神官長の腹の色
エレーナに案内された爽香に割り当てられた部屋というのは王宮の西棟にあった。
元々西棟は外国からの賓客などが滞在する時に使われるのがメインなのでどの部屋も凝った内装になっていた。
その西棟の中でも最も景観のよい3階の角部屋が爽香のための部屋なのだが、本来ここは他国の王族しか使えない部屋である。
まぁ、そんなことは知らない爽香は素直に割り当てられた部屋の美しさに感心していた。
「おお…凄い部屋だ…」
「お気に召していただけましたでしょうか?」
「あ、はい。このような素敵な部屋を用意していただき誠にありがとうございます」
思わず素の言葉遣いが洩れてしまったがエレーナは気づかなかったようにニッコリと笑う。
「今宵の夕餉はアレックス様とバーナビー様が同席されるとの事です。その前に湯浴みとお着替えを致しましょう」
エレーナの言葉に侍女3人衆がササッとお風呂と着替えを用意してくれた。
確かにバタバタしていたせいもあってちょっと埃っぽいのでお風呂は嬉しい。
それとこんな世界だからきっと着替えはドレスに違いない。基本的に動きやすい服が好きだけど、滅多にないチャンスだからどんなドレスを着せてもらえるか楽しみである。
そんな訳で内心うきうきと浴場にむかったが、結果は予想以上のものだった。
「どうしましたサヤ殿。何かお疲れのようですが」
「なんだ?部屋で一休みしていたはずじゃなかったのか?」
「………ナンデモアリマセン・ダイジョウブデス」
夕餉の支度ができたとヴァリーリアが呼びに来たのでよろよろと隣室に向かうと既にそこにはアレックス王子とバーナビー神官長が着席していた。
二人が私を見た途端驚いたように問いかけてくるが、正直答えるのもめんどくさい。
とはいえ、心配そうに見る二人をあまり邪険にするのもねぇ…。
ちょっと遠い目をしながら思い返せばまず湯浴みを、といわれて連れて行かれた浴室がだだっ広かったのはともかく、皮が3枚ぐらい剥けるのではないかと思えるほどガシガシと浴室付きの女性に洗われたり、アバラが折れるんじゃないかと思うほどぎゅうぎゅうにコルセットを締められたり、髪が抜けるんじゃないかと心配するぐらいに髪を結い上げられたりしただけです。
うん、世の中のファンタジー世界にトリップしちゃった主人公の苦労を身をもって体験しました。
こんなのが毎日続いてても耐えられる主人公たちを尊敬します。
「何か不都合がありましたらお申し出下さい。改善させていただきますので」
バーナビー神官長の申し出はありがたいけど、アレがこの世界の常識なら少しは我慢しなければならないだろう。
「……何事も初めてのことばかりなので慣れないだけです。ご心配ありがとうございます」
作り笑いだけでも顔に貼り付けて答える。
……あれ、またアレックス王子が赤くなってる。
どうしたんだろう?と小首を傾げると真っ赤になった王子が視線をそらして早口で神官長に声をかけた。
「と、とりあえず冷める前に食べよう。陛下への謁見の件に関しては食事後に伝えるということでいいだろうか?」
こうぎゅうぎゅうに締められていてどこまで食べられるかは謎だが食事自体に異はなかったので私がうなずくと神官長も同意して豪華な食事は始まった。
夕餉の内容は文字通り非常に豪華だったが、素材に何が使われているのかは今一よくわからない。まぁ、わからなくても美味しければいいのだが。
三の兄あたりなら興味を持って素材から調べてアレンジしたいとか言い出すだろうなー。
あの兄は意外と料理を作るのが好きなのでたまに作ってもらえるととても嬉しかったのだ。
あ、でもデザートで出てきた赤いフルーツの入ったゼリー寄せもどきはすごくおいしかったので機会があったら作り方を覚えたいところかな。省吾さんに再会したとき作ってあげたいし。
食後のお茶を飲みながら王子が教えてくれたことによれば、明日の朝、国王陛下と謁見が待っているらしい。
その場で私に突きつけられた「勇者or巫女姫」のどちらかを選ばなければならないらしい。
だけど、どっちもイヤだって断ってるんだけどなぁ…
「サヤ殿がわが国の思惑に乗せられるのが嫌だとおっしゃる気持ちもわかります。ですがこのまま何もせずに居ても状況が変わらないということにも聡明なサヤ殿ならお気づきかとは思いますが?」
バーナビー神官長の言い方にちょっとカチンと来るが、それは事実だよね。
確かに動かなければなにもできないし、私一人で右も左もわからないこの世界で省吾さんを探すことは難しい。
「確かに神官長の仰るとおりです。ですが、私はこの世界で探さなければいけない人が居るんです。あ、もちろん「自称・神」なんて怪しい人ではありませんよ?私が呼び出されたときに共に居た大切な人を探したいのです」
「その人物もこの世界に来ているという確証はあるのか?」
「いいえ。確証などありません。ですが省吾さんがあの状況で私を手放すなどありえない。そのことを知っているからきっと巻き込まれてこちらの世界に来ていると思うのです」
「ショーゴサンですか?その方はどんな方なのでしょうか?」
「省吾さんは私にとって一番大切な方です」
はっきりと言い切った私に王子も神官長も戸惑った表情になる。
「その、ショーゴサンとやらは、その、なんだ、サヤの想い人なのか?」
そう問いかけてくる王子に私は大きくうなずく。
「ええ。私の恋人(予定)です」
暫定ではあるけどそう言っておこう。うん。省吾さん本人からはまだOK貰ってないけど、省吾さんが私を気に入ってくれてるのは知ってるし、照れ屋さんだから素直になれないだけってわかってるしねっ!
私の考えをどう取ったのか、なぜか王子が暗くなっている?
急に暗くなった王子を不審に思いつつ神官長に理由を尋ねようとしたがその神官長はあまりにも無表情すぎて尋ねる気にはならなかった。
『神官長、何か怒ってます?』
そう問いかけたくなるほど不機嫌なオーラが出ていた神官長はカップに入っていた紅茶を飲み干すとおもむろに立ちあがった。
「さて、そろそろ夜も更けて参りました。サヤ殿もお疲れでしょうから今宵はゆっくり休んでいただきましょう。陛下へのお返事につきましてはゆっくりと考えていただければ。……ああ、そうそう、一つだけ情報を」
そういったバーナビー神官長の笑顔がなんだか黒く見えたのは気のせいじゃないと想うんですが。
「最新の「神」の情報が入りました。「神」は異世界から来られた男性で黒髪・黒瞳だそうですよ。…今、このタイミングで異世界から来た男性というのはそう多くないと思うのですがね」
「!!!!!」
驚きのあまり立ちあがった私に対し神官長が恭しく礼を取る。
「では、明朝お迎えにあがります。…さぁ、殿下参りましょう」
「あ、ああ……。では、な」
バーナビー神官長が王子を引きずって出て行くのを見送った後、私の絶叫が部屋に木霊した。
「ああああ、あの喰わせものがぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!!」
そう、神官長が提供した「神」とやらの情報が示すのは私が探す省吾さんへの手がかりに他ならなかったのだ。
バーニー神官長、腹黒決定。そしてSです(笑)
爽香ちゃん、相当お冠ですね。まぁ、ある意味同属嫌悪気味な気もしますが(苦笑)
------------------------------------------------------
2012.6.25 微修正