象が踏んでも壊れない 3
クラウディアはエリーサとビクトールを直接王の私室へと招いた。父親から大目玉を喰らうとビクビクもののエリーサはもちろん、ビクトールもいきなりの王の目通りに緊張を隠しきれない。
実はビクトールがエリーサの婚約者の有無を聞いたのは、王ではなくフローリアの父、フレデリックだった。
クラウディアに子供が産まれたことは聞いていたのだが、会っていない彼にはエリーサとその子とが結びつかず、フローリアの妹か従姉妹だと思っていたのだ。それが王女だと聞かされ、逆にビクトールが驚いた。
フレデリックはしげしげとビクトールを眺めてから、
「エリーサちゃんに今、決まったお方はいませんよ。わかりました、私から義父上に話を通しておきましょう」
と笑顔でそう言った。
ビクトールはグランディールでの成婚式を終えてから、改めてお目通りを願おうと思っていた。どうせ、トレントの森はガッシュタルトとの境近く、帰るのもさして変わらない。それに、エリーサ姫はまだ11歳、すぐに結婚となる歳ではない。そのような状況で、まさか王と直接見えぬまま結婚話が進むとはよもや思ってはいなかった。
許しをもらえたのは嬉しかったが、その反面、ガッシュタルト国王は一体どういうお心積もりなのだろうとその真意を量りかねているというのが本音だ。
ただ、王妃自らのお出迎えで、彼女の口添えがあったのだろうという想像だけはついた。
「陛下、セルディオ様をお連れしました」
「クラウディア、ご苦労だった。そなたがセルディオか」
「はい、ビクトール・スルタン・セルディオと申します」
「そんなに緊張せずともよい、我らはもうすぐ家族になるのだからな」
「……」
「それとも男のなりをして家出するような娘に愛想を尽かしたか?」
その言葉に、エリーサが居心地悪そうに俯く。
「あ、いえ、そんなことは。ただ……」
「ただ、何だ」
「本当に私でよろしいのでしょうか」
「何がだ」
「姫様を私のような一介の魔術師に下されてもよろしいんんですか」
エリーサは王女、王族ではあるが、降嫁した王の長女の娘とはやはり位置づけが違う。
「その方は姫を見てどう思う」
しかし、王はそれには答えずさらなる問いをビクトールに返した。
「どうと申しますと」
「エリーサの強すぎる魔力をよもや怖いとは思わんだろう?」
そして、継がれた言葉にビクトールは大きく頷いて、
「ええそれは。私も魔力を持つ者の端くれですから」
とビクトールは返す。同時に王の言葉尻に潜むものも理解した。
魔力を持つ者は稀少だ。しかも祖父ゆずりの強すぎる魔力は、大人たちの過度の期待を呼んだ。
それでも長子として生まれればそれも問題なかったかもしれない。しかし、三男と男子の中では末子の彼は、ささやかなものしか受け継げなかったビクトールの兄たちの嫉みを買い、陰で化け物呼ばわりされて育った。だから彼は、成人(オラトリオの成人は15歳)後すぐに王都の家を飛び出して父の所領のトレントの森に居を構え、以後研究と称して生家に寄りつかない生活を続けてきたのだ。
男はこうやって気ままに一人暮らしという選択もあるが、女性の場合、婚家で夫に嫉まれたとしたら……目も当てられない。王はそれを懸念して早くからの縁づけもせず、『希代の魔術師』と呼ばれる男の乞いにすかさず乗ったのだろう。
「それが降嫁の理由だ」
王は彼の思考を後押しするようにそう言った。しかし、
「いや、降嫁ではないな。セルディオ、その方三男と聞いたが」
王はそう言葉を継いだ。
「はい、そうですが」
「ならば継ぐ家禄もないのであろう。ここに婿に来ぬか」
「はい?」
いきなりの入り婿宣言に首を傾げるビクトールに、
「ガッシュタルトを執ってくれと申しておるのだ」
と、王はさらにガッシュタルトの王位継承を持ちかけたのだった。
「何故ですか、ガッシュタルトには私の記憶に間違いがなければ、ちゃんと王子様もおられるはず、何故この余所者の私がこの国を執らねばならないのです?」
王がそれに答えようとしたとき、バーンと大きな音を立てて部屋のドアが大きく開かれた。現れたのはすっきりとした美丈夫。
「あ、エリーサちゃんいたぁ!!」
音の主は満面の笑みでそう叫ぶと、エリーサに飛びついた。