全てはカミジールの手の上で
何とか今週中に更新できました。
よかったよかった。
今回は前回の顛末を話してどーなったか、というのと舞台の裏側を少しだけ。
展開が遅すぎて泣けてきます。
それでは、だい十三話、お楽しみください。
「――――という事があったの」
「殿下……」
「兄上……」
「イーリス様、そのお気持ちはわかるのですが……」
イーリスの部屋にて事の顛末を話し終えると、三者三様の反応が返ってくる。
カイルは頭痛を堪えるように頭を手で押さえ。
キースはふかぶかとため息をつき、思わずレンフィールドを兄と呼び。
アイリスはイーリスをたしなめるように嘆息した。
「とりあえず、あの様子だと今後もアイリスに粉をかけようとするでしょうね。鬱陶しい事この上ないわ」
「イーリス様、その……はっきりと言いすぎのような気がするのですが?」
「この場で体裁を取り繕う気はもうないですよ、カイル様。どちらかと言えばこれが私の素ですし」
「いえ、そう言う意味ではなく……」
そう言いながらカイルは視線をさまよわせる。
その視線の先は、間諜達が隠れている場所だ。
「全員気配隠蔽の訓練ね。この一件が終わったら里帰りの申請するように」
「……っ!?」
「イーリス様? その、ものすごく悲痛な気配がするのですが……」
「そうだ、俺も気になっていたんだが……。この部屋を見張っている間諜達はいいのか? 王に三公しか知ってはいけないんだろう? あの秘密は」
「ああ、それは問題ないですよ、キース様。ここにいるのは全員カミジールの息がかかった者たちですし」
「――――は!?」
「いえ、ですから。そんなに驚かれなくてもいいじゃないですか、キース様」
「い、いえしかし……。そう言われれば納得もできるのですが、この部屋にいるのは全てイーリス様の配下なのですか?」
「それは少し違いますね。この部屋にいる間諜達は、陛下と三公、後王子たちの配下の者たちです」
「お嬢様の配下、というわけではなく、諜報機関カミジールに属する者たち、という表現が正しいかと。だから彼女たちがカミジール家の不利になるような報告は致しません」
「アイリスの言うとおりです。だからお二人ともこの部屋の中ではどうぞ気楽に発言してください。あの子達は優秀なので、しっかりと渡す情報の取捨選択は行いますから」
「無論陛下たちに仕える者として渡せる情報は全て渡しています。ただ、二人の王子殿下に関しては虚偽の情報を流す様に指示していますが」
カミジール主従の言葉に二人の近衛騎士は言葉が出ない。
それでも頭痛を抑えるような仕草をしながら、カイルは疑問を口に出す。
「参考までにお聞きしたいのですが……。この国に、カミジールの息がかかっていない者たちはどれほどいるのでしょうか?」
「…………何と言うか、流石ですね、カイル様。そう思わない? アイリス」
「はい、お嬢様の偽装を見破ったというのも深く納得できます」
「……どういう事だ?」
「それはですね、キース様。カイル様は、これまでの遣り取りで気づかれたのです。アークジュエル王国内に、カミジール家の影響力がどれほど深く根付いているのかを」
どういう事だ? と首をかしげるキースに、どこか興奮した様子でカイルが説明を始める。
「いいですか? キースさん。本来、陛下や三公の子飼が仕えている主以外の影響を受けてはいけないんです。それは分かりますよね?」
「ああ。特殊な場合を除くが、二君を持つのは裏切り以外の何物でもないしな」
「ですが、それが成り立ってしまっている。それもこの国の重要人物の配下で、です」
「……そうか。この国の中枢の子飼がカミジールの配下にあると言う事は――」
「ええ。この国でカミジールの影響を受けていない個所が少ないと言う大きな可能性を孕んでいます」
「だからこそさっきの質問か」
「ええ。質問の答えによっては、カミジールの事が何故これまで表に出てこなかったのか、そして陛下たちが本当は何を恐れているかがはっきりします」
本当に鋭い。
つい数刻前の説明であえて言わなかった部分を、敏感に察知している。
流石は『千里眼』、とイーリスは評価を上方修正する。
「お答えしますね。答えは、影響下にない組織は存在しない、です」
「……それほど、ですか」
「ええ。それほど、です」
「暗殺ギルドも、魔法ギルドも、傭兵ギルドも、盗賊ギルドもですか」
「付け加えるならば、盾、矛、学、術の四機関も、ですね」
暗殺ギルド、魔法ギルド、傭兵ギルド、盗賊ギルドは文字通りそれぞれの能力を持った国に属さぬ者たちが集まっている組織だ。
その後に述べられた四機関は、アークジュエル王国を支える四つの代表的機関を指している。
即ち、盾となる近衛騎士団、矛となる王国騎士団、学者や医者、政治家を育てる総合学園、魔法を研究し戦場でその猛威をふるう魔法院だ。
それらが影響下にあると言う事は即ち、国全てにカミジールの力が浸透していると言う事を意味する。
「……他の貴族からの攻撃がどうこうとか、そんなのはささいな危惧、という事ですか」
「いいえ、カイル様。それこそが最もカミジール家が恐れる事です。民に平和を、安寧を。平穏無事な生活を送れるように、何時でも帰れる場所を用意する事こそが、カミジール家の目的なのですから」
「なるほど。むしろそちらの影響は王家こそが恐れる事、ですか」
「……カミジールが抜けたら本当に穴だらけになるって事か、この国は」
「ええ、そう言う事ですね。利害の一致と言えるでしょう、そう言う部分では」
カミジール家は平穏を。王家はその影響力を。
それを護るために、両者が交わした契約は護られ続ける。
「……責任重大になってきましたねぇ、キースさん」
「ああ。知った秘密が思った以上にでかくて押しつぶされそうだ、カイル」
「まぁ、それは良いんです。もうどうしようもないですし、お二人には先ほども言った通りカミジールに属してもらう予定ですし……余計に口を滑らせたりしなければ」
「さらっと怖い事言うなぁ……」
「問題は! アイリスをどうやって殿下の毒牙から護るか、という一点です。まぁ、プランはありますが」
「……イリスを呼ぶんですか? お嬢様」
「ええ。アイリスを実家に帰して代わりにイリスを呼びます。そうすれば万事解決です。今後の展望も含めて」
「確かに、それが一番良いですか。今回の一件を考えると、もし次でお嬢様が帰される事になったとしても此方に残る手段は持っておいた方がいいですしねぇ」
「でしょう? とりあえず、またお父様に手紙ね……。後、三公のどなたかに根回しをお願いしておかないと」
「……イーリス様? その、イリスというのはいったい……?」
「ああ、イリスというのはアイリスの妹です。それ以上は……そうですね、あの子がこっちに来た時にでも説明します」
それまで楽しみにしていてください、とカイルに笑いかける。
二人が驚く姿が目に浮かぶ。
少し楽しみだ。
「さて……。夜も大分遅くなってきましたし、キース様とカイル様はそろそろお帰りを。そういえば護衛の任って、ずっと外に張り付いているんですか?」
「ああ、いいえ。流石にずっとではないですね。此方も仕事がありますし。付くのは主に候補者の方々が外出する時です。無論、要求されれば一晩中付いていますが……そうしますか?」
「いえ、それには及びません。お嬢様の警護は私一人で十分ですし、お嬢様もかなりの手錬ですし……」
「それを差しておいても、複数の間諜が見張っているこの部屋は安全ですしね。ああ、無論他の候補者の方々にもカミジールの息がかかっている者たちが影ながら護衛しています」
とくに有力候補の方々は、と説明。
ちなみに非有力候補に付いている面々は情報収集役の側面が強い。
何を仕出かすか分からない部分が大きいからだ。
「そうですか。それでは、僕たちはこれで失礼しますね」
「また明日、業務後に警護に来る。そうでなくても外出する際には侍女を通して連絡をくれ。こっちもこっちで大事な仕事だからな」
「はい、わかりました。それではお休みなさいませ、お二人とも」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい、イーリス様。良い夢を」
「父上!」
「……レンか。どうした、こんな時間に。それもノックすらせずに」
「ぁ……し、失礼いたしました」
王の執務室。
イーリスから上がって来た報告から今後自分が取るべき動向について想いを馳せていたブラッドリーは、突然部屋に入って来た息子を睨みつける。
不安定だ、と思う。
この息子は幼い時にあまりにも暗い世界を見てしまった。
自分が多くの側室を娶っていたせいで、その女たちが巻き起こす情欲と嫉妬に凝り固まった暗い闘争のただ中に置かれていたのだ。
おかげで貴族の女が嫌いになり、未だに嫁を貰おうとしない。
その割に花街やらお手付きで准貴族の娘に手を出しているが、しかし貴族の女にだけは頑として目を向けなかった。
それがどうだ。
カミジール家に依頼したかいがあったと言うべきか、息子は全員ではないが候補者と上手くやっていると言う。
ここ最近は精神的にも安定しており、今まで以上に政務へ積極的になっていた。
だと言うのに。
今目の前にいる息子は、その落ち着きが欠片も無い。
揺れている。
ふらふらと。
ゆらゆらと。
不安定に、心が揺れている。
「……何があった? 申してみよ」
「ぇ、ぁ……はい。その、陛下」
「父、で良い」
「……では、父上。その……カミジール家から一人、侍女を私の専属に召し上げたいのです!」
「……カミジールから、じゃと?」
カミジール。
その単語は、国の中枢から見れば禁忌であると同時に切り札である言葉だ。
ブラッドリーが王位を継いでからの四十年間に起こった全ての侵略戦争は、彼らのおかげで乗り越えられたと言って過言ではない。
それほどまでに、その名前が持つ力は強大だ。
そして今、その名前から人を引き抜きたいと言う。
「……理由を問うておこう。何故じゃ?」
「その……先ほど、アイリスというカミジール男爵令嬢の侍女に会いました。そして――」
話す息子の目には情愛の熱が宿っている。
まさか、とは思う。
「王族にあるまじきとは思いますが、レンフィールド・メイス・アークジュエル、その侍女が欲しくてたまりません」
「……欲して、どうする」
「我がものとして、屈服させます」
「屈服……じゃと?」
レンフィールドが見たのは間違いなく侍女に扮したイーリス・ミル・カミジールだろう。
あの少女は、余計な演技などが無ければこれでもかというくらいに人を惹き付ける求心力がある。
力強い瞳。
強固な意志。
不屈の魂。
珍しい黒髪黒目も手伝い、その燃えるような気迫は相対する全ての人間に影響を与える。
かくいうブラッドリーも、初めてイーリスに会った時は魂が震えた物だ。
齢十の幼子に。
勝てないと、殺されると、一瞬でも思ってしまったのだから。
「ええ。あの力強い瞳……。炎のような煌めき。私はあれを、私の自ら手折りたいのです」
「…………レン」
「初めてです、王族たる私に、俺にあんな目を向ける侍女は! 面白いと、心底そう思いました。だからこそ、あの目を穢したい、壊したい。こんな衝動も初めてです……っ!」
「レンフィールドっ!」
「…………っ!?」
怒鳴る。
これは、まずい。
なまじあのようなタイプの女性が周りにいなかったせいか、その煌めきに飲まれかかっている。
(ここしばらくはお手付きも花街へのお忍びもしていなかったから、欲求不満がたたって妙な変化を起こしおったか)
やっかいな。
イーリスに関してはただでさえキース・ウーヴァとカイル・シレットの二名が偽りの姿を見破っている。
あの二人はカミジールに取り込むという事で話が付いているが、レンフィールドはまずい。
カミジールと王家が直接つながりを持つような事は、あってはならないのだから。
「…………許さぬ」
「父上っ!」
「詳細は話せぬが、カミジールに手を出す事はワシが許さぬ」
「……何故ですっ! たかだか侍女を一人引き抜くのに、何故っ!」
「詳細は話せぬと言っておる。話はそれだけか? ならば部屋に戻って明日の茶会に備えよ」
「父上っ!」
「お前は今大事な時期だ。時期王妃を選ぼうと言う中、それこそたかだか侍女一名に心を乱すと必要などない」
「ですが、父上っ!」
「くどいっ! 部屋に戻って頭を冷やせぃっ!」
ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえる。
「……失礼しました」
抑えた声で退室を告げ、レンフィールドは部屋を出ていく。
「……困った事になったのぅ」
どうしたものか。
とりあえずは、今回の事をイーリスに伝える事から始める必要があるだろう。
どうにも、レンフィールドがあのまま素直に引き下がるとは思えない。
自分が懸想している相手がアイリスという侍女ではなくイーリスである事に気が付いていないが、万が一気づかれてしまえば色々と問題が出てくる。
主にカミジール家との盟約についてだ。
「これがリンスミートならまだ……手が無いではなかったんだがなぁ」
第二王子ならば、いざとなれば王位継承権を剥奪して貴族の養子に出すという手がある。
事実、側室との間にもうけた子供は全てそうしている。
イーリスの秘密をしったキース・ウーヴァもその一人だ。
「やれやれ……。これも自分が歩んできた道のつけ、という奴か……」
後悔はしていない。
だが、こうして自分に帰ってくると、思う所が無いわけではない。
「次代を担う若者に託すしかない、というのが歯がゆいことじゃ……。すまないな、シーゲル。お前の娘は、まだしばらく波乱の渦中にいる事になる」
ここにはいない年下の友人に向けて呟く。
大分年齢差はあるが、彼の父と二代に渡りブラッドリーの友人などというものになってくれている。
そんな友人の子に面倒な役割を持たせてしまっている事を心苦しく思いながら、自分の間諜を呼ぶ。
出来る限りのバックアップを行う事を伝言に添えて、今の顛末をイーリスへと伝えるために。
お読みいただきありがとうございます。
サブタイトルは適当に。カミジール家の影響力を端的に表してみました(ぇ)
レンフィールドの株が下がっていますが、仕様です。今後上がるかどうかは微妙にわかりません。
むしろこのままレンフィールドはイーリス争奪戦から堕ちていくような気がしてならない今日この頃。ほんとにどうなるんでしょうか、教えて執筆の神様ー。
さい様、社怪人様、感想ありがとうございました! 本当に励みになります!
次回はきっと話が動くはず……。
大臣の陰謀についてわかった事とか、そのあたりを書ければいいな、と思います。
それでは、次回の更新で。
感想お待ちしています。