糾弾を止めるは従者の刃
というわけで、第七話です。
今回も少し短めですが、ご容赦ください。
それにしてもストックは残すところ一話分。
このまま執筆しなければ明後日載せる分がなくなるので、これから必死に執筆です。
がんばるぞ、おー
「……なるほど、それで、私の所へいらっしゃったわけですわね?」
「ええ。我ら二人は、これより貴方の護衛となります。不都合などあれば、お申し付けください」
可能な限り便宜を図りますので。
そう言いながら頭を下げる二人の騎士。
表向きは丁寧な礼をしているが、そのくせ目だけは油断せずに此方の事を観察してきていた。
一人で今後の事を考えている最中、宰相の鳩から連絡があった。
内容を要約すると、
『茶会に参加していた近衛騎士二人がイーリス様の事を疑っています。此方では手の出しようがないため、申し訳ありませんがイーリス様のご裁量で判断をお願いします』
との事。
無論内容はどうしてそうなったのかを簡潔に書いてあるもっと長いものだが。
その情報でどうしてこうなっているのかは理解しているが、それでもイーリスはため息をつかずにはいられなかった。
たとえそれが、自分のミスが発端だったとしても。いや――発端だからこそ。
「…………どうしたものかな」
口の中で、二人に聞こえないように呟く。
現在、部屋の中には自分と押しかけて来た騎士二人だけ。
アイリスは、様々な情報を受け取りに城内を歩きまわっている最中だ。
突然の来訪だったため、化粧以外に服を整える暇が無かった。
無論外で待たせてもよかったのだが、現在来ている服も万が一を考えて部屋着にしては派手なものを選んでいたので問題が無いと言えばないのだが。
だがこの二人が持つ“イーリス像”を破壊する為には、是非とも部屋でもド派手な服を着ている所を見せたかった。
アイリスがいてくれれば、それも出来たのだが。
ともかく、今回は今まで通り道化で乗り切り、今後の方向性としては駆け引きで何とかする事になる。
というか、それ以外にどうしろというのだろうか。
とりあえずアイリスが帰ってきたらこの二人を帰し、二人で密談するしかない。
前途多難だ。
「わかりました。まぁ、さしあたっては特になにもありませんが、そうですね……お茶でも入れてくださる?」
「なっ……それは、侍女の仕事では」
「その侍女がいないから言っているのよ? それくらい言われなくても理解してもらいたいものね、近衛騎士などという高い身分にいるのだから。それに、誰も貴方たちに入れろとは言っていないわ。今あなたが言った通り侍女を連れてくればいいでしょう?」
まったく使えないわ、と頭を嫌みに振りながら繋げる。
それだけでむっとした顔をするのだから、割と簡単にいきそうではある。
だが、油断は禁物だ。
この二人の詳細な情報はまだ得ていないから、迂闊に判断はできない。
好む人物像、好まない人物像、言動、行動、過去の情報、人付き合いなど、他人を攻略するための情報は多くなければいけない。
これを、略本の術という。
また集めた雑多な情報を分析し、正しい状況を導き出す事を節を揃えると言い、現状キースとカイルに関しては節が揃っていないのだ。
無論、王子、そして正妃候補の関係者という事で最低限の情報は手に入れてある。
だがそれは感情を操作するには足らない情報なのだ。
ある程度、一般的に嫌われるような行動を取っておけば間違いはないのだろうが、しかし彼らに根づいた感情まではぬぐい去りきれないだろう。
「……わかりました。それでは、私が侍女を連れてきますので、申し訳ありませんが少々お待ちください」
頭を軽く下げ、カイルが部屋を出ていく。
部屋の中にはキースとイーリスのみ。
すれ違いざまに騎士二人が視線で会話をしているのを見取った為、さて何がどうなるか、と心構えを新たにする。
「……所で、イーリス様。少しお伺いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
来た。
気を引き締めつつ、演技か崩れないように意識しながら言葉を紡ぐ。
「なんでしょうか?」
「イーリス様は思い出したくないかもしれませんが……茶会初日の、カイルの妹と行った戦略遊戯についてです」
「……ええ、思い出したくもありませんわ。悪いけれど、その話はやめて頂戴」
「……あの勝負、何故イーリス様は意図して負けられたのでしょうか?」
一瞬、演技が崩れるかと思った。
それくらい、その言葉は衝撃的だった。
そこか。
そこから、気づかれたのか。
「……何を言っているのか分かりませんが、私がわざと殿下と、そしてファミルス様に負けたと? 何を根拠に? それは、敗北し泣きわめいてあの場を後にした私への嫌みですか? 貴方は、護衛のくせに護衛対象の印象を悪くするのが目的なのかしら」
ふるふると、怒りに震える演技をしながら、低い声で相手を糾弾する。
これはマズイ。
確かにあの茶会だけは、記録に残せる方法で仕掛けていた。
戦略遊戯はその勝負の検証を後で行うために、全ての流れを記録するのが習わしだ。
当然、イーリス達の勝負も全て記録が残っている。
しかし。
あそこで行っていた小細工は、そうそう看破されるものではないはずなのだが――。
「ファミルス様相手の十手目と十五手目、そしてレンフィールド殿下への十五手目と二十手目、ファミルス様への二十手目と二十五手目、殿下への二十五手目と三十手目、ファミルス様への四十二手目と四十四手目、殿下への五十手目と五十二手目、フェミルス様への五十四手目と五十六手目、殿下への五十九手目と六十一手目――」
戦慄する。
キースが羅列したその手は、全てイーリスが王子やファミルスの腕前を見るために技と奇抜な手を打った部分だからだ。
あの時の戦略遊戯、最初の十手目までは堅実に行っていた。それぞれの、力量を確かめたためだ。
そして、ファミルスを相手にしての十手目。丁度いい手があったので、その手から四十手先までに有効な対処を行わなければ致命傷となる手を打った。
最も、相手が気づかなかったので五手目にはそれを崩す悪手を打った。
王子へも、十五手目に同様の手を打ち、さらにその五手後で崩した。
キースが挙げたのは、此方が仕掛け、そして崩した手の場所だ。
最初は四十手先、次は三十手先、次は二十五手先、次は二十手先。
その後も挙げられた場所は、全て仕掛け、崩した手の場所だった。
完全に、気づかれている。
これは――どうしたものだろうか。
宰相からの情報でも、先ほどの会議ではこの話題は出さなかったのは確認済みだ。
無論、男爵の娘程度が王子の戦略眼を確かめるためにそんな駆け引きを行っていたと知られれば大問題だからだろう。
そして、イーリスに対する切り札になりえるからだ。
最も、それを最初に切ってくるあたり、キースは間諜に向かないな、と思うが。
「以上が、私、カイル、そしてハインリヒ参謀長、シーグレット元帥、ダミル大将で検証した結果、イーリス様が殿下とファミルス様を図るために行った手だと判別されました」
参謀長と元帥からはその事に付いて報告は受けていない。
彼らに付いている間諜も、特にその事については何も言っていなかった。
恐らく、キース達は誰の記録かを上手くごまかして検証したのだろう。
三公がイーリスの、カミジール家の行っている調略戦を台無しにするとは思えないからだ。
そう信頼できるほどの関係は、築いている。
「……そんなの偶然でしょう。ええ、よしんば私が殿下とファミルス様へそんな手を打っていたとして、それがどうかしたの? それにしても三公まで巻き込んで検証するなんて。皆様はよほどお暇なのですね? 羨ましい事ですわ」
「…………」
「な、なんですか? そのように怖いお顔をされても、私からは何も言う事はございませんよ?」
気配が鋭くなる。
それと同時に、周囲に控えている間諜達にも緊張が走ったのを感じ取る。
一人いなくなったのは、アイリスに状況を伝えるためだろうか。
まずい。
これは、本格的に――まずい。
「単刀直入に聞きます。貴方は――殿下を害する者か」
すらりと、腰に佩いていた剣が抜かれる。
その切っ先が向くのは、イーリスの顔だ。
彼我の距離は一メートルもない。
「ひっ……っ! け、剣を……剣を向けるとはどういう事ですかっ!」
「あくまで白を切り通すおつもりか」
「白を切るも何も、本当に身に覚えのない事ですわっ! それにこの状況――殿下が知れば、貴方の首が飛びますわよっ! 現状私は正妃候補。その相手に剣を向けるなど……っ!」
「殿下からは、貴方に対する疑惑を我々の裁量で確認するように、と下知を受けています。さぁ、お答を」
周囲の間諜達が武器を取り出したのを、気配で察する。
抑えているが、明らかに殺意に溢れている。
まずい。
そして何より不味いのは――アイリスの気配が、近づいてきていると言う事だ。
上手く気殺しているが、それでも気づけるものは気づくレベル。
最も、あのアイリスの気配断ちを気づける者は、この国に数人しかいないだろうが。
「剣で脅されようと、そんな怖い顔を成されようと、私の答えは一つです。知らない者は知らないですし、私に殿下を害するつもりなど――!」
「……っ!!」
イーリスの言葉の最中、ゆらりとキースから殺気が立ち上った。
剣を振う気だ。
服の下で強張った筋肉を確認しながら、イーリスは万が一の事を考え重心の位置を変えた。
座ったこの状況から、瞬時に動けるようにするためだ。
そうしていると、アイリスが薄く扉を開け、滑り込むように入りこんでくる。
キースは気づいていない。
アイリスの手には苦無――小さい刃渡りの刃――が握られており、その目はいっそ見事なほどに冷たい。
殺気が無い。
殺意すらもない。
気も意も無く無意識で当たり前のように人を殺せるように訓練された、完成された暗殺者――蛇の姿が、そこにはあった。
周りに控えている者たちも、アイリスが入って来た事でさらにその臨戦態勢を強める。
間抜けにも、その気をキースに感じ取られながら、だ。
キースの視線が鋭く間諜達が控えている場所へ投げられる。
「この気配……。やはり貴方、いや貴様は……っ! 殿下からの裁きは甘んじて受けるが、貴様はここで――」
「待てっ!!」
怒鳴る。
それは、キースが突き出した剣を一度引いて、イーリスを殺す為に前に出ようとしたからではない。
そのキースを、アイリスが一撃のもとに殺そうとしたからだ。
無論、周りの間諜達も。
総勢五人。
アイリスが首筋に苦無を、他の間諜達は腕に、足に、腹に、胸に、刃を立てる寸前でその動きを止めていた。
「…………っ!!?」
キースの目が驚愕に見開かれる。
ぴたりと、動きを止めながら、視線だけで今の状況を確認しているのを見てとりながら、イーリスは重心を元に戻し椅子に座りなおした。
「アイリス、デイジー、ダンデ、ゼフィ、フヨウ――止めなさい。刃を引いて、アイリス以外は定位置に戻る事。後でスイレンと合わせて話があります」
「御意」
イーリスの言葉に従い、四人の間諜が刃を仕舞い音もなく定位置――先ほどまで潜んでいた場所へ戻る。
戻った後は、息を殺し、本来の任務である鳩の役目に戻る。
四とも女性の間諜であり、そしてそれぞれ王子、国王、参謀長、宰相、元帥がイーリスに放った子飼であり、同時にカミジール家配下の鼠である。
「アイリスは私の傍に。苦無も仕舞いなさい」
「わかりました、お嬢様」
ゆっくりとした、しかし一分も油断のない滑らかな動きでアイリスはイーリスの側に控える。
「キース様も、いい加減剣を納めてください。もう、こうなってはうやむやにも出来ないのである程度は話しますから。最も、それを殿下に報告させはしませんが」
「な……っ!」
「ちなみに、三公ならびに陛下は私の事を存じております。逆に言えば、これは三公と陛下以外は知ってはならない、という事です、今回は私の不注意でキース様、ならびにカイル様に気づかれてしまったと言う事で正直にお話はしますが、それは絶対に殿下に話してはいけません。納得が出来ないと言うのであれば、ミゲール様か陛下に直接お尋ねください」
こうなると、もう変な猫を被るのも面倒である。
早かった。
イーリスとしては、最後の最後まで演技を貫き通し、嫌われたまま終わろうとしていたと言うのに。
それが――たったの十日で露見したのだから。
自分のうかつさに腹が立ちと共に、僅かそれだけのことで気が付けた二人の騎士に惜しみない称賛を贈ろう。
女と見れば見下すことしか知らず、イーリスの演技を欠片も疑わなかったあの王子と比べれば雲泥の差だ。
内心でそう王子をけなす事で平静を保ちつつ、イーリスはアイリスに言って化粧落としを持ってきてもらう。
キースに背を向けて派手な化粧を落とし、すぐに実家でしている控えめな身の丈に合った化粧を施す。
服を着替えるのは面倒なので、服装はそのままに。
演じたいた傲慢な空気を消し、素の物に戻すと、イーリスは真っ直ぐとキースへ視線を送る。
「それでは、改めまして。カミジール男爵家の三女、イーリス・ミル・カミジールです。事の詳細はカイル様が戻られてからで構いませんね? キース様」
「え、ええ……はい。それは、別に……いや、何が、なんだか。正直混乱しています」
猫かぶりを辞めたイーリスの態度に、困惑の様子を示す近衛騎士。
優秀な男のそんな様子を見て内心で溜飲を下げつつ、イーリスは静かに微笑んだ。
この後の説明が、少し面倒だと本気で考えながら。
というわけで、第七話でした。
今回はイーリス素顔をばらすの巻。
キース君が無茶苦茶していますが、そこはほら、彼もあせっていたという事でひとつ。
思い込んだら一直線な人なんです、きっと、たぶん……そういう事にしておいてください(何
次回はイーリス、自分の正体を少しだけ語るの巻。でも本格的な暴露はまだ数羽先の予定。
それでは、読んでいただきありがとうございました。
また次話でお会いしましょう。
P.S
…………ずうずうしいお願いですが、感想お願いします(土下座