お約束すぎる異世界への入り口
土曜日の午後の秋葉原。やっぱりそれなりに混んでいる。
今じゃ秋葉原といえば「萌えの聖地」だの「ヲタク街」だの言われて外国人観光客も一杯来る「世界のAKIBA」になってしまっているけど、私にとってはやっぱり基本は「電気街」である。
この街で世間を震撼させた大事件が起きたのはまだ記憶に新しいし、歩行者天国だってまだ完全に復活したわけじゃない。
私もライトノベルや漫画も大好き。いわゆるBLだって萌えだってなんでもどんとこい。
ただ、私の通ってる高校は小中高と一貫のいわゆるミッション系お嬢様学校だったりするわけで。
こんなある意味柄の悪い(?)場所に純粋培養のお嬢様たちを連れて遊びに来ることはできない。
連れて来たりしたら写真撮られたり色々めんどくさそうなことが起こりそうだしね。
そんな私の連れは省吾さんである。
学校帰り、八角のおじさまの指示で迎えに来てくれたのだが、私が買い物があると言ってここに寄って貰ったのだ。
ちなみに省吾さんの見た目は長身で鍛えた体にフィットした黒のスーツにサングラスというパッと見には思わず近寄りたくない雰囲気だ。
まぁ、いわゆるヤのつく職業に見えるというか…。
その中身は照れ屋で女性が苦手で動物が好きな優しい男性なのだがそこは私だけの秘密にしておきたいところだ。
まぁ、そんな訳で一応お嬢様学校の制服を着ている私でも怪しげな輩に絡まれることはまずない。
「お嬢…まだ探し物は見つからないのですか…?」
「んー、ちょっと待ってくださいね。…えーと、これと、あれと、それと…あ、おじさんそこの棚の上のコイルも一巻きお願いします」
「はいよー。いつもひいきにしてもらってありがとよー。…うん?なんだい今更鉱石ラジオでもつくろうって言うのかい?それならキットもあるからそっちの方が安上がりだよ?」
馴染みの電気屋さんは個人商店だが非常に丁寧でいい商品を扱っている。
大型店みたいな派手さはないけれど初心者さんも常連さんも関係ない懇切丁寧な接客が気に入っているのだ。
子供のころから家族に連れられてこの店に出入りしている私はご店主さんとも既に顔なじみで仮に用が無くてもこの店の近くを通ると顔を出して挨拶するぐらいだ。
「ううん、今回はキットを使わないでちゃんと作ろうと思って。お父さんがこれに使えそうな質のいい石を送ってきてくれたのでそれを使って作ってみようかなと思ったの。すすめてくれたのにごめんなさい」
そう言ってちょっと頭を下げるとおじさんはにこにこ笑いながら軽く手を振る。
「そういうことなら構わないよ。それじゃ全部で3000円になるけど、爽香ちゃんはお得意様だからね。特別にこのキットと同価格でいいよ」
そう言って先に示してくれた鉱石キットと同じ値段を提示してくれる。
「そんな、悪いです!ちゃんと支払いますってば!」
「いやいや、実は爽香ちゃんに頼みもあるからその依頼料も含めてって事でさ」
おじさんはちょっと人の悪い笑みを浮かべるとごしょごしょと耳打ちをする。
「………了解です。おじさん。ではその依頼料を価格から引いたらこのキット代になったということで」
おじさんの頼みに思わず苦笑しながら代金を払うと省吾さんと一緒にお店を出る。
「………お嬢。先ほどの依頼というのは…?」
もともと口数の少ない省吾さんがわざわざ聞いてくるほどには私は浮かれていたのだろう。
別にお小遣いに不自由しているわけではないけれど、趣味の一つに節約・倹約・貯金というのがあるので過程はどうあれ安く買い物が出来たのは純粋に嬉しい。
「ああ、今度せーちゃんとこーちゃんの二人を店に連れて来て欲しいって。おじさん、お兄ちゃんたちの新しい発想を貰って趣味のラジオを更に改良したいらしいの」
電気屋のおじさんも悪い人ではないのだが、一回趣味の世界に入ると周りが暴走して見えなくなるちょっとはた迷惑な性格をしている。
双子の兄たちはそのおじさんと結構気が合うのかたまに会うとあれやこれやと意見交換して面白がって変わったラジオを作っていたりするのだ。
ちなみにこのラジオ会議(?)始まると寝食を忘れるどころか兄たちが泊り込んで帰ってこなくなるので心配性の長兄はあまりいい顔をしないのだ。
それをなだめて上手く数日泊り込めるように計らうのがおじさんの依頼の正確な内容だったりする。
「そうですか。お嬢に直接何かあるわけではないのなら良いです」
そういってほんの少しだけほっとした表情を見せる省吾さんを見て私も笑う。
だけど、そんなほのぼのした空気を突然の甲高いブレーキ音が破った。
え?っとおもって振り返ると何かにスリップしたのか一台の車がスピンしながら私たちのいる橋の方へ吹っ飛んでくる。
「お嬢!危ないです!こちらへっ…!」
慌てて逃げ惑う人たちから私をかばうように抱き寄せた省吾さんが更に橋の中ほどへ移動する。
しかし、橋の反対側からも何があったのかと見物に来た野次馬と逃げてきた人たちの群れに挟まって。
二人揃って橋から押し出されてしまった。
うん。丁度タイミングが悪かったんだと思う。
こういうときに限って橋の欄干がちょっと壊れてて仮止めの補修柵になっていたとか、省吾さんの足元に小さい子供が居て、その子が押されないようにと私をかばった不自然なままの体勢で省吾さんが必死でバランスを取っていたとか。
まぁ、色々なタイミングが重なってうっかりと川に向かって落下してしまったのだが、水に落ちた衝撃で私はあっさりと気を失ってしまったわけです。
おかしいなぁ?水泳の授業では高飛び込みだって平気でクリアできるし、バンジージャンプだって黄色い歓声を上げながら楽しめる私が、いくら不意の出来事だったとはいえさほどの高さのない橋から落ちて気絶するはず無いんだけどな。
そして次に気がついた私の目の前にいたのはどこからどう見ても外国人コスプレイヤーさんたちだった。
落下、異世界トリップは王道だと思います。
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2012.6.25 誤字修正