最初のお茶会
というわけで三話目でございます。
これで一応連続投稿はストップ。
できれば毎日一話ずつ更新できればいいなぁ、と思いつつ、とりあえず頑張っていきます。
では、お楽しみくださいませ。
「私が残ったの!? これは予想外だったわね……」
「そうでございますねぇ……。かなりばっちり嫌われたと思ったのですが」
パーティーの翌日。その午前中。
宛がわれた部屋で、イーリスとアイリスの主従二人は慎ましくお茶会を開いていた。
そんな中、一通の手紙が届けられる。
それは午後からレンフィールドと行うお茶会について説明されたものであり、何時にお茶会の会場――城の中庭に行けばいいのかも書いてあった。
つまり、イーリスは選ばれてしまったのだ。
十一分の四に。
「何がいけなかったのかしら……。十分以上に嫌われた感触はあったのだけれど」
「かなり嫌そうな目でお嬢様の事を見てましたものね、殿下は」
思い出す。
周りの令嬢たちと同じように自分を売り込みながら、その一方でかなりギラギラと欲望に満ちた目で王子を見ていたのだ。
最後の方に至っては、イーリスが話しかけようとするそぶりだけでかなり嫌そうな顔をしていた。
だからこそ、今日でもう帰れると踏んでいたのだが。
「困ったわね……。とりあえず原因を掴まない事には何とも言えないわ。アイリス、申し訳ないけど」
「はい、心得ています。直に鼠から情報を集めてまいります」
阿吽の呼吸で頷く従者に、イーリスは満足げに頷く。
「お願いね? 出来れば私のお茶会までには、どういう経緯で私が候補に残る事になったのかを知っておきたいわ」
「任せておいてくださいっ! お嬢様もご存じのとおり、ウチの鼠は賢いので!」
それでは行ってまいります、と告げてアイリスは部屋から出ていく。
鼠に渡りを付けるためだ。
誰もいなくなった部屋の中で、イーリスはだらしなく姿勢を崩し窓から空を見上げる。
ため息をひとつ。
「はぁ……。まったく、面倒な事になりそうね」
今日の出方次第では、早めに父に手紙を出す必要が出てくるかもしれない。
あるいは、幾つかある切り札をひとつ切る嵌めになるかもしれない。
その事を考えると、どうにも憂鬱になるイーリスであった。
結局、原因がわかったのは昼食の時間だった。
鼠から色々と仕入れてきたアイリスが報告してくれたところによると、どうやら原因はレンフィールドの異母弟にして近衛騎士であるキース・ウーヴァにあったようだ。
その詳細な事情までは分からないが、キースがイーリスの事を気にかけた事で、残留する八人の中に含まれてしまったらしい。
「……余計な事をしてくれたわね、キース様は」
「本当に。厄介でございますねぇ……。脅すにしても未来の王弟様でございますからね、迂闊に手は出せませんし」
「それもそうだけど、重要なのはどうして私を気にかけたか、よ。家業の事は知るわけがないし、そうなると間違いなく昨日のパーティーが原因。一瞬だけ油断した時があったからそれに気づかれたのかしら」
「なるほど。運が良いと言いますか悪いと言いますか……。それんしても、お嬢様がセルフコントロールを失敗するとは珍しいですね」
「ええ、本当に。あまりにも上手くいきすぎたので気が緩んだのね、今後はより引き締めないと」
アイリスが仕入れてきた情報の中には、今後の正妃選定に関わる二つの段階についてもあった。
一つ目は、これから二ヶ月後。丁度期間の三分の一に達したところで、王子がもう選ばないと判断した四名が切られる。
その二ヶ月後さらに二名が切られ、最終的に残った二人から正妃を決めるとの事。
つまりイーリスからすれば、二ヶ月後の節目でこの状況から脱出するのが次善の理想という事になる。
「……少し長丁場になるけど、だからこそ丁寧にやらないとね。万が一ボロが出てしまって、あり得ないとは思うけど殿下に気にいられでもしたら目も当てられないわ」
「そうでございますね。とはいえこの部屋ではお嬢様も気を抜かれたいでしょうし……。この部屋に張り付く鳩がウチの者になるよう手を廻しておきました。これで情報操作は簡単です」
「よくやったわ。出来る部下を持つと幸せね? それでは、情報操作の方は頼むわよ、アイリス」
「はい、お任せくださいませ、お嬢様。後念のために、猫を何匹か呼んでおきましょうか?」
「どうしようかしら……。早々必要になるとも思えないけど、念には念を入れておきましょうか。鷹と土竜も用意しておいてね」
「かしこまりました」
鼠、鳩、猫、鷹、土竜。
アイリスとの会話で用いたこれらの単語は、隠語である。
指し示す者は――間諜。
鼠とは貴族の屋敷などに出入りする従者や裏社会で働く日蔭者となり情報を収集する潜入者。
鳩とは要人の部屋に忍び込み、情報を手に入れてくる侵入者。
猫とは敵方の鼠や鳩を見つけて捕まえ、情報を奪い取る狩人にして拷問官。
鷹とは情報を迅速に目的地へ運ぶ伝令役。
土竜とはありとあらゆる罠に精通しており、それを仕掛けたり解除する仕掛人。
それらを用意するアイリスはと言えば、要人の傍に侍り要求を満たしその身を護る護衛者――犬。
そしてイーリスは彼らを統括する人間――調教師。
つまり、イーリスたちカミジール男爵家というのは、間諜の一族なのである。
カミジール男爵領は間諜の育成機関であり、その住人の実に九割は何らかの諜報技術を持っている。
国内最大にして最も知られていない諜報機関。それこそが、カミジールなのである。
上に挙げた種別以外にも、旅芸人などの姿で各国を渡り歩き情報を収集する渡り鳥や噂を広める事に特化した九官鳥、敵国に侵入し敵国の住人となって情報を収集する兎、敵国の上層部に入りこんで自分たちが有利に事を運ぶよう支援する蝙蝠などが存在している。
カミジール男爵家が間諜だと言う事実は、アークジュエル王国にとって秘中の秘。その事実を知っているのはカミジール男爵家の者とその領民、王、三公だけなのである。
理由は簡単で、それだけの力を持ったカミジール家が、他の有力貴族たちの標的にならないため。
今の世の中ではとある事情により、腕のいい間諜というのは喉から手が出るほど欲しく、しかし絶対に敵に回したくない相手なのである。
情報を握られているかもしれないと言う疑心暗鬼は、たやすく権力者たちを暴力の道に走らせる。
それをよく知っているからこそ、カミジールの秘密は決して表に出せないのだ。
もしこの秘密が表に出た場合、男爵家は即刻解体し他の国に移住する。
そう、カミジール家がアークジュエル王国に参加した時に取り決めがなされているのである。
無論、カミジール男爵家以外にも諜報機関はある。それは貴族なら知っていて当然と言うような、有名な機関だ。
それとは別に、各家でお抱えの間諜を持っていもいる。
王子も当然持っている。
無論その中には、王子の子飼諜報員という立場に収まったカミジール家の鼠がいるのだが。
「とりあえず、様子見ね。あぁ、午後はどんなドレスを着ていけばいいかしら」
「昨日のようにむやみやたらに派手にするのもいいですけれど……昼間から着るにはふさわしくないですものねぇ」
「そうなのよね。まぁ、各種殿下がお嫌いそうな服は持ってきてあるから良いのだけれど」
まったく、面倒な事になった。
それもこれも、キースが悪い。
そう思いながら、お茶会の準備をするためにイーリスは立ち上がる。
そして着替えのために寝室へ移動しようと扉を開いた所で止まり、昼食の片づけを行っているアイリスに向かって指示を出す。
「後しばらくは自力で何とかするけれど、他の正妃候補や城の侍女たちから王子の趣味や、逆に嫌いな事を調べてきてちょうだい。出来れば十日前後でよろしくね? 私を陥れたいとでも事情をでっちあげて哀車をかけなさい。まぁ、風流に取り入る、という方が正しいのかもしれないけど」
「はい、承知いたしました」
にこやかに頷くアイリスに頼んだわよ、と告げ、イーリスは寝室に消えていった。
昼食の片づけを終えたアイリスは、さっそくイーリスからの指示を行うために城内を歩いていた。
それも、分かりやすく不機嫌そうな顔をしながら。
目的は情報を得やすい相手を探す為。ターゲットにしているのは後宮勤めの侍女達だ。
前もって手に入れた情報では、後宮に数多くの側室がいるため、派閥争いがひどいらしい。
それに側室の大部分は我儘であり、とても高慢だと聞く。
その上城付きの侍女ではなく、自分の実家から侍女を連れてきて世話をさせる始末。城付きの侍女がミスをすれば嘲笑い、無能だと罵る。
つまり、後宮勤めで城付きの侍女は、側室たちに大いなる不満を持っている事になる。
イーリスの指示は、そう言った不満を持った侍女に近づき――自分の主が如何に酷いかを訴え、その主をどうすれば王子の正妃候補から外せるかを聞き出せ、という物だ。
無論、アイリスが語る酷い主人――すなわちイーリス像は嘘八百である。
それは、イーリスがこの王城内でそう振る舞うと決めた偽りの姿であり、本当の姿ではない。
元々、イーリスは社交界でも一切噂に上る事の無かった人物だ。
それもそのはずで、カミジール男爵家から公の夜会に出席していたのは当主であるジルベールと長女のフェリスだけだ。
私的な夜会にしたって、イーリスは滅多に参加しなかった。参加したとしても、上手く自分を偽ってその他大勢の中に埋没した。
だからこそ、イーリスの情報は殆ど出回っていない。
王城関係者が知るイーリス像は、先日正妃候補の書類審査の為に集めた資料のみ。
その資料だって、カミジールと事情を知る宰相の手で王子の好みとは程遠い設定にしてある。
無論、アイリスと二人きりになる私室以外ではイーリスは設定どおりに振る舞っており、関係者からの評価は低い。
王城に付いてからの二日間で人前でヒステリーを起こしアイリスを叱りつけたり、我儘でアイリスを振りまわしたりもした。
それもこれも、哀車の術や風流で取り入る術を成功させるための前準備だ。
哀車の術。
相手の同情を買う事で、此方にとって都合のいい展開を作りだす話術の事だ。
風流で取り入る術。
人の趣味に付けいる、あるいは同じ趣味や共通項を持つ事で仲良くなり、情報を引き出す際す話術の事。
即ち、酷い主人に仕えていると言う事で同情を買い、同じく酷い主人に仕えていると言う共通項を使って他の侍女・使用人と仲良くなる。
結果的に言えば、この二つは面白いくらいに成功し――アイリスは主人が望む情報を上手く得る事が出来たと共に、城内で知己を得る事に成功した。
それも噂話が好きな上に様々な情報を集めてくる侍女たちと、だ。
今後の為の繋ぎを得たアイリスは、帰り際に城に潜入していた鼠と接触。
鳩の件と、猫や鷹など追加の間諜を呼ぶ事を命じ、敬愛する主が待つ部屋へと戻って行ったのであった。
「そう、殿下は女性が政に関わる事を嫌うのね? 同時に、戦略遊戯のような戦略を考えさせるようなゲームなんかを女性がするのも苦手」
「はい。殿下は女性が戦の事や政治に口を出すのを酷く嫌がられるそうです。それはひとえに陛下が贔屓していた側室の言葉で政治を動かしていたのを見ていたからでしょう、というのが後宮付き侍女達の間で一番真実に近いのでないかと言われている話ですね」
王子とのお茶会まで後一時間という所。
自分でも所時期に合わないと思う豪奢なドレスに着替えながら、イーリスはアイリスからの報告を聞いていた。
「それでは、とりあえず今日は殿下が嫌がる女をやりながら、機会があれば戦略遊戯の話題を振ってみましょうか。もしかしたら、殿下自ら私を苛めに来るかもしれないから」
「……なるほど、そして殿下に苛められてヒステリーを起こす、という流れでございますね。かしこまりました。場の流れにもよりますが、見事帰り道で粗相をして見せます!」
力いっぱい力説するアイリスに「よろしくね」と笑いをこらえながら告げ、支度を終える。
「今日同席するのは、シレット子爵令嬢だったかしら?」
「はい。ファミルス・シク・シレット子爵令嬢様ですね」
テーブルに戻ると、アイリスが今挙げた人物の資料を取り出し、イーリスの前に広げてくる。
ファミルス・シク・シレット。二十歳。
父のダミル・シレット子爵は軍部の大将の一人だ。豪剣でならし、二十年前の戦では敵の大将首をいくつも挙げた武闘派らしい。
昨日のパーティーで陛下に興味を持たなかった令嬢の一人で、趣味は武術鍛錬や遠乗り、とかなり男勝りなお嬢様である。ちなみに長女で、双子の兄がいる。
良くも悪くも素直で実直、自分の言葉には責任を持ち、自分の非ははっきりと認め、謝罪も躊躇わず行う素直さがある。
嘘が付けない、腹芸が心底苦手なタイプだ。
本人もかな嫌々今回の正妃選びに参加したらしく、昨日は始終王子の親衛隊に所属している兄とばかり話していたらしい。少々ブラコンの気があるとか。
嘘を好まず実直な性格であり、真面目。清廉潔白な騎士を目指している、とある。
「間違いなく本命はファミルス様ね。私は当て馬……というよりも比較対象かしら」
「そのような意図が働いているかと。他の組みも調べましたが、全て昨日殿下の傍に寄らなかった方と寄って行った方という組み合わせになっています」
「これ以上ない程に分かりやすいわね……。ま、その方が楽でいいけれど。ただ問題は……」
「ファミルス様の出方、でございますね」
「ええ、そうね。これが他の令嬢であれば……ルフーナ公爵令嬢とかであれば、まだやりやすかったのだけれど」
シーリン・イフ・ルフーナは、昨日のパーティーで王子に熱っぽい視線を送りながらも、強気に出る事が出来ず静かに控えていた女性だ。
ちなみに年齢は十六。イーリスと同い年である。
三公の一人であるシーグレット・ルフーナ元帥の次女で、長女はすでにキャンディ侯爵家の長男を婿に迎えている。
聡明だが奥ゆかしく、他者にも優しい少女だと評判であり、今回の正妃候補の中でイーリスが個人的に目を付けている相手でもある。
無論、王子の正妃として。
そう言う相手ならばとことん対照的な人間を演じれば済む。相対的に相手の株が上がり、イーリスの株は奈落に落ちる。
だが。
ファミルスを上げて自分を下げるというのは、非常に難しい。
印象の操作は得意だが、しかしファミルスも何だかんだと王子の好みの対極にいる人間である。
そもそも、ファミルス自体が王子に興味が無い。
資料には兄の同僚である近衛騎士の一人に恋愛感情を持っている可能性が高いとある。
なれば余計に、王子の正妃候補からは外れたいはずだ。
おそらく、だからこそ昨日は王子を一顧だにせず兄とばかり話していたのだろう。
そうすれば、早々に候補から外れると思って。
だが、それが裏目に出て残ってしまった。
だからこそ、分からない。今日のお茶会で、彼女がどういう態度で出てくるかが。
それに、厄介なのがファミルスがそれなりに強い剣士だという事実。
かなり上手く偽装――意識して身体の動きを操作しないと、無意識で鍛えた所作が出て、演じている事に気が付かれてしまうかもしれないのだ。
ファミルスの性格から言って、間違いなくその事を追及されるだろう。
「最初から難易度が高いわね、本当に……」
「頑張りましょう、お嬢様。私も出来る限りのサポートは致しますので」
「そうね、よろしく頼むわ。最善が私がさらに殿下に嫌われ、ファミルス様が殿下の正妃候補として今後も頑張ると言質を取る事、事前がそのどちらか、最悪が私の意図が白日にさらされる、か。ま、何とかなるわよね」
「ええ。お嬢様なら、この程度簡単に乗り切れますわ」
「買いかぶってくれちゃって……。ウジウジ考えるのも性に合わないし、そろそろ行きましょうか」
「はい、お嬢様」
戦略やらなんやらを考えるのは好きでも、こうやって男女間の問題を考えるのは苦手だ。
つくづくこう言う事には向かないとため息をつき、イーリスはお茶会の会場へ向けて歩き出した。
というわけで、最初の連続投稿の最終話でした、まる。
文章を書くのが久しぶりなので色々変な部分もあるとは思いますが、気になった点などございましたらご一報をお願いします。
誤字脱字や表現方法、行間の取り方など、色々ご意見を聞いてみたいので、どうぞ遠慮容赦なくいじめてください(マゾか
それでは、次話投稿までしばしの御別れを