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お手付きという文化

お待たせしました、第十二話です。ええ、本当にお待たせしてしまいました。


修正を入れ始めたり、はまたま友人から勧められた「やる夫」シリーズにはまったり、シャイニングハーツを遊んだりとで色々時間がなく、執筆を後回しにしていました。


自業自得ですね、申し訳ありません。


今回から一文ごとに一行空白を開けています。

理由は読みにくいかなぁ、と思ったから。

これ以前の話についても、修正が完了次第同じ様式にしていくつもりです。


それでは、お楽しみくださいませ。




 王の執務室がある階層の廊下を、アイリスの姿を借りたイーリスは歩いていた。


 カムフラージュの為のティーセットをカートに乗せて押しているその姿は、どこからどう見ても侍女であり、正妃候補の一人だとは分からないだろう。


 実際、ティーセットをキッチンに借りに行った時も、誰ひとりイーリスがアイリスに化けている事に気がつかなかった。


 気づかれるような変装をしていては、忍失格だが。


 なんにせよ、法務大臣が正妃候補を暗殺しようとしているという情報は伝えた。


 王からの指示は追って出されると言う事だったが、それまでに有る程度独自で情報を収集しておいた方がいいだろう。


(となると……まずはシアニーとヘキサに繋ぎを取るか)


 どの間諜と連絡を取るのかを考えつつ、イーリスはコックに化けているシアニーに会うために足を進めていく。


 余談だが、ティーセットを受け取りに行った時、シアニーもこのアイリスがイーリスだと言う事には気が付いていなかった。


(気配察知と見破りの特殊訓練に参加させないと)


 本人が聞いたら絶叫後に泣いて喜ぶような事を考えるイーリス。


「それにしても……。面倒な事をしてくれるものね、法務大臣も」


 王宮の庭師として潜り込んでいるヘキサに当たる指示等を考えながら、イーリスは小声で呟いてため息を吐く。


 やりきれない。


 自分の娘があっさりと正妃候補から外されたからと言って、他の候補者を害しようとするなど、短絡的にも程がある。


 けれど。


「どう考えてもそれ以上の裏がありそうなのよね……」


 困ったものだ。


 現状手に入っている情報は、法務大臣が残っている正妃候補を毒殺しようとしている、というそれだけ。


 それ以上の情報を集めるためにも、情報収集の密度を上げねばならない。


 悩ましい事、この上ない。


 正直面倒だが、この情報を伝えた時に王から直々に命を得てしまっている。


 『法務大臣の意図を探り、毒殺を阻止する事』


 その命を果たす為にも、迅速に事を進める必要がある。


「並行して殿下の令嬢嫌いを直さなければならないとか……。お父様に依頼して、手を増やす事を考えなくちゃならないか」


 その為の手紙をまた書かなくてはいけない。


 やる事は山積みだ。


「……ふぅ。………………ん?」


 声が聞こえる。


「……良いだろう? お前も、それを望んでいると思っていたが」


「で、殿下……その、今は正妃をお選びになる大事な時期で……」


 嫌な予感がするが、殿下という単語が聞こえた以上動かねばなるまい。


 正直、面倒だが――法務大臣がキナ臭い動きをしている状況だ。


 どういう方面から王子に危害が加わるとも分からない。


 気配を消して、声がする方へと忍んで行く。


 床に絨毯が敷いてあるのが幸いし、ティーセットが乗ったカートを押す音が響かないのが丁度いい。


「だからこそ、だ。どうにも目が厳しくてな。だからこそこうして自由になれる時間は貴重なんだ。大丈夫、一刻もあれば済む。侍女長には俺から言っておくから……」


「で、殿下……」


 何をやっているのだろうか、あの王子は。


 忍んでいる先に見える光景に、イーリスはため息を禁じえない。


 そこには、侍女を壁に追い詰め口説いているレンフィールドの姿があった。


 お手付き、という文化がある。


 王族だけに許された行為で、簡単に言えば王城勤めの侍女に手を出す、公認の火遊びだ。


 王城に努める侍女は、大抵が准貴族の娘たちだ。


 准貴族は貴族とはいえ、この国では力が無い。


 平民以上貴族未満という非常に中途半端な位置にいる。


 だからこそ、出会いを求める。


 より強い貴族と。より地位の高い貴族と縁戚関係を結ぶために。


 その為、何時からか准貴族は自分の娘を王城の使用人に、上げる風習が出来たのだ。


 王城には力ある貴族が集う。


 その王城で働いていれば、自然とそういう貴族の子とお近づきになれるという仕組みである。


 ちなみに准貴族の男子は、ほぼ例外なく騎士団へと入団する。


 騎士団は完全な実力主義であり、本人の実力次第では高い地位を得られるからだ。


 アークジュエル王国で行う戦闘は、ほぼ例外なく侵略者から国を護る防衛戦である。


 その防衛戦で手柄を立てるか、定期的に行われる武術大会で上位に入賞する事で地位が上がる。


 貴族の子といえど贔屓される事は無く、実力が無ければ何時までも一兵卒であり、准貴族の子であろうと実力があれば若くして将校の地位を得る事が出来る。


 将校まで登りつめれば、場合によっては爵位を与えられる事もあるのだ。


 余談だが、騎士団は一般市民でも入る事が可能である。


 准貴族の中には一般市民から成り上がった者もおり、その大半が騎士団で頭角を見せた者たちだ。


(そして城で働く侍女たちが自分の価値を高める手段がお手付き、か)


 王族が手を出した、という事はそれだけ女としての価値が高いと言う意味を持つ。


 箔がつくのだ。


 アークジュエル王国では、別に処女性という物をそれほど神聖視していない。


 無論王族に嫁ぐ女に当たり前の条件としてそれは求められるが、一般の貴族に関してはそれほど重要視していないのだ。


 むしろ男を知っている方が喜ばれる事すらある。


 無論個人の好みとして処女が良いという者もいるが。


 そして王族と関係を持った女というのは、その女を嫁に迎える貴族側にも一種のステータスとして扱われる。

 

『王族が気にいった女を自分のモノにする』


 という一種の征服欲が程良く満たされるからだ。


 だから、女側もお手付きになった事を隠す事はそうない。


 よほど引っ込み思案か、周りに強い嫉妬をする者がいなければむしろ誇らしげにする事すらある。


 もっとも、これも風潮としてあまり積極的に吹聴するのは好まれない。


 自然と噂で流れるからだ。


 そして侍女たちはお手付きになった事を付加価値として貴族に嫁ぎ、縁戚関係を結ぶ事を夢みるのである。


 地位の高い貴族に嫁げば、自然と裕福な暮らしを出来るし、夢のような生活が待っているわけだ。


 女達も必死になる。


 だが。


 しかし、である。


(レンフィールド殿下がお手付きを割と積極的にしている、というのは情報として上がってきていたけれど……。こんな状況でそれをする!? 普通)


 信じられない。


 正妃を決めるという状況の中、平然と他の女に手を出すその感性が信じられない。


 別に一人の女を真摯に愛せというつもりはない。


 王族の責務として子を残すというものが最重要課題としてあげられている以上、複数の女性と関係を持つのは義務とすら言える。


 だが。


 自分の正妃を決める大事な時期に、その正妃候補ではなく侍女で性欲を満たすとは何事か。


 正妃候補へ渡り――夜這いを駆ける事は禁止されてない。


 むしろ気にいった相手がいれば積極的に夜這いしてしまえばいいのだ。


 イーリスは御免こうむるが。


 無論、それを受けるか受けないかを決める権利を女性側は持つ。


 権力をかさにきた強引な男女関係は、過去に起こった事件により法によって禁じられているからだ。


 だから、女を抱きたければ正妃候補を抱けばいいのだ。


 それが理にかなっている。


 だと言うのに。


(それも、あれは……。よりにもよって法務大臣派に属する准貴族の娘って……)


 間が悪いにも程がある。


 イーリスの中でレンフィールドの評価ががたがたと下がっていく。


 本当に、これが次の主になるのだろうか。


 場合によっては、リンスミートが王位を継ぐ方がいいのかもしれない。


 そんな事を真剣に考えている中、王子による口説きは続いている。


「……ダメ、か?」


「…………っ!」


 顔が近い、顔が近い。


 見た目は相当に美形なのだ。あんなに至近距離に顔を寄せられ、甘い声でささやかれてくらくらこない子女はいないだろう。


 特殊な訓練を受けていれば別だが。


 ともかく、今はマズイ。


 これが例えば三公の派閥に属する准貴族の娘であれば問題は無かったが、法務大臣の派閥というのがマズ過ぎる。


 気は進まないが、邪魔をするしかないだろう。


 これがハニートラップではないと言う証拠など、無いのだから。


 あそこで王子の口説きに呆けている侍女には悪いが――タイミングが悪かったと諦めてもらおう。


 ティーセットの皿を一つ取り、床に落とす。


 ガシャンッという破砕音と共にカートを進め、王子たちから自分の姿が確認できるようにする。


「っ!? 誰だっ!」


「……っ!」


 誰何の声が飛ぶ。


 びくりっ、と身体を震わせ、狼狽する仕草をしながら顔色を操作。


 蒼白になる演技を行いながら、申し訳ありませんと叫ぶように言って頭を下げる。


「で、殿下。その、私はこれで……。失礼しますっ!」


「ぇ? ぁ……。っ、行ってしまったか」


 タイミングが外された事で我に返った侍女が、臣下の礼を取って足早にその場を去っていく。


 それを名残惜しそうに見送ったレンフィールドは、その眦に怒りの感情を表しながらイーリスに近づいてくる。


「……次からは気を付けるように。後今の事は他言するな――む? お前は……」


「も、申し訳ございませんでした!」


 相手が近づききるまでに手早く割った皿を拾い上げて片づけを済ますと、頭を下げてひたすらに相手の悋気が収まるのを待つ。


 ここで下手に動くのは、アイリスの――侍女の作法ではない。


 王族相手に自主的な動きをするのは、先ほどのようにお手付きになる事を誘われた時にことわる時くらいのものなのだ。


「……顔を上げろ」


「は、はい」


 アイリスを演じながら顔を上げると、そこには真っ直ぐに自分の事を見つめるレンフィールドの顔がある。


 改めて間近で見ると美形だが、正直イーリスの好みではない。


 イーリスの好むのは強い意志を宿している顔だ。


 自分の理想を強く持ち。


 自分の夢を強く持ち。


 常に向上心を忘れず。


 誇りを胸に抱き。


 強き意志で前進し続けるような、そんな志が表れる顔こそが好きなのだ。


 王子の顔はそれではない。


 ただ美しく、ただ鋭いだけの、観賞に耐えうるだけの顔だ。


 少なくともイーリスには、そうとしか見えない。


 次王としてこの国をどうこうしようと言う強い意志が――欠片も感じられない。


 惰性でいるだけの、王子。


「お前は……カミジール男爵令嬢の侍女か。仕えている主と同じ黒髪黒目だったからよく覚えている」


「は、はい。仰られる通り、私はカミジール男爵令嬢、イーリス・ミル・カミジール様の侍女をしております」


「……名は?」


「アイリス・ダージリンと申します、殿下」


「女子でミドルネームが無いと言う事は准貴族か、あるいは平民か」


「准貴族の娘でございます」


「……ふむ。なるほど。そう言えば、まだ黒髪黒目の女を抱いた事が無かった、な」


 目の前で呟く王子。


 何を言っているのだろうか。


 嫌な予感がぬぐえない。


 いや、これは予感というよりも次の言動がほぼ確実というレベルで予想できるからこその感情だろう。


 つまり、この王子は。


「……あの娘の代わりに、お前を抱くのもいいかもしれないな」


「なっ――――!?」


 イーリスを、お手付きしようと言うのだ。


「顔も悪くない。あの主に仕えるのは疲れるだろう? 聞けば我儘ばかりで、お前にも辛く当っていると聞く」


 余計な御世話だ。


 全部演技だと、ここで暴露してやりたい衝動に駆られる。


「どうだ? そんな仕え甲斐の無い主の鼻を明かしてやりたくはないか?」


「ど、どういう事でございますか……?」


「ふふ……主よりも先に俺に抱かれて、主の顔をつぶす気はないか、と言っている。何、安心しろ、その場合お前をカミジール家から引き抜いて俺の専属にしてやろう」


 何を言っているんだろうか、この王子は。


 予想通りだが、しかし予想の斜め上を言っている。


 よく覚えていないが、もしかして今まで粉をかけるのに失敗した事が無いのだろうか。


 ……無いのだろうなぁ。王子だし。


 だが。


 無論ここで肯定するのは、ない。


 それはイーリスがアイリスの変装をしているからというわけではなく、本物のアイリスだったとしてもありえない。


 この王子は、侍女の矜持を――なめた。


「……殿下」


「なんだ? アイリス」


「確かにイーリス様は気が短い所が御有りです。感受性が高いお方です。それを不満に思う事もございます」


「そうだろう? だから――」


「しかし。私は、カミジール家に奉仕している侍女です」


 王子の言葉を無理やり遮る。


 相手の目を真っ直ぐ見、意識して表情を消し声の抑揚を無くす。


 怒りの演技だ。


「カミジール家にご恩があり、身命を賭して奉公する身。その私が主を――カミジール家を裏切るまねをする理由がございませんし、必要がありません」


「な、に?」


「お手付きのお誘い、お断りいたします。それでは、失礼します」


 言いたい事だけを良い、カートを押してその場を去ろうとする。


 もう、正直この場にいたくない。


 戻ったら再度王子に関する情報を集め直す必要があると思いながら足を進めていると、後ろから腕を掴まれる。


 避ける事も出来たが、それは不自然なので辞めてされるがままに。


 腕が痛い。


 握る力が強すぎる。


 この点も、減点だ。


 力で女を捉えるなど、減点も良い所だ。


「待て」


「お放しください、殿下。他言は致しませんし、イーリス様へも告げる事は致しません。戻るのが遅くなると、叱られます」


「待てと言っている。カミジール男爵令嬢には私から言っておく」


「必要ございません。お手付きは、双方の合意でのみ行われる事だったと記憶していますが」


「違う」


 此方が顔を向けないと悟ると、あちらから回り込んで視線を合わせてくる。


 心なしか、その目に熱が宿っている気がする。


 嫌な予感が止まらない。


「……カミジール男爵令嬢の事を抜きにして、お前、本気で俺の侍女にならないか」


「……不遜ですが、お断りいたします」


「気にいったんだ。男爵には俺から話をつける」


「男爵からの命令であれば従いますが、すぐにお暇を頂きます。私が使えたいのはカミジール男爵家であって、アークジュエル王家ではございません故」


「……その意志の強い所が気にいったんだ。絶対に――お前を、俺のモノにする」


「お断りいたします。私は誰のものでもなく私の物です!」


 アイリスをトレースしている事を抜きにしても、自分のモノにするなどという発言は気に食わない。


 自分は自分だけのものであり、自分だけが最終的に自分の主であるべきだ。


 自分の主たる自分が認めているから、他者の命が受け入れられるのだ。


 誰にも依存せず、誰にも直接従わず、己の主たる己が従う事を決めた相手にのみ従う。


 観念的な思想だが、それがカミジールに代々続く不屈の意志だ。


「……お話が以上でしたら、私はこれで失礼いたします。……腕が痛いので、お放しいただきたく」


「あ……す、すまない。だが――」


「御身の前ではしたない真似を致しますが、失礼いたします、レンフィールド殿下」


 カートを押し、早足で逃げる。


 背中に背負うのは拒絶の意志だ。


 可能な限りの早足でその場を去り、急ぎキッチンへ食器を戻して自室へ帰る。


 そして、はたと思いだす。


「私もしかしなくても、ア、アイリスの姿で口説かれたの……?」


 やらかしてしまったようだ。


 あぁ、アイリスにどう説明したものか。


 本当に――面倒だ。






お読みいただきありがとうございます。


王子、自分の株を下げるの巻。


たぶん登場している男性キャラクターの中で、ぶっちぎりで評価低いんじゃないでしょうか、王子なのに。


イーリス、マジぱねぇ。


にゃんまげ様、みかんブルー様、双葉様、ひよ様、感想ありがとうございます!

今日はもう気力がないので、朝にでもお返事書かせていただきますね!


それでは、できれば今週中にもう一話更新できればいいと思いながら。


感想、お待ちしています。



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