疑惑の中で会議は踊る
さて、第六話です。
そろそろストックがなくなりつつあり、ちびちび書き進めているところ。
連続更新を毎日できるようにするためには……分量を減らすしかないのかなぁ、と少し思ってます。
さて、それではお楽しみくださいませ。
どうにも違和感がある。
正面で資料を見ながら和やかに自分の意見を出しているレンフィールドの姿を見ながら、キースは納得のいかない感情に眉をしかめた。
正妃候補との交流が始まってから、すでに十日。
全ての組み合わせでお茶会が済んでおり、今日は誰を二ヶ月後に残すのかを決める一度目の話し合いを行っている所だった。
この場にいるのは、近衛騎士として全てのお茶会に参加し、なおかつ妹が正妃候補に入っているカイル、同じく全てのお茶会に参加していたキース、宰相のミゲールに、第二王子のリンスミート、当人であるレンフィールドの五人。
リンスミートはお茶会が一巡し終わった次の日に行われたパーティーで、候補者全員とあっている為、この場に呼ばれた。
ミゲールは宰相として全ての候補者の資料を集めた当人である為、ここにいる。
今は二ヶ月後に残す候補者の候補を決め終え、残った四名の中で誰が一番王妃に遠いか、という話題になっていた。
ちなみに、満場一致で残るメンバーに選ばれたのは、以下の四人でる。
まず、カイルの妹である、ファミルス・シク・シレット。
お茶会初日で大分レンフィールドと打ちとけたのか、その後のお茶会でも始終和やかに会話を行っていた。
機会があれば剣を交えよう、などという話も出ていたのを覚えている。
次に、シーグレット・ルフーナ元帥の娘である、シーリン・イフ・ルフーナ。
控えめながら肝心なところでは芯が通っており、大人しそうな外見を裏切るような強い発言を時々していたのが印象的だ。
特にその印象が強いのはがお茶会二日目のイーリス・ミル・カミジールと一緒の席になった時の事。
控えめなシーリンを嗤いながら見下し、馬鹿にした発言を繰り返すイーリスを、
「何も知らない貴女にそのような事を言われる所以はありませんし、また貴女がそのような振舞いをする事で悪印象を持たれてしまう方々がいる事を考えてはどうでしょうか?」
と真っ向から両断したのを覚えている。
それに王子が追従してイーリスをけなしたものだから、彼女は二日連続でお茶会を途中で辞退する事になった。
次は、この場にいるミゲール宰相の娘である、アイリス・フォン・ラトナビュラ。
たいそうな本好きで、今回の話にも乗り気ではなかったが王城にある雑多な本を読んで過ごして構わないと許可が出たために訪れたらしい。
彼女で印象に残っているのは三日目。またも、イーリスと共に参加していた時のことだ。
話の流れでこの国の歴史が話題となり、学がある所を見せようとしたのか得意げにしゃべっていたイーリスを話をぶったぎり、間違ったか所を懇切丁寧に修正し、さらにイーリスが語ったのよりもより深く、そして面白い話口で歴史を語って見せたものだから、イーリスはその後ずっといたたまれなさそうに小さくなっていた。
王子は分かりやすい語りのアイリスを気に入り、その後のお茶会でも歴史の話を聞いたりしていた。
下手な学者よりよほど歴史に詳しかったのを覚えている。
最後は、ハインリヒ参謀長の娘である、ミルフィーア・ハル・セーイロン。
優秀な魔法使いであり、研究者でもある彼女もまた、アイリスと同じように王城に保管されている様々な魔道書を閲覧するために候補に入った。
最初から王子には全く興味が無いそぶりを見せていたが、お茶会四日目。またもイーリスが一緒の時にその態度は一変する事になる。
レンフィールド王子は、あまり知られていないがとても優秀な魔法の研究者だ。
自身は魔法が使えないが、精霊の特性等に関する研究を行っており、その分野では専門家でさえ舌を巻くような知識を持っている。
茶会の最中ひょんなことから精霊に付いての話になり、そこからは一気に専門的な会話が繰り広げられていった。
王子もミルフィーアもディープな話題を展開する相手に飢えていたのか、専門用語を出して熱く議論を続けている。
それを呆けて見ていたイーリスは、最終的に自分が完全に無視されている事に気がついてその場を後にした。
ミルフィーアは深い話が出来るレンフィールドをとても気に入り、庫の相手と一緒になれるのならば、と正妃を目指す意志を強く固めたとか。
ちなみに、今挙げた四人はそれぞれ仲がいい。
元々大半が正妃に興味が無かった事もあり、特にいがみ合う事も無く良好な関係を築いている。
問題は、残りの四人。
イーリス・ミルカミジール、レイセリア・アク・カーングラム、ジャネット・シス・シッキーム、セーラ・イフ・アルグレーイスである。
イーリスの親は特に要職に付いていないが、残りの三人の親はそれぞれ農業や林業を司る農林大臣、国の財政を管轄する財務大臣、外交を務める外務大臣である。
この四人は先に挙げた四人とは異なり、徹底的に己の評価を自身で落していた。
四人はとにかく、仲が悪い。
特にイーリスが不和の原因になる事が多く、イーリスと他の三人が一緒になったお茶会は、全てが予定時間より大幅に時間を早めて終了している。
早いものでは、王子が一杯紅茶を飲んだだけで帰ったという事もあった。
そして異常の事を踏まえ――やはり違和感が付きまとう。
イーリスに関して、気味が悪い程に違和感が沸いてくるのだ。
何故、彼女が二ヶ月後に残す候補達と一緒のお茶会に参加した時に、王子と候補者たちの仲が良くなるのか。
何故、最初から王子が残すと決めていた四人が測ったかのように王子との仲を深めるのか。
何故、彼女が切り捨てる候補者たちと一緒の茶会に参加すると、双方の株が落ちるような出来事になるのか。
彼女の行動を見ればそうなって当たり前なのだが、予定調和に見えすぎて違和感が止まらない。
「俺は、何と言ってもこのカミジール家の三女が最悪だと思う」
王子のその言葉で、キースは己の思索から意識を戻す。
一番王妃から遠い候補として、最悪という表現まで使う王子。
「そうだね、兄上。確かにカミジール嬢は少々悪目立ちが過ぎたかな?」
一度あっただけのリンスミートも、そう評する。
「カミジール男爵はとてもいい人なのですが……。ある意味異端、という事なのでしょうか」
ふかぶかとため息を吐きながら、ミゲール宰相もイーリスの名を上げる。
だが。
「……どうした、二人とも。面白い顔になっているが」
カイルとキースだけが、その意見に賛同しなかった。
二人はどうしようもなく、このイーリスという少女に違和感を感じていたのである。
「キースとも話し合ったのですが……」
「イーリス様は、本当にあれが真実の姿なのでしょうか?」
「……どういう事だ、キース、カイル」
渋面を作ったキース達の言葉に、不思議そうにするレンフィールド。
「私たちにはどうしても、お茶会で見たイーリス様の言動が作られた、作為的なものに見えてしまうのです、王子」
目線だけで二人が達した結論を伝えるかどうかを確認し合い、同意を得たうえでキースは話し出した。
お茶会初日から昨日のパーティーに至るまでの、イーリスの行動に付いて気になる部分を。
この場にいる自分たち以外の面々に感じていた違和感を話すキースとカイル。
その二人の推論を聞いて、ミゲールは内面だけで深いため息をついた。
キース達が挙げたイーリスの言動に付いて気になる部分というのは、どれもこれもイーリスが王子と、二ヶ月後に残す候補者たちの仲を良くするために仕掛けた部分ばかりだからだ。
「今も述べたとおり、お茶会初日の戦略遊戯に付いても、三日目の歴史に関する間違いに付いても、四日目の魔法に付いても。それらの切っ掛けを作ったのは、全てイーリス様なのです」
ある種の覚悟を決めたような顔でキースがイーリスに対しての違和感を上げていく。
今回のミスは、おそらくイーリスが騙す対象をレンフィールドと自分以外の正妃候補、そしてリンスミートに限定していたからだろう。
限定していたと言うか、其方に細心の注意を持っていっていたというか。
とはいえ、他に対しての気配りが御座なりになっていたというわけではない。
その証拠に、キースとカイル以外の近衛騎士たちは全員イーリスに対して悪感情を持っていたし、侍女たちも同様だ。
もっとも、それはイーリスだけではなくイーリスが連れてきた侍女のアイリス、そしてこの王城に入りこんでいる数多のカミジール家に所属する間諜たちの手に因る所が大きいだろう。
その数は王城の誰もが知らないし、誰がそうなのかもわからない。
王都や各貴族の領地。その全てにカミジール家は手を伸ばしていると言われているが、その実態は誰も知らないのだ。
知っているのは、おそらくカミジール家の人間のみ。
あるいは、カミジール家ですらその全容を把握しきれていないかもしれない。
それはともかくとして。
問題なのは、今こうしてイーリスの事に気づきかけている二人だ。
二人の話す内容に、感じる所があるのか二人の王子は頷いてはいるが、しかしその表情は疑念で一杯だ。
無論、ミゲールも疑わしげな表情は作っている。
王子たちに根付けられた悪感情は、忠臣の――そして異母弟からの言葉でもぬぐい去れはしない。
本当に、たったの八日間でイーリスは上手くやったものである。
だが、近衛騎士二人はそうではない。
確かにイーリスに悪感情を抱く場面は何度も見てきたが、それでも自分が中心ではない傍観者の立場だったからこそ、彼女が仕掛けていた心情操作を違和感として受け止める事が出来たのだろう。
こうして自分や王子たちから懐疑の視線を遠慮なくぶつけられてもその表情に一片の曇りもないことから、イーリスが怪しいという事に相当の自信を持っていると思われる。
非常に厄介だ。
なまじ、手を出す事が出来ないから厄介すぎる。
「しかしだな、キース、カイル。それらとて、やはり偶然と言える範囲の事だろう? アレが意図してそんな事をしたとでも? ばかばかしい。田舎貴族の娘が、そんな事をしてくるわけもなかろう。あれは素だ、どう考えても。それに、何のメリットがあると言うんだ、いったい」
「兄上の言うとおりだと思うよ、二人とも。そんな事をしても得るものは何もないでしょう? 実家の男爵家にも迷惑がかかるんだし。カミジール嬢は権力と地位に目がくらんでる、傲慢で、配慮が欠けてる人だと思う。」
「しかし……っ!」
「あーあー、いい。分かった。そんなに言うなら、次の茶会の中でそれとなく探りを入れてみるさ」
「次からは二人きりになるのですよ……!? 万が一が起こっては遅いのです!」「問題ない、カイル。二人とはいえ、一応護衛は身近にいるわけだからな。それに、女に俺が負けるとでも思っているのか?」
「…………っ!」
まずい。
何がまずいと言えば、キース達の中でイーリスが王子を害そうとしているという観念が固まりつつあることだ。
自分たちは明確にそうだと気づいているのに、王子たちはまったく危機感を持っていない。
この状況がこのまま進んでいけば――下手をすると、近衛騎士たちが先走りイーリスを害するかもしれない。
もしそんな事になれば、この国は他ならぬカミジール家によって滅亡する可能性がある。
それほどまでに、カミジール家はこの国の暗部に浸透しすぎていた。
これは、少し口を出す必要がある。
そう判断し、今後の展開、そしてイーリスに行う説明の内容を考えながら、ミゲールは熱くなり始めている場に一石を投じる。
「キース君もカイル君も落ち着きなさい」
「しかし、ミゲール様っ!」
「落ち着きなさい、と言っているのですよ、カイル君。感情に任せて発言し行動しても状況が好転するとは限らないのですが」
むしろ悪化する可能性の方が高いが、それは言わないでおく。
「二人は、イーリス様が殿下を害する刺客であるかもしれない、とお考えなのですね? そうでなかったとしても、胸の内に何か秘めるものがある、と」
「え、ええ。私もカイルも、それで一致しています。イーリス様の行動は腑に落ちないのです、どうしても」
「そうですか……。殿下」
「何だ、ミゲール」
「私めに腹案がございます。お聞き入れくださいますでしょうか?」
「まずは話せ。それから判断する」
「御意に。キース君もカイル君も、イーリス様を疑っています。ならばいっその事、彼女の監視を命じてはいかがでしょうか」
「監視を? この二人を、イーリスに付けるというのか?」
「ええ。監視と表だって言うと問題がありますので、開くまで護衛という事で。二人はその護衛の中で、直接イーリス様に真意を問いただすなり、行動を見て判断を行うなりしてもらうのです。無論、彼女だけ特別扱いとなるとまた火種になりかねないので、他の候補者たちにも二名ずつ護衛を付ける必要がありますが」
そうすれば、対処をイーリスに任せる事が出来る。
無論近衛騎士団でも身分の高い二人をイーリスに付けるため、他の令嬢たちにも同格か近い格の者を付ける必要があるだろうが、このまま放置するよりは其方のほうがいい。
場合によっては、護衛する騎士を順に入れかえる等もする必要があるが、当面イーリスにこの二人を任せれば何とかしてくれると思う。
二十以上も年の離れた子供に何を期待しているのだと言う話にはなるが、しかしイーリスはカミジール男爵が『要』と評したほどの者だ。
騎士たちが接触する前に上手く連絡を取れれば、悪いようにはしないだろう。
恐らく、だが。
「ふむ……ではそうしようか。キース、カイル」
「はっ」
「はっ」
「お前たち二人を、イーリスの護衛に付ける。やり方は任せるので、イーリスの真意を計れ。また他の候補に付ける護衛を選出し、リストをミゲールに提出するように」
「御意」
「御意に」
「ミゲール」
「はい」
「提出されたリスト、およびキース、カイルの両名からイーリスについての報告を受け、候補として残すか即刻家元に帰すかの判断を行え。帰す場合には俺が直接陛下に話す故、先に報告するように」
「御意にございます」
「護衛の件は、俺とミゲールで陛下に伝える。キースとカイルは早速イーリスの下に向かい護衛となる旨を伝えるように」
分かりました、と頭を垂れるキースとカイル。
こうして見ると、やはりレンフィールドには王の風格が備わり始めている。
直す所と言えば、やや他人を軽んじる所がある部分と、私事に干渉される事を嫌う点、そしてそれらの欠点を埋め、支える伴侶を得ることだ。
様々な事情があるとはいえ、能力の面では正直イーリスが王太子妃になってもらいたいと思う。
彼女が先の王妃になれば、この国はより盤石になるのだから。
しかし、イーリスも、カミジール男爵もそれは望まないだろう。
『我らは貴方の一族に手を貸そう。その見返りとして望むのは、平和な日常と、その日常を護ってるのだと言う誇りのみ。それ以上は望まないし受け取らない』
それは、初代カミジール男爵が時の王に告げた言葉だ。
その言葉通り、初代カミジール男爵は平和な日常を築ける場所を得、その場所が周囲の国に続く街道を持つ土地であり、国の防衛を担っていると言う事で日常を護るという誇りを得続けている。
しかし、それ以上は望まないし、受け取らない。
以降の世で何度か男爵から子爵、あるいは伯爵まで爵位を上げようという話が持ち上がったのだが、その度にカミジール家は辞退し続けている。
それが、初代の盟約だから、と。
故に、恐らく今回の皇太子妃選びも、カミジール家が用いるありとあらゆる手を使って逃れようとしてくるだろう。
別に、それは構わない。
その見返りとして、アークジュエル王国は護られているという面があるのだから。
だが、願わくば――。
「では、行け。二人とも」
御意、と言葉を残し退出する二人の騎士。
それを見送り、ミゲールも席を立つ。
「では殿下。まず陛下に報告をしてまいります。先にある程度事象を話しておきますので、殿下は後からいらしてください。少々、陛下と内密に話したい事もございますので」
「わかった。では頼むぞ、ミゲール」
「御意にございます」
立ち上がり、一礼。
部屋を後にしたミゲールは、さっそく身近な間諜を呼びよせ、イーリスに急ぎ繋ぎを取るように伝える。
これから忙しくなる。
そんな事を考えながら、心持早足で王の執務室へと向かうのであった。
というわけで、第六話でした。
今回は騎士たちが抱いた疑惑について、会議で語るという。
ちなみにこの場にも、きちんとイーリスの手の者はいる……という設定です。
表には出ないのが忍なのです。
さて、次は第七話。まだ執筆が終わってないので、明日更新できるように頑張って書くのです。
それでは、読んでいただきありがとうございました。