紅蓮の月(後編)
そして、バルドが11歳の時、事件は起こった。彼が城を抜け出して森に出かけた際、魔物に襲われ瀕死の重傷を負ったのだ。
やんちゃな盛りの王子は、それまでも度々城を抜け出して森で遊んでいたのだが、そのときはテオブロも一緒にいて、彼が助けを呼んでバルドは一命を取り留めることができた。
しかし、皇太后は、テオブロが一緒にいたこと、彼が無傷だったことを上げ、これはミランダがテオブロを使ってバルドを森に誘い出して暗殺を謀ろうとしたのだ言い切り、王に彼女を断罪するように言った。もちろん、ミランダはそれを否定したが、状況や心情を鑑みても誰もが-王でさえ-それを笑い飛ばすことができなかった。
「本当にお前を信じてよいのだな」
そして、王が思わず聞いてしまったその言葉にミランダは絶望した。彼女は王にだけは何があっても信じていてほしかったのだ。
ミランダは言葉を翻し自らバルドの暗殺を謀ったと供述し、離宮に立てこもるとそこに火を放って自害した。
やがて、意識を回復させたバルドがそばに成獣がいるのに気づかず幼生を弄ってしまったのが原因だったことを告白するも、もう時既に遅く、王は何故自分だけは信じなかったかと、激しく胸を叩いて泣き崩れたという。
そして、それから少しして皇太后が病に倒れ、手当の甲斐もなくこの世を去った。それまで非常に元気だった彼女がミランダの死後後を追うようにこの世を去ったことで、これはミランダの呪いだとの噂がまことしやかに流れた。
「だから……母上は、ただ儂を王位に就かせる夢だけを拠り所にして自分を律していただけだったとしても……それだからこそ、儂は母上が約束してくれたことを是が非でも実現させたかったのだ」
結果はお前に阻まれたがなと、テオブロは自嘲気味にわらった。
「儂が結果的にお前の母親を死なせてしまったことになってしまったこと、どんな言葉で詫びようとも足りないと、ずっと思っていた。そんな儂がお前を裁くことなどできるはずもない。しかし、ことを目撃してしまった者の手前、お前のことを不問に付すこともできない。
だから、お前の身柄を切りつけたセルディオに託した。
願わくば、お前が母親と同じ轍を踏むことなく、これからの人生を自由に生きてくれたら。その為の援助はさせてもらう……これが陛下からのお言葉です」
それでセルディオは国王からの伝言をテオブロに告げた。すると、
「は!? 兄上は相変わらず甘い。そんなことをして儂がこっそりと兵を集めて、グランディール城に攻め入るとか考えたりしないのだからな。大体、国を大きくする欲もない」
テオブロはそう言って嘲笑った。
「そうですね、陛下は確かに甘いのかも知れません。ですが、それだからこそこのグランディールは平和なのだと私は思います。
正直、私は閣下がこの国を執らなくて良かったと思っていますよ。確かに、閣下が治められれば国は富んだかも知れませんが、人々は戦に疲弊していくでしょう」
「言いおるな、セルディオ。物事には、様々な側面があるか。確かにそうかもしれんな」
テオブロは王の提案を受け入れ、その夜こっそりと城を抜け出して、旅の人となった。
数日後、テオブロが病に倒れ、公務の一切から退くとの報が城中を駆け巡った。それ以来誰も彼を見る者はなかったので、かの一件で自害したのだという噂が流れたが、王とセルディオ以外は誰もその真相を知る者はなかった。
以上、親世代の事情のお話でした。
何かドロドロの昼ドラテイストになってしまいましたねぇ。
次回はまたあの年の差バカップルの話に戻ります。