戦略遊戯
第五話の投稿です。今回も少し短めですが、ご容赦ください。
そしてふと気になったのですが、携帯で読まれてる方だとこうやって文章詰めて書いてると読みづらかったりするのでしょうか。
今まで携帯で小説家になろうのSSを読んだ事がないので何とも言えないのですが。
もし読みづらいようでしたら行間を空けるなどの手段をとりますので、ご一報お願いします。
「もう一度と言わず、何度でも申し上げますわ? ファミルス様は、敵前逃亡を成されるのですか?」
「な、何だと……っ! 貴女は、私を侮辱するのか!? 一体どこに敵前逃亡などという表現が出てくる要素があった!」
「あらあら、お顔が真っ赤になっていますわよ? はしたない。少し冷静になられたらいかがですか? 殿下の御前ですよ?」
「うるさいっ! 答えろっ!」
いい感じにヒートアップしていく。
此方が意図しているのはそうなのだが、やはり敵前逃亡という言葉は効いたようだ。
剣術に傾倒しているから、名誉を重んじるタイプだとは思っていたが。
「答えを聞かなければわからないとは、本当に血のめぐりが悪いのですね? ファミルス様は。こんな事、少し考えれば分かる事でしょうに。ふふふ、よほど教養が無い育ち方を成されたのですね?」
「き、貴様……っ!」
立ち上がり、歯をギリギリと食いしばって怒りに燃えた相貌を真っ直ぐ向けてくる。
今にも飛びかかってくるように感じる程だ。
怒りに燃える顔は、元々シャープで鋭い造形だったのも合わせ、激しい感情が似合う美貌になっていた。
それを見て、王子が感心したような息を吐く。
ファミルスは、感情を激しく燃え上がらせた方が映えて美しいと、そう認識しているようだ。
「怖いですわね、ファミルス様は。ふふふ、図星を指されましたか? まぁ、ともかく、分かっていらっしゃらない浅学無才なファミルス様に態々説明して差し上げましょう。感謝してくださいね?」
そろそろやめておこう。
本気で、怖い。
「簡単な事。この場合敵というのは私であり、殿下ですわ。今回の正妃選びは、集められた女同士の戦いであると同時に、殿下という素晴らしい殿方に自分という武器を届かせる為の戦い」
説明が始まる前まではイーリスを眼中に置いていなかったレンフィールドが、少々感心した風な顔を向けてくる。
このままでは少し不味いか、などと考えながら、説明後に自分を落す為の言葉を考えていく。
「だと言うのに、ファミルス様は私という目の前の敵はおろか、まだまみえていない六人の敵に背を向け、陛下を振り向かせる自信が無いと尻尾を巻いて逃げだそうとしているのでしょう? これを敵前逃亡と言わず、何と言うのですか?」
「わ、私は、別に逃げようなど――」
「あらあら、先ほどおっしゃったばかりではないですか、ご自分で。正妃に興味は無い、と。興味が無いと言い訳して、逃げるおつもりだったのでしょう?」
「違うっ! 逃げなどしないっ! 断じて正妃に選ばれる自身が無いわけでも、貴様たちに劣っているから逃げるのでもないっ!」
「ならば、残られるのですね? この戦いに。勝利する気を持って」
「無論だっ! 私に、逃げるなどという言葉は無い!」
「そうですか。ふふふ、良かったですわね? 殿下。先ほど見惚れていた美貌の持ち主が、殿下を籠絡するために全力を尽くすと宣言いたしましたわ?」
「……っ!」
上手くいった。
これで、ファミルスは王子の正妃となる為に全力を尽くすだろう。
良くも悪くも自分の言葉に責任を持つ女性である。
恋愛面が上手いとは思えないが、その不器用さが王子の心を捉える可能性もあるのだから、しっかり本気になってもらわないと困る。
「……解せないな」
女二人の修羅場を観察していた王子が、ぽつりと零す。
その視線の先にいるのはイーリスだ。
「何故、ファミルスを焚き付けるような事をする? お前は私の正妃を狙っているのだろう? ライバルが減るのは喜ぶべきことではないのか?」
思ったより鋭い。
とはいえ、これは気づかれても問題ない疑問だ。
もちろん、前に述べている本当の事情は説明しない。
あたりまえだ。
だから代わりに、今自分が演じているキャラクターが言いそうなセリフを選んで言う。
「ふふ、殿下。畏れながらお答えいたしますわ。それは、勿論ライバルがいた方が、私が正妃になるまでの過程を楽しめるからですわ」
「……過程を? そして、お前が正妃になるのは決定事項か?」
「ふふ、当たり前ではありませんか。殿下の寵愛を頂くのは、私一人で十分ですし、その自身もありますわ。ただ、せっかくこうして見目麗しい様々な令嬢がいらっしゃるのです。その令嬢たちが必死で殿下の寵愛を頂こうとする中、優雅にその座を得た時は、いかほどに達成感と充足感がある事でしょう」
言葉を紡ぎながら、頭の中では別の事を考えていく。
この後、どうするかだ。
自信に満ちたイーリスの言葉を聞いて、本来の予定であれば高慢だと蔑むか冷ややかな視線を送ってくる予定だった王子が、妙に感心した視線を向けてきているのだ。
それはファミルスも同様だ。
怒りの切っ先を殺がれたのか、少し拍子抜けしたような感じはあるが、それでもイーリスの言葉に感心したような顔で椅子に座りなおしている。
マズイ。
ファミルスを焚きつける代わりに、自分にも興味をもたれたかもしれない。
歯に衣着せない物言いに高慢さを混ぜ合わせた演技をしていたが、まだ足りなかっただろうか。
「先にも言いましたが、私の趣味は戦略遊戯ですわ。遊戯だけではなく、恋の戦略も……他の令嬢たちに負けるつもりはありません。それは後々お分かりになる事ですわ」
「私がお前の虜になって、か?」
「はい、勿論」
「ふん、自信満々だな……。その鼻、へし折りたくなってきた」
「……え?」
へし折りたくなった?
興味を持ったと言うよりは、鼻もちならなくて叩き潰そうとしてきている?
王子の顔は無表情。見下したような視線を浮かべて入るが、強い感情はうかがえない。
今一掴めないが、これはこれでチャンスかもしれない。
自分の株を落しつつ、王子の素質を測るのには。
「ファミルス。お前も、戦略遊戯は出来ると先ほど言っていたな?」
「え? は、はい。確かに出来ますが……。それが?」
「ならば話は早い。私とファミルス、イーリスの三人で戦略遊戯を行い、その優劣を示そうではないか」
「二面戦略で勝負を行う、という事ですわね?」
望む方に話が転がり出した。
三人で、三つ巴の戦略遊戯。
戦略遊戯は一対一だけではなく、少人数であれば複数でも遊べるゲームだ。
ルールは簡単で、歩兵、工作兵、騎兵、弓兵、盾兵、魔法使い、将軍、英雄、王の駒を使い、何種類かの地図を模した戦場で争うのだ。
戦場には枡目が引かれており、その枡の上で各駒を決められた法則の動きで動かしていく。自分のターンで相手の駒のいる枡に自身の駒を進めれば、相手の駒を倒した事になる。
最終的に、王が倒された方が負けだ。
また地図に描かれた地形などで駒の動き方が変わるなど、奥が深いゲームとなっている。
今回は大きめの戦場を使い、レンフィールド、ファミルス、イーリスがそれぞれ駒を展開。二面戦略で戦いを繰り広げる、というものだ。
王以外の駒の数は、一対一で行う時の倍となる。
対戦者同士で組み、一人の相手を徹底して叩いたりと、色々幅の広い遊び方が出来る、まさに戦略を競うゲームなのだ。
「……カイル、三人分の駒と、戦場を持ってこい。出来るだけでかいフィールドの物をな」
一礼して了解の意を示し、カイルが部屋から出ていく。
それを見送りながら、王子は侍女にテーブルの上を片付けさせる。
「……ふふ、殿下には悪いですけれども、私は相当強いですわよ? 実家では負けなしなのです」
「ふん、それは周りから手加減されてただけだろう? どうせ。戦いも知らないお嬢様がどれほど出来るのか、見せてもらおうじゃないか」
「あらあら、ファミルス様? 殿下の御前ですよ? 言葉遣いが乱れてらっしゃいますが、よろしいんですか?」
「……っ! も、申し訳ありません、殿下」
「構わない。楽に話せ。変に畏まらなくていい。素のお前を見せろ、ファミルス」
「……はっ」
「ああ、其方のほうがいい。先ほどまでのお前は、美しかった。意志の強い娘は好みではなかったが、お前のようなタイプならばそばに置いてもいいかもしれないな」
ずいぶんとファミルスの事が気にいったようである。
何より何より。
手早く戦略遊戯の準備を整えて戻ってきたカイルが、どこか気易そうな雰囲気を出し合っている両名を見て安堵の表情を浮かべたのが印象的だった。
ちなみにイーリスは、その様子を気にも留めない風で観察していた。
先ほど余裕で勝つ、とでも言うような発言をしてしまった手前、今の状況にも積極的に打って出る事が出来ないからだ。
しかしあくまで気にしてない風を装っている、という事を見せるために、手にしたティーカップを少し乱暴に置いてみたり、無駄に視線をさまよわせたり、イライラしている様子を演じていく。
これでいい。
「準備が整ったようだな。では陣を張る位置を決め――始めようか」
そうして、戦略遊戯が始まった。
夜。
自室に引き上げたレンフィールドは、寝酒の蒸留酒を飲みながら昼間の出来事を思い返していた。
結局、戦略遊戯ではレンフィールドが他の二人を下す結果になった。
順位としては、レンフィールド、ファミルス、イーリスとなる。
イーリスは大言壮語をしたにもかかわらず、レンフィールドはおろかファミルスにも勝利できなかった。
それも惜敗などではなく、惨敗だ。
如何に、実家で甘やかされて育ったのかが分かるような流れだった。
最初は良かったのだ、最初は。
最初の十手くらいまでは、自分ともファミルスとも互角の戦いを繰り広げていた。
ちなみに今回は、それぞれ駒を半分ずつ使っての完全二面作戦が展開された。
協力して一人を叩くプレイはしなかったのだ。
だいたい十五手目くらいから、イーリスの指す手がおかしくなってきた。
意味が分からない手を、どんどんしていくのだ。
よくこれで、勝てたものだと思う。
間違いなく、実家で勝負した相手は手加減をしていたのだろう。
それで調子に乗った結果が、惨敗。
完膚なきまでの惨敗だった。
最終的に駒が全て奪われ、王は丸裸。
あまりにも哀れだったので、先にファミルスとの勝負に蹴りを付けたが、あれはどう考えてもイーリスが最下位だ。
あまりにショックだったのか、イーリスは顔を蒼白にした後、泣きだした。
化粧が崩れて酷い事になっていたのを思い出す。
茶会はまだ終わっていないと言うのに足早にその場を去り、残された侍女が平身低頭した後で追いかけて行った。
後で候補者の周りに放っている間諜の一人からその後のイーリスの状況を聞くと、ヒステリーを起こして侍女に辛く当っていたらしい。
愚かだ。
戦略遊戯を始める前の、見事な啖呵。
自信にあふれた姿には少し思う所もあったが、あれではどうしようもない。
やはり、二ヶ月後にあれは切るようにしよう。
「それにしても……キースはどうしてまた、あんなのを気にかけたんだか」
化粧は濃すぎるし、衣装はド派手。プライドも高く、高慢で他者を見下している。
顔の造詣も他の令嬢に比べれば劣っており、そのくせレンフィールドを狙う目だけはギラギラと輝いていた。
「あれに比べると、ファミルスは雲泥の差だったな……」
ファミルスとの戦略遊戯は、楽しかった。
実直な手を指してきて、スパスパと切りこんでくる調子には素直に好感が持てた。
イーリスが去った後もしばらくは会話を楽しんでいたが、それがまた楽しかった。
しゃべり方も自分が許してからはフランクなものになり、狩りや剣術が趣味という事もあり、其方の話でも盛り上がったものだ。
最も、ファミルスの背後に控えていたカイルの表情は始終青かったが。
確かに普通であれば不敬に問うが、あれほどあのしゃべり方が似合っているのならば問題は無い。
正直、気に入った。
あれとならば、今後共に過ごす事になっても問題は無いかもしれないと、そう思えてしまうほどに。
怒った時の凛々しい顔や、狼狽した時の少女のような顔。
他にももっと色々な面があれば見てみたいと、正直そう思った。
向こうからすれば、それは望まない事なのかもしれないが。
「まぁ、まだ二カ月あるからな……じっくり考えるか」
それにしても面白いものだ。
最後の茶会まで意地でも嫁など取る気が無かったのが、今では一人考えてもいいくらいには変わっている。
何故だろうか?
「ふぅむ……不思議なものだな」
くぃ、と蒸留酒を煽る。
明日も、今日とは違った組み合わせで茶会がある。
あれほど恥をかいたイーリスがどのような顔をして出てくるのかを楽しみにしつつ、レンフィールドは寝る準備を始めたのであった。
というわけで第五話でした。お付き合いありがとうございます。
作中で出てきた戦略遊戯ですが、完全に作者の創作です。でもまぁ、モデルにしているのは将棋ですね。将棋。
地図を使った将棋とでも思っておいてください。チェスでも可。
でも私、チェスのルールしらないんですけどね。
それでは、また明日も更新できればいいなと思いつつ、是にて失礼します。