諜報機関カミジール
勢いに乗って書いていたらもう一話できたので、投稿してみたりします。
というわけで、第十話です。
速いもので、もう十話……。おかしい、まだ章で言えば序章、あるいは第一章、起承転結の起のはずなのに、もう十話。
冗長すぎですね、ごめんなさい。
でも、とりあえずこれの次、十一話で序章は終わりそうです。
其方はたぶん明日投稿する事になると思います。
現在鋭意執筆中。
それでは、お楽しみください。
「キース様、カイル様。ようこそ、いらっしゃいませ」
夜。
緊張した面持ちの近衛騎士二人がイーリスの部屋を訪ねてきた。
無論、昨日の続きをするためだ。
どうぞ、とアイリスに用意させておいた椅子を進めると、テーブルを挟んで二人と対峙する。
ちなみにアイリスは、また情報収集に出かけている。
今は、イーリスを監視するために派遣された間諜の一人に従者の役をやらせていた。
「……それでは早速本題ですが、どうするのか――決められたのですか?」
質問はイーリスから。
話の主導権を完全に握るためだ。
「ええ、決めてきました。宰相と元帥から助言を頂きましたし、覚悟もしてきました。今後の人生を、カミジール男爵家と共に過ごす覚悟を」
「俺もカイルと同じく、だ。一応ウーヴァ家の長男って身分だが、養子だしな、俺は。幸い出来のいい弟もいるし、家を出る覚悟はできている」
帰って来たのは、強い眼差しに支えられた言葉。
二人とも真っ直ぐとイーリスの目を見て決意を語っていた。
昨日の話の後宰相と話をし、続きを聞くならば家を出なければならない、と言われたらしい。
実際そうなるが――此方から決断を迫ったとはいえ、立った一晩で決めて良いものなのだろうか。
しかし、瞳に宿る色に揺るぎは無い。
良く見れば、二人とも目の下に隈が出来ている。
相当悩んだのだろう、きっと。
ならば。
此方も、その覚悟に見合う話をするべきだ。
分かりました、と頷きを帰すと、イーリスは少しだけ目を閉じる。
何から話そうか、と話す場所を決めているのだ。
(話せるのは……やっぱり家の家業だけ、よね。それ以上は……本当に家族にならないと、教えてはならない)
整理し、改めて腹を括り直す。
目を開き、真っ直ぐ交互に二人の目を見つめる。
「それでは、大まかな説明にはなりますが、私の正体――カミジール男爵家の正体についてお話します」
そうして、イーリスは静かに語りだす。
カミジール家が背負う、役目を。
イーリスの目が開かれた瞬間、カイルはその目に込められた力に気押された。
年下の少女に、気合負けしたのである。
(やはり……。ああ、僕が綺麗だと思ったのは、この目だ)
強い意志が宿る、漆黒の目。
アークジュエル王国では珍しい黒目に黒髪はイーリスという少女を凛と引き立たせる要素になっており、その瞳に秘められた力は歴戦の将軍に似た物がある。
思慮深く、それでいて勇猛さも兼ね備えたような、そんな色。
それが震えるほどに、美しいと感じた。
「最初に質問しますが、キース様もカイル様も不思議に思った事はありませんか? 何故、アークジュエル王国から外国へと続く四街道の内一つが、男爵家などという貴族の中でも低い地位にいる者の領地にあるのかを」
「ああ、確かに。ずいぶん前に元帥に尋ねた事がある。何故、あんな要所を納めているのが男爵家なのだ、と。その時は上手くはぐらかされたが、そう言えばその後は特に疑問に思わなかったな……」
「キースさんみたいに直接疑問をぶつけた事はありませんでしたが、確かにそれは疑問でした。僕なりに調べてみたのですが、資料ではカミジール家があの街道を作り整備したからだ、とありましたね」
それで納得していた。
というのもそれよりも重要な調べ物は数多くあったし、丁度ここ数年で都合三回、他国から侵略を受けそうになった事も原因としてあげられる。
「簡単に言えば、カミジール家があの場所を任された背景は、あの街道の先にあるシンクレア傭兵国が最もアークジュエル王国を狙い兵を派遣してきていたからです」
「……は?」
キースが唖然としたような顔で疑問符の声をあげる。
声は挙げなかったが、カイルも心情としては同じだ。
最も苛烈な戦地だったから、カミジール家がその場所にいる事になった、だと?
それは、どういう事だ。
それではまるで、カミジール家こそがアークジュエル最強の軍を持っていたという事のようではないか。
「元々、カミジール男爵家は流れの旅芸人一座でした。それが様々な縁を経て当時の王と交流を深め、その力を貸す事になったのです」
「ちょ、ちょっと待てイーリス嬢。何故王が旅芸人の力が必要としたんだ?」
「それは、旅芸人という名の間諜だったからです、キース様」
「間諜……?」
「ええ。カミジール男爵家の正体というのは、アークジュエル王国随一の諜報組織なんです」
「諜報組織……ですか」
「この国に仕える前、カミジール家は流れの旅一座として世界を回り、権力者たちから依頼を受けることで間諜としての働きをしていました。主に情報の売り買いを行っていた、と記録が残っています」
「カミジール男爵家が出来たのは、確か約二百年前でしたよね。その頃のアークジュエル王国は無敵王国として有りつつも、たび重なる戦争で大分疲弊していたはず」
「ええ。元々アークジュエル王国はカミジール家の取引先の一つだったようです。そして祖先がこの国を訪れた時、丁度シンクレア傭兵国が侵略を行おうとしていました」
その後に続いたイーリスの話を要約すると、次のようになる。
二百年前、戦争で疲弊していたアークジュエル王国を侵略しようと、シンクレア傭兵国が出兵を決断しようとしていた。
その情報を持ってアークジュエルにやって来た初代カミジール男爵は、王と王子から直接依頼を受けたらしい。
この国を護る手段は無いか、と。
いい知恵を出してもらえるのであれば、戦争が終わった後で必ず報いると。
そして初代カミジール男爵は、幾つかの報酬を望みそれに応える。
その報酬は、現在のカミジール男爵領を納めさせてもらいたいと言う事、各地に散らばっている仲間を仕事の後で集めさせてもらいたいと言う事、そして自分たちが間諜だという事実を広めないでほしいと言う事。
王は、それを快諾した。
そして初代カミジール男爵は、戦争までの短い間で集められるだけ自分の仲間を集め、シンクレア傭兵国との戦争を行う事になる。
公式の資料では、その戦いは抹消されている。
事実、乗せられない戦争だったのだ。
戦争の規模は、シンクレアの先遣隊二千兵に対し、カミジール男爵の私兵が百名。
当時、まだシンクレアと繋がる街道はまともに整備されておらず、荒れ放題で、完全に山道だったらしい。
その街道と、街道を有していた山が。
立った三日で、シンクレア傭兵国の兵士たちの血で染まった。
カミジール側に一人の死者も出さず。
国境を超える事も出来ず。
シンクレア傭兵国の兵二千名は、死に絶えた。
侵略開始から四日目の朝。
アークジュエルへと続く山の入口に、二千個の生首が曝され、シンクレアは大騒ぎになったらしい。
調べた結果、戦場がアークジュエル王国領内ではなく、シンクレア傭兵国内だったのだ。
自分たちのフィールドで、惨敗したのだ。
それも、正体不明の部隊に。
シンクレア国王は再度の派兵を行おうとしたのだが、派兵を決める会議の前日に暗殺された。
無論、行ったのはカミジールの手の者だ。
シンクレア王以外にも派兵を推進していた貴族たちは、全て暗殺された。
そして派兵反対派の力が強くなり、その戦は終わりを告げる。
アークジュエル側でその戦を知っていたのは、時の王とその王子、そして三公だけ。
歴史に刻まれぬ戦い。
その戦いの後、アークジュエル王国はシンクレア傭兵国と話し合い、それまで半分ずつ所有権を持っていた両国を隔てる山の所有権を全てアークジュエル王国の物とし、そこをカミジール家に与えたのだ。
そして歴史書に残っている通り街道の整備を行い、山の所有権を交渉で奪った事も含めて柄とし、カミジールは男爵の地位を貰う事になる。
以降カミジール家はシンクレアからの侵略を全て山中で食い止め、アークジュエルの市街地には一歩も侵入させなかったという。
「王との約束通り、初代は自分の領地に仲間を集めました。間諜の仲間を。そして仲間は領民となり、カミジール男爵領は急速に間諜教育機関として成長していきます」
「……それは、今も?」
「ええ。現在もカミジール男爵領では間諜の教育を行っており、領民の全てが間諜と言って差し支えない状況になっています」
「そ、そこまでなのか」
カミジール男爵領の人口は、確か一万人。
その全てが間諜の能力を持っていると言う。
「……だから、口外出来ないんですね? それだけの力を持っていると他の貴族に知られたら、内紛が起きるかもしれないから」
「流石カイル様。その通りです」
「……どういう事だ?」
「つまりですね、キースさん。もしキースさんの隣の家が全員間諜だとしたら、キースさんはどうします? 何十年も前から隣に住んでいた人たちが間諜であると、ある日突然知ったとしたら」
「……気味が悪いな。全て何か調べてるんじゃないかと思てしまうかもしれない」
「そう、つまり嫌がりますよね、隣にいるのを。そして疑いますよね? 自分の事を洗いざらい調べられているのではないかと」
「……あっ!」
「ええ、そう言う事です。シンクレアとの国境を治める貴族がとても大規模な諜報機関であると知れば、絶対に良からぬ事を考える貴族が出てきます。勝手に疑心暗鬼に陥ったりして、その挙句に兵を出したり、あるいはシンクレアと手引きしてカミジール家を潰そうとするかもしれない」
「さらに言えば、領民が貴族の利権争いに巻き込まれる可能性が非常に高くなります。カミジールの願いは、安定した平和な生活を送る土地を得ること。過去に流浪し定住せず過ごした経緯から、安定志向が強いんです」
だから、無駄な争いをしたくないとイーリスは言う。
「以上が、カミジール家の正体です。余談ですが、私はカミジール家にある間諜育成機関の長をしています」
「そ、その若さでですか!?」
「ええ、はい。それまでは父が就いていたのですが、とある事情でそうなっています」
そりゃすごいな、と感心した面持ちのキース。
その様子を見ながらカイルは頭を抱えたい気持ちになった。
たった十六歳で教育機関の長という事は、イーリスはとんでもない才女という事になる。
そしてその才女の秘密を、カイルたちは知ってしまったわけだ。
そりゃすごい、の言葉で済ませられるほど、この事実は軽くない。
(なるほど……。それで、殿下との婚姻は望んでいないのか)
納得する。
如何なる理由でまだ少女と言っていいイーリスが教育機関の長をやっているかは分からないが、しかしそれでも長を任せられているのだ。
それを、王子の妃という立場とはいえ、送り出すのは難しいのだろう。
イーリスには二人の姉がいると読んだ資料にはあった。
推測だが、イーリスは姉二人よりも優れているのだろう。
事、間諜の能力という部分においては。
「私が正妃を望まないのも、いざという時に素早く動けるようにするためです。王族に名を連ねては自由に行動できなくなる、というのも理由としてあげられます」
「……いざという時、とは?」
「陛下や三公が私たちの存在を広めた時、です」
「……その時は、どうすると?」
「古の契約では、わき目も振らずに逃げ出す、とありますね。この国を捨てて」
イーリスの話では、カミジール男爵領の住民全てがその心構えを持っていると言う。
以前聞いた話にはなるが、カミジール男爵領家の領民たちの生活は非常に質素なのだそうだ。
着るものも、家具も必要最低限。
誰もかれも贅沢を行わないらしい。
それは男爵家も変わらず、貴族としての立場からか最低限の贅沢は行っているようだが、他の貴族から見ればそれは質素すぎると言って過言ではないらしい。
いつでも動けるように。
いつでも逃げ出せるように。
明日この土地を去る事になっても問題が無いように。
かの土地の人々は、それを胸に生活している。
(根づいて欲しいと思うのは……。きっと我儘なんでしょうね)
思い、小さく息を吐く。
いつでも居なくなっても良いようにというのは寂しいと。
カイルはそんな事を思いながら、ぎゅっと手を握りしめた。
お読みいただき、ありがとうございました。
これでカミジール家についての大まかな説明は終わりです。
後は、次章につなぐ中身と、そろそろ真面目に恋愛ものであるという事を意識して物語を紡ぐための部分を書く予定。
これまでは完璧に見える演技とか実力を見せているイーリスですが、このあとからはボケた行動などが多くなるかもしれません。
きっと調子がくるっていくんだと思います、ええ。
しっかりラブストーリーしてもらわないと。
それでは、また次話でお会いしましょう。
ありがとうございました。