関係ないと思っていた事態に遭遇した場合
自称サバサバ系女性を対処する権力者を書こうとしたら失敗した。
でも、実際どういう対応をするのが正解なんだろうか。
「はぁぁぁぁぁぁ」
盛大な溜息が聞こえて、ビリーは足を止めてしまう。
「どうしたんだ?」
溜息を吐いているのは同級生のマイク。
「ああ、ビリーか。いやさ、自鯖女に目を付けられてな」
「地鯖?」
脳内に鯖が浮かぶ。地元の鯖ならさぞかし新鮮なんだろうなと思うが、マイクの反応からしていいものではなさそうだ。
「自称サバサバ女。騎士科の問題児」
「ああ。スニアか」
名前呼びなのは名字のない平民だからだ。平民の場合出身地呼びをする場合もあるが、彼女と同じ出身地の騎士科の面々が哀れで出身地呼びを遠慮しているのだが、それが余計馴れ馴れしく思われる原因になっている。
もっとも、本人からすれば、ビリーに名前で呼ばれるのを毛嫌いしていそうだが。
「あいつを呼ぶ時は自鯖女か地雷女で十分だ」
嫌悪感たっぷりの発言に、何をしたのかと気になると、
「あの女。人が婚約者とデートしていると邪魔しに来るんだ」
そこからされる説明。
婚約者とのデートになぜかいきなり現れる。
許してもいない愛称呼びでべたべた触れてくる。
帰れと言っても友人のよしみで婚約者に会いたかっただけだと居座る。
婚約者と向かい側に座っていたのを見て、なぜか隣に座る。
婚約者の食べている物を美味しそうと言ったと思ったら許可もなく勝手に食べる。
婚約者と話をしていると無理やり割り込んで別の話題に持っていこうとする。
「ちなみに俺は三人目のターゲットだな。分かっている限り」
「三人目……」
「一人目は強く出られなかったし、婚約者が嫉妬してくれないかなとか思って甘い対応をしたら婚約を破棄された」
「マジか……」
そう言えば、一年前に伯爵令嬢と婚約を破棄された先輩がいたような……。
「二人目は、男友達のようなものだしと言う言葉でならそれ相応の態度を取っていいと判断して力ずくで追い出しに掛かったら、今度は自分が女性だというのを盾にして、女性に暴力を振るうなんて最低と言ってきて、悪評を広められた」
半年前に女性に暴力を振るったとか性犯罪をしたという噂を流された同級生がいた。まあ、噂も沈静化したが、それ以来女性不信――ただし、婚約者除くという状況になってしまったが、その二人目だろうと察せれた。
「他にも数人被害にはあっていると思うが、確実に粉を掛けられているのは俺みたいで。勘弁してほしい……」
それは確かに嫌だろな。前の被害者二人とも顔がよく、騎士科として成績が優秀で将来有望だった。一人目は婚約者が伯爵家で支援してもらった経緯もあるからその後は出世できないかもしれないし、二人目が女性不信になった同級生だと思われるのなら騎士の花形である護衛任務は付きにくくなるだろうな。護衛対象の半分は女性のこともあるから。
マイクに対しても王太子に信頼されていて、側近候補として目を付けられている。卒業したらそのまま王太子の専属護衛になれると言われている。
「ならばさ。その地雷の女の目の前で婚約者とデートする場所をあえて漏らして、別の場所に行けばいいんじゃないか。それがばれそうになったら事実を混ぜれば疑ってくるだろうし……」
「どういうことだ?」
「うん? 例えば、婚約者に**のミルフィーユが食べたいと聞いたけど、それってどこにあるんだろうかとクラスの誰かに尋ねてみる。それだけでもその店で待っているだろうからその間に別の所に行けばいいんじゃないか?」
「それやったら、聞いてみたクラスの奴に迷惑をかけるんじゃ……」
「聞いたけど、店が混んでいるからもっと人が空いていそうな時期に行きたいと言われたとか予約をして後日にしたと言えばいいだけだと思う」
「なるほど……」
成功するか分からないが、試してみると言われて悩みが解決して何よりだとその場を後にする。
「自鯖女ね……」
養護施設育ちの孤児の自分には関係ないか。
さて、今月のバイトの給料が入ったし、養護施設の子供にお菓子でも買ってこようかな。
「ただいま~。院長先生。元気~?」
たっぷりのお菓子と日持ちする食材を大量に購入して、養護施設に行くと、そこにいたのは院長先生ではなく、見慣れない騎士。
こちらを警戒しているような視線を向けてくる。
「おかえり。――その子は養護施設の卒業生で、今は王立学園の騎士科に通っています」
院長先生が説明すると警戒する視線は弱まる。
「かあ……院長先生? この方たちは?」
この状況で馴れ馴れしく母さん呼びはいけないと思って慌てて院長先生喚をして、普段とは違い過ぎる状況を不思議に感じ、それでこっそりと尋ねると、
「養護施設を視察に見えた王女さまの護衛の方々よ」
そっと窓の外を指差しているのでそちらを見ると、子供たちに絵本を読み聞かせている女性の姿。
確か、第三王女ナーチューリー殿下だったような……。
そういえば、王族が養護施設をランダムで視察をするという話を聞いたことあったけど、まさかそれが今日でこの施設になるとは思わなかったな。
(警備が厳しくなるはずだ)
知らない人は多いし、騎士が警備しているのは落ち着かないが、それですぐにこの場を後にするのも変な話だろうからなと気にしないで施設に帰ってきたら日課にしている薪割りでもするかと外に出る。
斧を持って不審者と警戒されるのも困るので薪を割りに行くことを護衛をしている騎士に伝えて、武器じゃありませんのでと示して、王女殿下のいる場所から離れた場所で薪を割っていたのだが、薪割りをしている途中で妙な気配を感じて、少し警戒していたらこちらに向かって武器を向けてくる武装した集団。
斧で攻撃したら危ないと思って、割り終わった薪を武器にして数人倒してしまった。
(これもしかしたら、王族を狙ったテロとかっ!!)
薪を持ったまま走って、騎士団ではない輩を途中で倒していく。
絵本の読み聞かせをしていた庭では数人の武装集団が騎士に倒されていて、子供たちも王女も無事だった。
「よかった……みんな無事で……」
薪を持ったままそちらに行くと子供たちが泣きながら抱き付いてくる。
「にいちゃあぁぁっぁぁぁぁん!!」
「みんなよく頑張ったな」
抱き付いてくる子供一人一人を慰めるつもりで何度も何度も頭を撫でる。
その様子をじっと姫殿下が見ているとは気付かないで……。
そして、何よりも。数時間前の友人との会話がその後自分に影響を与えるなんて思っていなかった。
「あっ、ビリーじゃん。こんなとこで会うの奇遇~!!」
完全貸し切り状態であるはずのカフェにどうやって現れたのか同じ騎士科の女性……。
「自鯖女……」
つい思わず、友人のマイクが言っていた話を思い出して、マイクの言っていた酷いあだ名が口から出てしまい、正面に腰を下ろしていた非公式な婚約者が眉を顰める。
「ここのパンプキンパイ美味しいって評判だからね。そちらは恋人?」
馴れ馴れしくテーブルに近付こうとするのを隣のテーブルで恋人のふりをしていた婚約者の護衛がすぐに動いて、店から追い出す。
「店の怠慢ね」
彼女が口を開く。
「知り合いがいるからと無理やり入ってきたようです」
彼女の護衛の一人が報告をする。
「部外者が入れない様に貸し切りにしたのになんてことでしょうね」
「多分、知り合いって俺なんだろうな………貧乏孤児の俺がこんな高級店に入れるのはおかしいと思ったんだろうな」
それで彼女の貴重なゆっくりと過ごせる時間を奪ってしまったことに申し訳なく思う。
「貧乏孤児? あの女がそんなことを言っていたの? それと……」
一度言葉を切り、顎に手をやって考えるように、
「自鯖女って何の隠語なのかしら?」
と尋ねられた時に、教えてはいけない言葉を教えてしまったと悔やむ。だけど、言わないという選択肢はない。
「実は……」
「という話がありまして」
ビリーはそういえば、この話を聞いたのは彼女に初めて会った時だなと思い返していく。あの時とだいぶ今の立場が違うのが変な感じだと苦笑しながら。
でも、こうやって、あの時の話を思い返しながら語ると自分の立場が客観的に見えてくる。あり得ないと思っていたけど、冷静に考えると。
自鯖女の四番目のターゲットに選ばれたのだ。
という結論になる。
「――そう。それがあの無礼な女なのね」
非公式な婚約者。お忍びでのデートなので変装をしている護衛が至る所に控えている。普段自由がないがそれでも普通のデート気分を味わいたいという彼女にとっては大きな我儘に護衛と側近が必死に叶えた結果。
「驚きました。まさか、マイクから俺のアドバイスのおかげで来なくなったという話を聞いてはいましたけど、次に俺を選ぶなんて……」
「王族を狙ったテロ組織を撃退した英雄が何を言っているのかしら」
狙われた王女がどこか面白がるように告げる。
「いえ、でも……」
先日の養護施設を襲う事件は我が国の王族なら誰でもよいという敵対国からの嫌がらせだった。
王族の事情に傷付けるだけで国の名誉は傷付く。それを狙っての行為だったが、問題になる前に養護施設に帰ってきていた俺が対応してしまった。だけど、彼女の護衛だけで事足りていたはずだ。
「――分かっていないわね」
静かな、それでいて上に立つ者が持つ為政者としての力ある声。
「あの養護施設での件はわたくしの護衛が対応することはできたでしょう。だけど、護衛の一番大事なことはわたくしの安全。そこに養護施設の子供は含まれてはいません」
その言葉に表情が強張る。
「わたくしの安全のためなら子供が人質になっても気にせずにテロリストをせん滅するでしょう。だけど、それではわたくしの名誉が傷付きます」
「名誉……?」
「ええ。――王族は国の象徴。民を守るための看板。わたくしの身体が傷付かないように護衛は守ってくれますが、王族の名誉を守ることは考慮できません。子供一人人質になった。怪我をした。それだけでわたくしは王族の名誉を損なうのです」
それは国にとって失態でしょう。
「養護施設にわたくしが視察にいるという情報が出てしまった時点で情報戦で負けてしまっています。だけど、その負けをひっくり返したのが貴方ですよ」
「俺。ですか……?」
「ええ。――子供の被害はなく、すぐに解決をした。養護施設出身の騎士見習い。貴方という存在が現れただけで、貧しい者でも王族を守れると、騎士になれると人々は未来に希望を持つでしょう。ましてや、その活躍を目にした王女が恋に落ちる。何ともまあ、ロマンチックな話だと思いませんか」
王女殿下が視察に来ていた養護施設でテロが起き、王女(と子供たち)が危険な状態になった時にそこの出身の騎士見習いが被害を出さず倒していく。
確かに宣伝にはもってこいだ。
だけど、それで孤児だったのに男爵とは言え貴族になれるなんて大げさすぎないか。ましてや、その時助けられた第三王女と婚約なんて………。
「まあ、確かにそうかもしれませんが……、いくら何でもそこまで評価されるのは落ち着かないというか……」
「その過小評価には困ったものね」
「すみません」
「いいのよ。――それも貴方の良さ。と言いたいけど、わたくしの婚約者としては表向きは堂々としてほしいわね……」
「………」
「そういうところも好印象なんだけど。まあ、でも」
一度言葉を切る。
「内心わたくしを目の敵にしていた者たちは、わたくしが恋にうつつを抜かして、王族同士の争いから一抜けをした。いい気分でしょう。王女同士でもより良い伴侶を奪い合う関係にわたくしが恋という言葉で目を曇らせたと思ったのだから」
ズバズバと告げる彼女は身内ですら疑う状況に嫌気が差しているのが伝わった。そして、
「だからこそ羨ましかった。――血の繋がりではなく心の繋がりで家族と呼べる関係を築いている貴方たちを」
「ナーチューリーさま……」
婚約と言われて身分が違うと必死に断った。考え直してくれと。だけど、その時に言われた。
『身分的には釣り合わない。そう思われてもおかしくないわね。だけど、あの時子供たちに交ざりたいと思ったの』
ただ、それだけ。
だけど、それでは婚約できないからと長々と説得できる内容を言い募った。
それが王族同士の争いから一抜けとか民に好印象を付けるためだとかになる。
そんな本音を知って、可愛らしい方だと思ったものだ。
正直、ただ養護施設の危機を防いだだけでそこまで過大評価されて、目の色を変えた輩に付きまとわれる状況に戸惑ってはいる。
先ほどの自鯖女に対してもそうだ。
「自分で対応しないといけないと思ったんですけどね……」
「あら、わたくしの夫になる人に群がる羽虫は徹底的につぶした方がいいわ。放置している方がわたくしの名前に傷がつくの」
だから対応は任せなさいと言われて、男のプライドとかいろいろ思うことがあったが、素直に頷いた。
「それにしても自鯖女……鯖に失礼なあだ名ね。ああいうのはハイエナ……あっ、違うわね。ハイエナも油断していたらライオンに餌を奪われる方だったわ。では――ピラニアで十分じゃなくて」
いきなり何を言い出すのか。だけど、
「ピラニアはきちんと食べ尽くしますけど、ああいう輩は荒らすだけ荒らして、責任逃れをするのでピラニアに失礼だと」
そんな意外な一面で好きになったので内心笑いをこらえながらそんな言葉を返すのだった。




