主従の会話 ~無欲で無自覚なお嬢様~
というわけで、第九話です。
今日は少し早目に更新。ちょっと早く家に帰ってこれたので。
イーリスとアイリスの会話がメイン。
イーリスは基本的に自分に魅力があるとは考えてない子だと思います、ええ。
それでは、お楽しみくださいませ
「お嬢様?」
「なぁに? アイリス」
「その、宜しかったのですか?」
「何が?」
「キース様と、カイル様の事です」
二人の騎士が去った後。
とりあえず王と三公、そして実家宛の書状を書いて配下の者たちに手渡した後、イーリスとアイリスの主従はカイルが用意させたお茶でまったりとお茶会を開いていた。
その中でもたらされた質問に、少しだけ首を傾げたイーリスは、そうねぇ、と前置きしたうえで考えを述べる。
「正直な所、あんまりよくは無いけど……。でも、これってチャンスじゃないかしら?」
「チャンス、ですか?」
「ええ。フェリス姉さまとシェリスの結婚相手、あの二人とかどう?」
「…………は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするアイリス。
そして、思わずといった調子で気配を漏らすこの部屋を監視しているはずの間諜達。
「ゼフィ、ダンデ、サイス、貴女達、今回の任務が終わったら特別修練ね。気殺の」
部屋を見回して気配を漏らしたのが誰かを瞬時に特定し、釘をさす。
悲鳴じみた気配が漏れた後、すぐにそれが消える。
これ以上無様に気配を垂れ流したりしたら、特別修練が酷くなる。
そう経験で知っているが故だ。
完全に気配が消えたのを確認し満足そうにうなずくと、まだ驚いた顔をしているアイリスへと視線を戻す。
「だから、フェリス姉さまとシェリスの結婚相手。キース様は確か二十二歳、カイル様は二十一歳だったわよね?」
「え、ええ……」
「フェリス姉さまは十八歳だし、キース様とお似合いでしょう? カイル様ともお似合いだとは思うけれど……。シェリスが十五歳になるころには、もう結婚相手を見つけてる可能性もあるわよね、両名とも」
「……あ、あの、イーリス様?」
「幸いここでカミジール家の秘密を教えてしまえば、陛下も三公もあの二人を我が家に取り込む事に否は申されないでしょうし……。私のあれを見破ったのであれば、カミジール家の婿にはふさわしいじゃない?」
未来の義兄に義弟候補。
それを見つけた、とイーリスは嬉しそうに微笑む。
「二人とも美男子だし、姉さまとシェリスと並べば絵になるわよね」
「というか、シェリス様が相手だと、相手に幼女趣味疑惑が持ち上がる可能性もありますが……」
「あら、十歳差程度普通じゃない。だって、私だって殿下と八歳も年が離れているのに候補として上がったのよ? 二十歳差もあるわけじゃないんだし、問題は無いわ。シェリスは十分に愛らしいし、きっとどちらかは気にいると思うのよね」
名案名案、と頷くイーリスに、アイリスは頭を抱える。
「その……失礼ですが、イーリス様のお相手はどうするんですか?」
「私? いいわよ、私は生涯独身で。別に夫が欲しいわけじゃないし、夫がいなくても問題ないしね。姉さま達やシェリスの子供を自分の子供だと思って愛し、カミジール家の子として鍛え上げる事に心血を注ぐと決めているの」
言葉も出ないとはこの事だ、とアイリスは自分の主を凝視してしまう。
「身内って……イーリス様のお婿にする、という事ではなかったんですね」
「あたりまえじゃない。あの二人と私とじゃ釣り合わないわよ。それに、私に男を二人も囲えっていうの?」
「そう言うわけじゃないですが……。でも、本当に婿を取るつもりはないんですか? 確かにイーリス様の立場では嫁に出る事は出来ないでしょうけれど、お婿さんは十分に取れると思うんですが……」
従者からの言葉に、イーリスは思わずと言った調子で笑みを浮かべる。
「いいのよ、私は。恋をして、あるいは恋をせずとも婿を取って子供を産んで育てるより、もっと大事な事がいっぱいあるもの。それに、私の子供はもういっぱいいるわ」
「いっぱい、ですか」
「ええ。貴女もそうだし、ゼフィたちもそう。カミジール家に所縁のある全ての人々が、私の子よ。私が育み、私が護らなくてはならない愛し子たち。それだけ多い子供を抱えてるんだから、もう新しく子供はいらないわ。何せ、私が何もしなくても増えていくんですから」
イーリスはカミジール家に置いて、他者を教育する立場にある。
カミジール男爵領は、間諜達の育成機関であり、巣立つ場所であり、帰る場所でもある。
領民は全て何らかの技能を持っているし、吟遊詩人や旅芸人となって諸国を漫遊する者たちもいれば、それぞれの才能を伸ばしそれを武器に他国へ入りこむ者もいる。
イーリスは十六歳という若さでその機関の長を務めており、何よりもその才覚と能力はベテランの間諜に引けを取らない物だ。
足りないのは経験だけ、とすら言われている。
所謂天才。それが、イーリスという少女なのである。
そんなイーリスだからこそ、領民全てが――自分の教育機関の下にいる全ての者が子供だと思っている。
年代も性別も関係なく。
そして、有事の際は共に手を握り合い、外敵を滅する仲間であると。
同時に彼らの命を護るべき立場にあると、強く認識している。
「私は忍よ、アイリス。忍たるもの、領地を伴侶とし、領民を子として生きていく者。そんな私に、人間の伴侶はいらないわ」
「ですが……」
「いいの、別に私だって欲しいわけじゃないんだから。ああ、別に姉さま達と違って一人だけとびぬけて普通の容姿だからっていうのが理由じゃないわよ? 本当に。本当にそう思ってるの、私は」
だから気にしないで、とイーリスは笑う。
忍。
それは、カミジール家の間諜に存在する位階の最上位だ。
修業を始めたばかりの子供を卵と呼び、ある程度任務をこなせるようになると雛、次いで単独で行動できるようになると成鳥、熟練になり教え子を持つようになると親と呼ばれるようになる。
普通はそこまでで終わる。
では、忍とは何か。
それは、カミジール家の間諜が与えられる役割を、ひとつ残らず網羅できる者に与えられる位階だ。
平民や侍女など身分が低い関係者として潜り込み情報を探る鼠、様々な場所に侵入して情報を奪う鳩、要人の暗殺を行う蛇、他国の要職について情報を収集する蝙蝠、旅人や芸人に扮して諸国の情報を集める燕、カミジール家以外の間諜達を見つけ出し捕まえ、情報を絞り取る猫、素早く情報を伝達する術を持った鷹、罠のスペシャリストである土竜に、要人の警護を行う犬。それらを教育する立場にある調教師。
忍とはそれらの役割を全て単独で全うできる知識と能力を有する者に与えられる名であり、カミジール家の要でもある。
名前の由来は、遥か昔、東国から流れ着いた間諜がその名を名乗っていたから。
向こうでは間諜の事を忍者と呼ぶらしい。
その忍者がありとあらゆる事に精通していたため、カミジール家ではその忍者と出会って以降、全ての能力を持つ者を忍と呼ぶようになったのだ。
イーリスは、忍だ。
領民からは忍姫と呼ばれて慕われており、イーリスもその能力を惜しげもなく次代の者たちへと伝えているし、経験の深い先達から様々な知識を受け継いでいる。
現在カミジール男爵領に、忍は二十人しかいない。
その殆どが老齢に達している中、一際若く輝いている存在。
それが、イーリスなのだ。
「まぁ、それに私を愛する物好きなんてそうそういないわよ。特に貴族には」
「確かに、交流のある貴族の方々は皆フェリス様達ばかりを見ていらっしゃいましたからねぇ……。イーリス様もこんなにお美しいのに、本当に見る目が無い方々でした」
「こら、アイリス? そんな風に言ってはだめよ? それに美しくなんかないわよ、私は。美しいっていうのは姉さまやシェリスにふさわしい言葉よ?」
「いいじゃないですか、誰が聞いてるわけでもない」
「ゼフィ達が聞いてるじゃない」
「あの子達は良いんです。どうせこの事は報告しないんですから。……しないわよねぇ?」
「……アイリス、殺気、殺気を仕舞いなさい。ダメよ、そんな指向性を上手く調整できてない殺気を撒いちゃ。もしかして、あの子達の場所が分からないの?」
「い、いえ……そんなことはありませんよ?」
「…………貴女も、この一件が終わったら特別修練ね。周囲警戒と気配察知の」
「お嬢様!?」
部屋に潜んでいる間諜達へ殺気を飛ばしていたアイリスの顔が、イーリスの発言で一気に蒼白へと傾く。
ちなみに特別修練というのは、別名地獄の一丁目と言い、参加したものが参加前に比べて数倍の能力を得る代わりに色々大事なものを失うと評判のものだ。
無くすのは、主にプライドや羞恥、その他もろもろらしい。
「そ、それはさておいて」
「ちゃんと後でお父様に手紙を出しておきますからね。全員分の修練を用意するようにって」
「それはさておいて! ……ごほん。唯一イーリス様の魅力に気が付いていたサバロ様はキキョウ様の婚約者になられてしまいましたし。領民とからの人気はとても高いんですけどねぇ」
「一応、これでも貴族ですからね。流石に平民階級と婚姻を結んだら、カミジール家が無用な攻撃にあうだろうし」
それに子供とは結婚できないわよ、と苦笑を浮かべる。
「まぁ、私の事は良いわ、別に。それよりもアイリスの相手を見つける方が先だしね」
「……私、ですか?」
「そうそう、貴女。優秀で大切な部下に良縁を持っていくのも大事な主の仕事ですもの」
「そ、そう、ですか」
(私の事よりも、イーリス様の方が大事なのに……)
にこにこと笑いながら言うイーリスに、少しだけアイリスは不満を覚える。
(イーリス様が幸せな家庭を持つ事こそ、領民も旦那様もご姉妹も望んでるのになぁ)
他者の事を大事に考えていると言えば聞こえがいい。
だが、その実自分というモノをあまりにも蔑にしているだけなのだ。
忍としての自分以外にはまるで価値が無いと、敬愛する主が考えている。
その事が、何よりも悲しい。
「さて、とりあえずお父様から返事が届くのは明日の昼ごろかしら」
「シラーに頼んでありますから、もう少し早いかもしれません。あの子、相当足が速いですし、愛馬もタフですから」
シラーと言うのは、イーリスが抱えている鷹の少女だ。
愛馬のオーキスと共に駆け、カミジール男爵領までなら一日で往復が可能である。
ちなみに、一般的に馬で男爵領まで行こうとするとどれだけ急いでも二日はかかる。
実に普通という概念の四倍速で動けるのだ、シラーとオーキスは。
それでもカミジール家のトップではないと言うのだから恐ろしい。
「そうね、それではそれまでに根回しは完全に済ませておかないと」
「キース様もカイル様も立場が微妙ですからねぇ……。カイル様はともかく、キース様はなまじ王族関係者というのが」
「そのあたりは陛下とミゲール様が何とかしてくれるわよ、きっと」
何とかさせるんじゃないのだろうか、とはイーリス以外の全員が心の中で思った見解だ。
「ま、なんにせよ勝負は明日よ、明日。今日はもう湯浴みして寝てしまいましょう。英気を養わないとね」
「分かりました、お嬢様。お背中お流ししますね」
よろしくお願いね、と微笑んで浴室へとイーリスは移動していく。
その後を追いながら、アイリスはこの国のトップ三人と主の実家へ内心で黙祷を捧げる。
確実に、声にならない大騒ぎを行っているに決まっているのだから。
というわけで、第九話。アイリス、イーリスの伴侶を望むの会でした。
この話の着地点、王子とくっつくのかキースとくっつくのかカイルとくっつくのか、大穴でリンスミート第二王子とくっつくのかが全然定まっていないという罠。
まだ本格的な恋愛ストーリーには入っていかないような気がするので、読者の皆様の意見次第ではルートが迷走する可能性があります。
もしこのキャラクターとくっついて欲しいという要望があれば、一言感想に入れていただければ参考にさせていただきます。
…………アイリスとの百合ルートもありですよ? い、いや嘘ですが。
それでは、また明日更新できる事を願いつつ。
読んでいただき、ありがとうございました。