今時の侍女の必須スキル
ちょっと長めです。
国王陛下との謁見が終わってからの日々はバーナビー神官長のお告げ(?)どおり毎日びっしりとこの世界についてのお勉強が続いていた。
「はふー……流石にちょっと疲れた~」
「ふふふっ。毎日ぎっちりとスケジュールが詰まっておりますものね。お疲れさまです」
ばたりとテーブルの上に倒れた私にメリッサさんが香りの良い香草茶を淹れてくれた。
このお茶はハーブティーみたいな感じで爽やかな香りとちょっぴりの甘みとスッキリした飲み心地で今のお気に入りの一つだ。
「ありがとう、メリッサ。…うん。おいしい。これ飲んだらもう少し頑張るね」
「どういたしまして。しかし、あまり無理はされませんようにね」
「課題を出した本人にそういわれてもねぇ。兎に角覚えないことには困ることだから頑張るよ」
そう、今私が学んでいる世界史や各国の情勢などを教えてくれる先生とはメリッサさんたち侍女さんたちなのである。
最初は専門の教師がやってきてアレコレ授業があると思っていたので、エレーナさんからこのことを聞いた時は驚いてしまった。
詳しく聞くと更に驚いたことにヴァリーリアさんは女性王族向けの親衛隊(もちろん隊員も全部女性)の副隊長を務めていたこともある武道の達人だったし、メリッサさんは王立の大学府で教鞭をとったことのある才女でシーラさんはあのバーナビー神官長の直弟子、それも秘蔵っ子と呼ばれるほどの魔術師だった。
そしてもちろんそんな彼女たちを従えるエレーナさんが只者のわけではなく、長年王宮に仕え、私が来るまでは王妃様の腹心として公私にわたって活躍していたということだ。
そう考えると誰がさい配してくれたのかはわからないが、彼女たちを私に付けてくれた人は私のことを非常に高く買ってくれているらしい。
そうなればその期待を裏切るわけには行かないので私としても教えてもらったことは全て吸収して見せましょう!
「サヤ様は勉強熱心ですし、お教えしたことを直ぐに理解していただけますので私としてもお教えのし甲斐があるというものですわ」
にこにこと嬉しそうに言うメリッサさん。
初日こそつっけんどんな態度でとっつきにくいかな?と思ってしまったが、話してみると頭の速度は早いし、話題も豊富なので彼女といろいろな話をするのは非常に楽しかった。
まぁ、シーラさんに言わせると
「メリッサさんは頭がいいせいか、反応の遅い人とか常識のない人とか大嫌いなんですよー。本人の前では言いませんけどねー。サヤ様はこの世界のこと何も知らないでしょう?だから最初はこのお仕事引き受けたくなかったらしいですよー?」
ということらしい。
「でも、サヤ様はわからないことは直ぐに聞いて正しい知識を得ようとするしー、応用も利きますから、メリッサさんの見方も変わったみたいですねー。よかったですよー、あの人に気に入られる人って少ないんですよー」
語尾を延ばして喋るシーラさんのしゃべり方こそメリッサさんの気に障るんじゃないかと余計なことかと思いつつ心配して聞いてみたが、
「あー、それは大丈夫ですー。実は私、メリッサさんの従姉妹なんですよー。なので昔っからこんな喋り方なのは慣れてますしー、それに実力さえ示せばその他の事あまり細かく言ってこないんですよー♪」
……凄く意外な話を聞いてしまった。
あの理知的でリアリストで型にはまったようなメリッサさんと自由奔放、直感勝負で枠にはまらないシーラさんが血がつながってるとは話しても誰も信じないのではないだろうか。
でも、二人とも実力も才能もあるのは確かだ。
「ついでにもう一つ言っちゃいますとねー、神官長も私たちの親戚に当たるんですよー」
「えっ?!」
秘密ですよー、と前置きしてシーラさんが教えてくれた情報によると、バーナビー神官長の父親(公爵らしい)の弟がメリッサさんのお父さんで、妹がシーラさんのお母さんだということだ。
つまり、神官長とメリッサさん、シーラさんは血のつながった従兄妹。
「私が魔術師の才能があるって見抜いてくれたのはバーニーお兄様…、あ、バーナビー神官長なんですよー。ホラ私こんな性格でしょー?最初は家族にすら魔術師なんて無理だーって反対されたのを神官長が説得してくれたんですよー」
「へぇ……神官長にそれほどまでに言わせるってシーラさん凄いんですね。………で、「バーニーお兄様」って言うのは?」
私の言葉にシーラさんが慌てる。
「あ、あのー、私が言ったって言うことは内緒にしておいてくださいねー?バーニーというのはバーナビーの愛称なんですよー。でも、本人はその愛称で呼ばれるの恥ずかしいみたいですー。私は小さい頃からお兄様に懐いて可愛がってもらってたので油断するとぽろっと出ちゃうんですー」
あわあわと言い訳をするシーラさんに神官長には言わないと約束する。
でも、バーニーねぇ…。
よし、これから神官長のことは「ウサちゃん」と心の中で呼ぼう!
そう思うと神官長から受けた数々のいやみも軽く受け流せるような気がした。
さて、メリッサさんから出された課題をクリアすると次の授業は私の好きな護身術だった。
元々体を動かすのは好きなので部屋にこもってばかりだとちょっと息が詰まってしまう。そんな私の護身術の先生は元親衛隊副隊長のヴァリーリアさん。
親衛隊は王室女性の警護を専門とする部隊で、隊員も全て女性なのが特徴だという。
メリッサさんは昨年までその副隊長を務めていたぐらいなので腕のほうは確かだ。
でも何で副隊長を辞めて侍女なんてやっているんだろうと不思議に思ってたずねてみたところなんというか、お約束の答えが返ってきてしまった。
「父が…、見合いの話を持ってきたのです」
「えーっと、それじゃヴァリーリアさんは結婚してるんですか?」
「ヴァレリアでいいですよ、サヤ様。親しいものは皆そう呼びますから。………本来は父に従ってそうするべきだったのでしょうが……」
言葉を濁したヴァレリアさんだったが、よく見るとその拳がプルプルと震えている。
「見合い相手は家柄のみを目当てとした成り上がり男爵の次男坊で、正直言って到底尊敬できるような人物ではありませんでした。それに何より私の誇りである親衛隊を「おままごと部隊」と馬鹿にしたのです。到底許せるものではありませんでした」
どうやら愛する部隊を馬鹿にされて切れたヴァレリアさんは見合い相手をぶちのめした挙句、勝手に縁談を断ってしまったらしい。
そのことに怒ったのが当然ヴァレリアさんの御父さんである侯爵閣下。
そしてなんと王妃様も親衛隊士の暴行事件に眉をひそめたというのだ。
王室女性専用部隊ということは当然そのトップにいるのは王妃様。
その王妃様から「部隊の誇りを守るためとはいえ、非武装の人間を殴るのはいただけない」と謹慎処分を言い付かってしまった。
娘の不名誉に更に怒ってしまった侯爵閣下はヴァレリアさんを隊から除名させ、少しは大人しくなるようにと王宮の侍女にさせたということだ。
「誇りある親衛隊から籍を外されたことはショックでしたが、その結果あの馬鹿な見合い相手と結婚することも無く、サヤ様のお付になれたことは私にとって幸せなことです。それに今回の件が無事に終わった暁には隊に復職させていただけるとのお言葉を王妃様からいただいております」
激情を押さえ込み、私に向かって鮮やかな笑顔を向けたヴァレリアさんは強い人だと思う。
そんなヴァレリアさんを私は素直に尊敬した。
バーニー神官長の意外な血縁者が判明。メリッサやシーラあたりから昔話を聞きだして弱みをつかもうと爽香はちゃっかり考えていたりします。