あの男……
「殿下、此度は私の配慮が足りず、殿下を大変危険な目に遭わせてしまいました。トレントの森などという人気のない道など通らなければ、もっと策もありましたものを。本当に申し訳ございません」
界渡りの荒技が一段落して、王や重臣たちが離れた後、ビクトールはそう言ってコータルに頭を下げた。
「謝らずとも良い。どの道刺客はどこを通ろうが襲ってきただろう。もし同じ深手を負ったとして、スルタン、お前以上の事後の手当ができたものはいないはずだ。
それに、あの異世界の者としての旅、なかなか楽しかったぞ。寧ろ感謝している」
それに対して、コータルはそういって晴れやかに笑った。
「もったいないお言葉です、殿下」
「しかし、あの男……私の映し身と言うが、どうにかならぬものかな」
「鮎川様ですか? 彼がどうかされましたか」
どうにかならないかと聞きながら何やら愉快そうな様子のコータルを見て、ビクトールは不思議そうにそう聞いた。
「私と入れ替わった後、フローリアに無理矢理接吻をして拳を打ちつけられておった」
「ああ、やっぱり」
そうなると思ってましたと、ビクトールが相槌を打つ。男たちがくすくすと軽い笑い声を挙げる中、
「まぁ、私は殿下に手など上げたり致しませんわ」
フローリアが不満の声を挙げた。
「そなたのことを言ってるのではない。どうもあちらのフローリアはあやつに合わせてずいぶんと跳ねっ返りのようだしな」
「みたいですね。でも、彼女はフローリア様ではなく、カオル様と言うのではなかったですか」
「フローリアはミドルネームだそうだ。
だが、あやつは殴られてニヤニヤと相好を崩しておった。まぁ、同じ顔をした私に彼女を取られたかと必死だったのだろうな」
その後、
「それがあの男を目覚めさせるための策だと知って、完全に骨抜きになっておった。まったく、同じ顔であのような見苦しい様を見せられると、なんだか複雑な気分だ」
「ふふふ、鮎川様は尻に敷かれそうですね」
コータルとビクトールが頷きながらそう話している横で、
「私はコータル様を尻に敷いたり致しません!!」
と一人フローリアがプリプリと怒り散らしていたことは言うまでもないが、それを横で見ていたエリーサが密かに、『お姉ちゃまも絶対にそうなるわね』思っていたことはフローリア本人には決して告げることのできない話である。