初顔合わせ
とりあえず何話かストックはあるのですが……出し惜しみしつつ、今日は三話目くらいまで投稿しておこうと思います。
それ以降は執筆状況を見つつ、ちまちまと。
では、第二話、どうぞ。
アークジュエル王国には、現在二人の王子がいる。
第一王子にして王位継承権第一位の王太子であり王国騎士団の将軍職を務める、レンフィールド・メイス・アークジュエル。二十二歳。
第二王子にして王家を護る近衛騎士団の大隊長を務めている、リンスミート・メイス・アークジュエル。二十歳。
それ以外にも腹違いの兄弟が多くいるが、彼らは皆一様に王位継承権を破棄しており、家臣として仕えている。
レンフィールドもリンスミートも、正妃の子供だ。
国王であるブラッドリー・メイス・アークジュエルとは老齢であり、そろそろ王位をレンフィールド王子に譲るつもりでいるというのは、城内・城下問わず噂に上っている。
そんな中で問題となったのは、レンフィールドに正妃がいないと言う事だった。
アークジュエル王国は現在、国の周りを囲む四つの国々とそれぞれ平等な関係を築いている。
表向きは、だが。
しかし裏では各国がアークジュエルの領土を切り取ろうと手を尽くしており、それを往なしているという関係だ。
だからこそ。
他の四国は自国を優位にするべく、次王の正妃を狙っているのである。
アークジュエル王国は国力の強さを背景とした軍事力や、周辺国随一と言われる諜報能力によって恐れられている。
もっとも、現在の国土を得て以降は諸外国に武力を投じた事は一度もない。
全て、防衛戦なのである。
他国を侵略せず、他国に侵略させず。そんな事を数百年も続けているからこそ、エウロパ大陸の東部や北部、南部の様々な大国が休戦協定などの大事な条約を結ぶ時などに調停役として頼られている。
『無敵王国』、『永世中立国』、『調停国家』、『公正なる大国』などと呼ばれ、周囲の大国でアークジュエル王国に借りが無い国など存在しないと囁かれるほどである。
話がそれたが、そう言った理由で今周囲四国だけではなくエウロパ大陸の大国が、アークジュエル王国時期国王の正妃を自分の国の者にさせようと必死になっているのである。
だからこその、正妃選び。
諸外国から正妃を娶ってしまっては今後の外交に影響が出るため、代々王位継承者第一位の者は国内から正妃を選ぶ慣わしだった。
だが、レンフィールドは二十二歳になっても正妃を選ぶ事をしない。
このままでは、諸外国から嫁を取る事になる可能性が増えていくばかりである。
そう判断した国王が、国内の全貴族の中から適齢期の娘を集め、妃候補として王子と交際させるという手段を取った。
そしてそれが、イーリスが王子の正妃候補として王城へ出向く事になった経緯である。
「ふぅ……。やはり王都は遠いわね、アイリス」
「はい、お嬢様。自分たちの身一つであればあまりそうは感じませんが、こう馬車に揺られての旅だとどうしてもそう思ってしまいますね」
まったくだ、と二人して笑い会う。
イーリス達がいるのは、王城の西側に用意された一室。
集められた正妃候補達は、王城の四か所に分かれて宿泊しているのだ。
無論一人一室は与えられているが、無用なトラブルなどを起こさないように貴族間で中が悪い家同士を離したり、逆に良い家同士を近くにしたりしているのである。
王都に到着したのが一昨日の夜で、宿で一泊した後に登城したのである。
今回の件に当たり、イーリスが連れてきた侍女は一名だけ。
それが、腹心とも呼べるほどに信頼しているアイリス・ダージリンである。
調べた所他の令嬢たちは少なくとも五人以上の侍女を連れているらしいが、イーリスは一人だけである。
必要ないからだ。
それほどまでに、アイリスは優秀で――それに、いざとなれば人手を調達する手段はある。
「明日はお披露目のパーティーだったかしら?」
「はい。今回集められたのはお嬢様を含め十五名。本来は倍以上の人数がいたそうですが、素行等を調べた結果除外され、今の人数に落ち着いたようです」
「なるほど。まぁ、そうでなくてもある程度人数は絞る予定だったんでしょうね。そもそも、爵位持ちの貴族がこの国に何家あると言うのかしら」
「現在ですと、四十五家ですね。ちなみに、今現在の下馬評……というのは少々言葉が悪いですが、正妃候補たちで期待されている方々をお教えした方がよろしいですか?」
「いえ、大丈夫。それは知っているから。それよりも、ちゃんと準備はできている? 殿下が好まない衣装や、言動のリスト」
「はい、それは勿論用意してあります! あ、お嬢様のお好みの服もご用意させて頂きました。帰る時や部屋の中でもあの服ですと、少々目が痛みますからね」
くすくすと笑いながら返事を返すアイリスに、イーリスは仕方がない子ねぇ、とでも言うような笑みを送る。
王子が好みじゃない服。
それはチャラチャラと宝石がちりばめられた豪華絢爛な衣装。
好まれない言動は、自分を売り込むような、権力やお金、そして見目麗しいと評判な王子の外見だけを褒めそやすような物。
どれもこれも過去王子が夜会などに出た際、話し終わった後でうんざりした様子を見せたと言う女性たちの特徴だ。
逆に好むのは、大人しく清楚ながら、一本芯を持つタイプの女性。
それはこれまで王子が『お手付き』した侍女達のタイプから見ても明らかである。
今の王妃もそういう女性であることから、若干マザコンの気があるのだろう。
「研究して演技の練習もしたけど、やっぱり私はああいうのは苦手よ。気づかれが激しい事激しい事」
「そうでございますねぇ。お嬢様はどちらかと言えば、真っ直ぐな性格でございますから」
「そうよね。ここのいる間はストレスがたまるだろうけど……。レンフィールド殿下がちゃんと令嬢候補に興味を持つようになえば、私も帰れるわ」
「此方で調べた期待が高い候補の方々と仲良くしていただければ最高ですね」
「そうね。それに見切りをつけた女性は早く帰れるとミゲール様がおっしゃっていたから、出来るだけ早く嫌われて見切りをつけられてしまいましょう。最初のパーティーでとりあえず売り込む群れに加わって、それ以外の方々を目立たせないと」
「はい。私も、他の正妃候補の方々を観察して、殿下がお嫌いになっている方々のしぐさや言動を調べる所存にございます。そうすれば、だんだん嫌がられるための精度も上がってくるかと」
「そうね、頑張らないと……。ああ、後それと風の術もよろしくね」
「はい、お任せ下さい。しっかりと殿下のお耳に入るよう、風を吹かせますので」
「私の方でも候補者の方々を操作できるように話を持ってくつもりだけれど、よろしくね、アイリス」
「はい、お任せくださいませ」
他の正妃候補やその親、後見人達が聴けば卒倒しそうな内容を話し合う主従。
そもそも今回のこれは、ただの依頼なのだ。カミジールからすれば。
言っては悪いが現王が過去に行った手癖の悪さが、レンフィールドの令嬢嫌いにつながっている。それの尻拭いを押しつけられているに過ぎない。
王や三公からの依頼であるから断るに断れないし、またこの程度の事で余計な波風を立てるわけにはいかない。
何だかんだと言え、男爵家なのに王国の要地を任せられており王家からの信も厚いカミジール家を嫉む輩は多いのだ。
だからこそ、今回の話は断るわけにはいかなかった。こんなことで、変な言いがかりをつけられるわけにはいかないのである。
「ま、何にせよ明日ね、明日。明日が最初の勝負で、一番肝心な時間だわ」
「そうでございますね。頑張って、殿下に嫌われなくては」
「ええ。そのためにも、今日は早く寝て英気を養わなければね」
「はい! おやすみなさいませ、イーリスお嬢様」
「おやすみなさい、アイリス。貴方に良い夜と良い夢が訪れますように」
「皆の者、良く集まってくれた。皆様々な事情があっただろうに、こうして私の我儘で集まってもらい感謝する。さて、この中から正妃を選ぶ事になるが――チャンスはみな平等でなければならない。また同時に、試練も。故に今宵は全員が会する場を作った。先に通達していたが、今日この場で王子に気にいられなかった七名は、候補から外すものとする。
残った者たちは既に申し伝えてある通り、今宵からおおよそ半年の期間を設けて、我が息子、レンフィールドとの交流を行ってもらう。そして息子に見染められた場合、そのまま正妃へと迎え入れよう」
パーティーは、王の言葉から始まった。
集められた正妃候補の令嬢たちは殆どが煌びやかな衣装に身を包み、王の言葉などそっちのけで食い入るように王子の事を見つめている。
ただ数人はそう言う様子を見せず、むしろ料理やそれらの令嬢たちを興味深げに眺めているのが印象的だった。
もちろん、イーリスは前者であり後者だ。
派手な衣装を着て、王子を値踏みするような失礼な視線を意識して投げかける。
そのくせ頭の冷静な部分ではその王子へ熱い視線を送る様子を観察し、どうすれば効率よく王子に嫌われるのかを考えていた。
そうこうしているうちに、パーティーが始まる。いわゆる自由時間だ。
他の令嬢たちは我先にと王子へと殺到する。
それを見てイーリスも少し慌てながらその場に移動する。
変に遅れたり傍観して、王子に印象付けて覚えられては困るからだ。
「殿下、よろしければ私と一曲踊っては頂けませんでしょうか?」
「いえ、それよりも殿下のお話を是非ともお聞きしたいのですが。確か、去年の剣術大会で優勝なさっておりましたよね?」
「そんなことより、殿下。殿下はお酒を嗜みなさるのでしょうか? 我が家で取り寄せた質のいいお酒を持ってきたのですが……」
群がる令嬢たち。
我先に、とアピールする様子を見ながら、レンフィールド王子は辟易とした顔を見せる。
次いで周りを見回しながら、動こうとしなかった令嬢たちを見て興味深そうな顔をしたのも見逃さない。
やった。
これで最初の興味対象からは逃れられたはず。
王子が煩わしいと思う令嬢たちの集団に自分も入れた筈だ。
要は、この時間。
王の言葉通り、ここで上手く気にいられなかった七名に入れば、それでもう実家に帰れるのだ。
何としても嫌われなければならない。
幸い、王子に興味を持っていない令嬢たちは全部で三名。
そして王子をかなり熱っぽい視線で見つめながらも、この争奪戦に加わらなかった令嬢が一名。
おそらく、彼女たちは残されるだろう。王子の好みは、控えめで分別をわきまえているか、権力というモノにさほど興味を示さず、それでいて頭の切れる女性だ。
つまり残りの十一名の中で切られる七名に入ればいいのだ。割と楽。
万が一残ってしまった後は、王子が執務などを行う間の暇な時間――つまりは休憩時間を使い、候補者数とお茶会を行う予定だ。
初日から七日間は二人一組で、毎回組み合わせを変えながら、それ以降は王子が気に言った令嬢たちと一対一で行う事になる。
そして最初の組み合わせは王子とその従者、そして王子と比較的年齢の近い側近で決められると情報を得ている。
万が一残ったとしても、最初の組み合わせが今回王子に群がっていない令嬢たちと組み合わさればいい。
比較対象として、引き立て役として選ばれたと言う証拠になる。
自分のたくらみが上手くいった事に安堵の思いを得て、少しだけ力を抜く。
思わず素の笑みがこぼれそうになるが、慌てて自重。
周りの令嬢が浮かべているような値踏みするような笑顔を浮かべながら、イーリスは王子へと声をかけていった。
一瞬の安堵を――全体を俯瞰していた一人の騎士に、見られた事に気づかないまま。
「つ、疲れた……。くそ、これが父上の命でさえなければ即座に逃げ出すものを」
正妃候補お披露目パーティーと銘打たれた騒ぎが終わり、レンフィールドは側近である近衛騎士、キース・ウーヴァと共に自分の私室へと戻ってきていた。
ぐったりとソファーに座りかけ、背もたれに体重を預ける。
一目で疲労困憊だとわかる姿を見せながら、レンフィールドはキースへと視線を向けていく。
「で、どうだった? キース。明日の執務時間までにこれからの茶会に関する組み合わせを決めなくてはいけないんだが。お前の目にとまったのはいたか? いたなら積極的に口説いてしまえ。その方が楽だ。出来るだけ数は減らしたい」
嫌気がさしたような口調で問いかけてくる主に、キースは深いため息をつく。
「……レン、そういう事を言うな。気持ちは分からないでもないが、国の未来のためなんだ。言われなくても分かってるとは思うが。確かに望まない相手との結婚になるだろうが、完全に意志を無視された政略結婚じゃないだけマシだろう?」
第一王子に対する言葉づかいではない。
だが、キースはそれを許されていた。
レンフィールドの、異母弟として。
「それはそうなんだがな……。だが、正直目ぼしい女性は殆どいなかった。分かってはいたが、どうして女と言うのはああもやかましいんだ……。まだ花街の女郎たちの方がましだ。あいつらは分別をわきまえてるからな」
「レンっ! 口を慎め。もし誰かに聞かれていたらどうするつもりだよ、お前」
「大丈夫だ。ここはアレらの部屋からは離れているし、そもそも王族の部屋まで入りこむ無礼な事をする者など、おるまいさ。いたとしても気配でわかる。これでも伊達に将軍職はやってないんだぞ?」
「しかし、どこに耳があるか分からないんだぞ? 今回はいいが、今後は気を付けてくれよ、頼むから」
分かった分かった、とレンフィールドはうるさそうに手を上げる。
「今回帰す七名だがな。パーティー当初から俺に群がって来た連中の中から適当に選んでおけ」
「……積極的にアピールしなかった連中はどうするんだ?」
「彼女たちの方が好ましい。駆け引きを色々出来るだろうしな。それ以上に、今日俺に纏わりついてきた連中は、正直うんざりだ。やれ私の実家はだの、やれ俺の武勇伝だの、やれ美しさだの、やれあの連中は美しくないなど――五月蝿い事この上ない」
辟易している様子に、キースは内心でため息をつく。
レンフィールドは、政務など以外の、私的な煩わしい事が嫌いだ。苦手と言い換えてもいい。
特に女性関係――父王が多くの側室を持っていたせいで、彼は女性関係のトラブルというモノを嫌というほど見てきた。
それは異母兄弟である自分が、良く知っている。
キースは現在二十二歳――レンフィールドと同い年だ。
ほぼ同時期に生まれ、一緒に育ってきたため乳兄弟とも言える。
母が死んだのをきっかけに王位継承権を破棄しウーヴァ家に養子として迎え入れられてからはそうでもなかったが、それ以前は自分も後宮内の権力闘争の駒だったのだから。
「では、最初から集まった令嬢たちから候補から外すのを選ぶな?」
「ああ、そうしてくれ。後、どうせ残すならお前が気にいったのを残せ。その方がまだ安心できる」
「俺が気にいったの、か?」
そう言われて、思い出すのは一人の令嬢。
レンフィールドの下に集まった中で、一人だけ異彩を放つ空気を一瞬だけ放った、あの少女。
資料ではカミジール男爵家の三女とあり、その性格も嫉妬深く権力に対するこだわりが強いとある。
そのため、カミジール男爵家でも鼻つまみ者だと。
確かに、今宵のパーティーでも欲に取りつかれた顔をしていた。
だが。
王子から非常に冷めた視線を向けられ、それが離れた瞬間に一瞬だけ浮かべた、してやったりと、安堵したとでも言うような表情。
本当に一瞬で、その後は直に元の表情へと戻った。
しかし。
キースの勘は、ほんの僅か垣間見えたあの顔こそが、あの令嬢の本性に思えたのだ。
だからこそ、思わず答えていた。
「あえて言うなら……カミジール男爵令嬢か」
「何!? 今日のパーティーでも、一際ギラついた目で俺を見てた女だぞ、それは」
「ああ。だが……おそらく、あれは……」
「ああ、いい、わかった。キースの趣味にどうこう口を出すつもりは無い。カミジール男爵令嬢は候補の中に残しておくから、存分に口説くといい」
思考に埋没しようとしている中、レンフィールドの辟易とした声で我に帰る。
視線を上げると、そこには憐れんだ表情を浮かべる異母兄の姿が。
「いや、そういうわけじゃなく! あの令嬢は……っ!」
「わかったわかった。容姿は他の令嬢には劣っていたが、確かに悪くない。まぁ、なんだ。色々絞り取られないようにしろよ? 何だかんだ、お前のウーヴァ侯爵家も地位は高い。男爵家から見れば垂涎の相手だろうしな」
「話を聞けってレン! だから――っ!」
「良いって言ってるだろ、キース。とりあえず、後は任せた。お前の方で適当に残りの三名を選んでおいてくれ」
俺は風呂に入ってくる。
そう言って疲れた顔で部屋を出ていくレンフィールドの姿を見送り、キースはがっくりと肩を落とした。
「そうじゃない、ってんのに……」
まったく。
もしかしたら、この令嬢はとんだ疫病神なのかもしれない。
そんな事を思いながら、キースは用意された資料の中からカミジール男爵令嬢のモノを取り出すと、候補者として残すグループへと追加する。
――――これが無ければ、きっと話は上手くいっていたはずなのだ。
イーリスは早々に実家に帰るふりをして城に残り、王子の令嬢嫌いを直すのに集中しただろうし、キースは変わらぬ日々を過ごしていただろう。
だが、賽は投げられた。
運命は大きくうねり、変化していく。
イーリスもキースもカミジール家もアークジュエル王国も。
全て例外なく、この決定が生み出した波紋によって変化していく。
それが良かったのか悪かったのか。
判断できるのは、後世の歴史家のみだろう。
1/21 加筆修正。キースのレンフィールドに対する口調など