クラウディアの結婚
フレデリックの報告に同行したついでに暇乞いをしようとしたビクトールに王は、
「じきに夜も更ける、今宵はこの城にとどまり、明日の朝出立すればよいではないか」
と言って引き留めた。
ビクトールは夜も車には灯りが搭載されているので心配ないと固辞したのだが、
「ビクトール、あなたさっき頭を押さえてなくて? 顔色もあまり良くないわ。とにかく今日は城に残って。すぐ部屋の用意をさせるわ」
と言うと、クラウディアはミシェルの時同様さっさとビクトールの部屋の手配をする。そして、
「後で、少し話でもしない?」
と彼の耳元で囁いたので、ビクトールは目を丸くしてクラウディアを見た。彼女はそれを見て、いたずらっぽく笑っている。
やがて、整えられた部屋の椅子でビクトールがくつろいでいると、程なくしてクラウディアが侍女を連れてやってきた。
「王妃殿下ともあろうお方が、客人とはいえ、こんな時間に男性の部屋に訪れて良いのですか。私はあなたにとって弟にすぎないのでしょうが、この国の方々はそうは見てくれないのではないですか」
ビクトールが硬い表情でそう言うと、
「心配しないで、陛下からもお許しをいただいているから。と言うより、陛下が行って来いとおっしゃったのよ」
「どうしてですか?」
ビクトールは表情を変えずにそう尋ねた。
「積もる話もあるだろうってね、12年ですもの。私一度もグランディーナに戻ってないから」
「もうそんなになるんですね、私が屋敷を出てからでももう7年経つんですから、そうなんでしょうね」
「王妃殿下はその、ご存じだったんですか……ミシェル様のこと」
それから言いにくそうにビクトールはそう切り出した。
「だから王妃殿下は止めて。昔のようにディアと呼んでよ、ビクター」
「そういう訳にはいきません」
微笑みながらそう返すクラウディアに、ビクトールの表情は最初からずっと固まったままだ。
「相変わらずね。まぁ良いわ。ええ、使者の方は包み隠さず話してくれたわ。大人になっても子供のままのお心の王子様がいらっしゃることも、亡くなられた王妃様に私がよく似ているということもね。その上で『助けてください、王子様は王妃様が亡くなられたことを受け入れられないで、泣きながら探されるのです』と土下座して頼まれたの。ビクターは私が騙されて連れてこられたとでも思ってるの? そうじゃないわ。私は自分の意志でここに来たのよ」
「あなたの意志ですって!? 隣国とはいえ王家の依頼を誰が断れるんですか。断ることができないのなら、あなたの意志とは言えないじゃないですか」
クラウディアがこの状況を知った上で嫁したと聞いて、騙されるよりなおたちが悪いとビクトールは声を荒げる。
「断るつもりはなかったわよ、私。そりゃ、自分より年上の子供たちに不安がないって言えば嘘だったけれど、何とかなると思ったし、ここに来てそれは間違いじゃないって確信したわ。初めてあった時からミシェルは私になついてくれたし、先にフローリアのいたエミーナは逆に母のように私に本当によくしてくれたわ」
それに対して、極上の笑みを浮かべて家族を語るクラウディアに、ビクトールは信じられないという表情をする。
「そんな顔しないで、私は本当に幸せなんだから。あなたにはあなたの私には私の幸せがあって良いはずよ、ビクター。
でも、ありがとう。私の小さなビクターがいつの間にかお大きくなって私をこんな風に窘めるようになるなんてね、私も年を取るはずだわ」
「それ、イヤミですか? ディア。どうせ私はいつまでも大きくなれませんよ」
「はいはい、拗ねないの。誰もそんなこと言ってないでしょ」
口をとがらせるビクトールに、クラウディアは吹き出しながらそう言った。その笑いにつられるように彼もも笑顔になる。(本当にお幸せなのですね、あなたは。なら私が言うことは何もないですね)
その時、ビクトールの初恋が静かに幕を閉じたのだった。