紅蓮の月(中編)
「人として生きるなど、もう子供の頃に捨てたわ」
テオブロは、セルディオにそう言い放った。
「正妃として嫁ぎながら長らく子に恵まれなかったために母上はずっと肩身の狭い思いをしてきた。『お子のできぬお飾りの国母はいらぬ。そのような者が国母を名乗るの片腹痛いわ』先代の皇太后に面と向かってそう言われても、何も言い返すことができなかった母上。
そして、先に子を成した側室に正妃の座を奪われた。その2年後生まれたのが儂だというのは、お前も知っておろう」
「はい、存じております」
「だが、儂が生まれても母上の地位は回復することはなかった。それどころか皇太后は『長らく生まれなかった子が突然生まれるなどとはおかしい。本当に陛下のお子か』と
母上に言ったのだ」
あやつは鬼なのだと、そして儂もその血を引いていると思うと身の毛がよだつわと、テオブロは吐き捨てるように言った。
先々代の王妃は、他国の由緒ある家柄から嫁いできた高慢ちきなテオブロの母ミランダにあまりよい感情は抱いていなかった。そこで、彼女はミランダに子供ができないことを理由に、彼女に従順なバルドの母ソフィーをごり押しで側室につけさせたのだ。
そしてソフィーはすぐに懐妊した。生まれてきたのが王子だったことで、皇太后は先王に『これで王に問題がないことが分かったのだから、石女などさっさと放り出しなさい』と言った。しかし、先王はミランダを心から愛していたし(それが余計皇太后の癇に触っていたことに先王は気づいてはいなかったが)、政治的にも子供ができないではおいそれと返してしまえる相手ではなかったのだ。
母と妻との板挟み、それにほとほと疲れた先王は、母の持ち出した『正側の入れ替え』を受け入れてしまう。
だが、正室時代に受けていたストレスから少しは解放された為なのか、側室になった途端、ミランダが懐妊したのだ。
とは言え、いまさら再度の正側の入れ替えが行える訳もなく、生まれてきたのが王子だというのに、皇太后に逆らえぬ王や重臣たちはあからさまな戸惑いの表情を浮かべて母子みていることしかできなかった。
城の片隅でひっそりとテオブロを育てた彼女は、息子に繰り返し、
「本来ならば王になるのはあなたなのですよ。だから、常に王としての自覚を持って生きるのです。大丈夫、母上がちゃんとあなたを王にしてあげますからね」
と言い続けた。