうところだ、セルディオ」
王は、急に真顔になってそう言った。
「は?」
ビクトールは何がなんだかわからず、思わず不機嫌な形相で聞き返してしまう。
「界渡りで見聞きしたものを基にたちまちあのような氷温箱を作ってしまえる技術力と行動力。エリーサのことがあるとは言え、このガッシュタルトのことを自国とと同じように考えられる平等性。嫌がるミシェルに素早く薬を飲ませることのできる機転。
そして、本人であるそなたにいささかの野心もない。これが余がそなたを後継に選んだ本当の理由だ。なんだ、不満気な顔だな。話を聞いて少し調べさせたのだ。それに、幼い頃のことならこれも知っておったしな」
と、クラウディアを見る。
「そうですか、わかりました。しかし畏れながら言わせていただければ、それは王と言うより宰相の資質ではありませんか? ですから、王の側近の末席を汚させていただいて勉強させていただき、ゆくゆくはデビッド様をお支えしていく。それでよろしいのではないですか」
それでも尚、自分は王の器ではないと食い下がるビクトールに、
「まぁな、余がこれが国を治められるほど永らえればそれも良いかもしれぬが、余ももう歳だからな。まだ幼い内にもしものことがあればたちまち即位せねばならぬ。だが、身に合わぬ即位はこれを追いつめるだろうし、これが追いつめられれば国は荒れる。言わば、これは保険だ」
と、王も一歩も引き下がらない。王自身、彼を非常に気に入っているのだ。そしてビクトールもそんな風に家族として受け入れようとしている王の気持ちが嬉しかった。
「わかりました、このビクトール・スルタン・セルディオ、全身全霊王にお仕えし、私などに引き継がずとも良いよう永らえていただけるように頑張ります」
「では、早々に森の屋敷を引き上げてこの国に来るように」
満足気に笑う王に、ビクトールは膝を折って深々と頭を下げた。
こうして、ビクトールはガッシュタルト王に仕えた。彼は誠心誠意王に仕えたが、王は息子デビッドの成人を見るには至らなかった。
ビクトールはそれでもデビッドを王にして自分は宰相にとどまろうとしたが、側近やクラウディア、果ては王子のデビットまでが皆で彼を王に押し上げた。
そしてここに、ビクトール・スルタン・セルディオ・ガッシュタルトという、後々吟遊詩人に挙って謡われる『王にして稀代の魔術師』が生まれたのだった。
以上で、稀代の魔術師の本編は終了です。
次回は「道の先には……」の新章に行く予定(は未定)
こっちの小ネタ(あの暑苦しいおっさんとか、6フィートの天使とか)とどっちを先にしようかちょっと迷い中。
いつも通り「声の大きい方」から書いていきます。