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支度を終えた五人は、斬雄を先頭に屋敷を出る。
斬雄の横に控えるようにゴドーが歩き、後ろに朱奈と鳴子が並ぶ。アイシャは朱奈と鳴子の間で二人と左右の手を繋いで歩いていた。
彼女は白地の着物に臙脂色のジャンパースカートに、つばの広い白いハットを被り、ブラウンの踵が低いパンプスを履いている。表情からは伺えないが、昨日買ったばかりの服を着て、どこかゴキゲンな雰囲気を感じるのは気のせいではないだろう。
「で、どこへ向かうんだ?」
朱奈の問いに、斬雄は顎を撫でた。
「昨日、この辺は一通り回ったからな。中央付近の店を見て回ろうかと思ってるが……」
そう言って、屋敷から西側へと歩を進める。カシーヤの中央には東西を分断する大通りが走っており、その付近は黒鉄やホワイトベルの縄張りとは全く雰囲気が異なっていた。
そこは帝国と連合、二つの文化圏が交差する場所というだけではなく、大陸各地の多様な文化が集合する猥雑とした一角となっており、現地民や移民が好き放題に店舗や民家を建てて街が広がっていったという歴史的な経緯から、無秩序に形成された大通りに繋がる路地は、さながら迷路のような複雑な構造を有していた。
「まずは昼飯だな」
「それならクライシュ料理にしようぜ!」
「賛成~!」
「さんせー」
朱奈の言葉に鳴子とアイシャが互いに繋いだ手を上げて賛意を示す。アイシャは単に鳴子の真似をしているだけかもしれない。
そして、鳴子とアイシャがゴドーの方を覗き込んだ。
「え、あ、俺もいいと思いやす」
その視線を受けて、ゴドーが慌ててそう言った。
「それならちょうど行ってみたい店があったんだ」
そう言って斬雄は大通り付近にあるレストラン通りの方へ足を向ける。東西問わぬ様々な料理屋が立ち並び、いっそ節操がないと言った方が相応しい有様だったが、それを補って余りある程にその場所は活力に満ちていた。
「……あれ、何?」
道中でアイシャがある建物を見て、指差した。指の先にあるのは都市南西にある一際高い塔だった。上部の四面に時計が掲げられているその塔は、カシーヤで最も高い建造物であるため、多少の遮蔽物があってもその姿を容易に確認できる。
「あれは時計塔だな」
塔の屋上は平べったい形をしており、そこから都市全体を一望することができるだろう。
「上に時計が見えるでしょ? あれで時間がわかるんだよ~」
鳴子がアイシャに説明しながら、ふと首を傾げた。
「そういえばあれっていつ頃からあるんだっけ?」
「確かホワイトベルがこの都市に本格的に進出を始めたタイミングで建造されたはずだ。妙に突貫工事で進めていた記憶がある」
ホワイトベル・ファミリーの住まう屋敷が完成するよりも先にあの塔が出来ていたので、斬雄は当時、少し首を捻ったことを思い出した。
「ふぅん? まあホワイトベルの連中って時間にうるさそうだもんね」
そこまで興味はなかったのか、鳴子はそれ以上その件を深掘りすることはなかった。
そうこうしている内に目的の店に辿り着く。看板には“レゼットリ”と書かれていた。
店内に入るとスパイスの香りが鼻腔を抜ける。
昼時のため、席はすっかり埋まっていた。しかし、ちょうど他の客が出て行くタイミングだったので、それに入れ替わるようにして、それ程待たずに席に案内される。
朱奈と鳴子が座る間にアイシャが挟まれ、その対面に斬雄とゴドーが座った。
「カリデスギュヴェッチってなんだ?」
朱奈がメニューを見ながら呟く。帝国出身の三人には聞き馴染みのない料理名だった。
「直訳すると、海老の土鍋?」
鳴子の言葉にゴドーが頷いた。
「そうです、野菜とエビをチーズと一緒に土鍋で焼いた料理っすね」
さすがに現地人なだけあって詳しいようだ。朱奈と鳴子はアイシャの前にメニューを置いて、料理についてゴドーに聞きながら、次から次へと「これ食おうぜ!」「それいい~!」といったノリで次々に注文を追加していく。空腹時特有のいくらでも食べられるという万能感で、本当に食べられるかどうかという観点は失せていた。
盛り上がりがひとしきり落ち着いた頃を見計らって、斬雄が店員を呼ぶ。
混んでいる割に、それほど時間をかけずに次々と料理が運ばれてきた。
平たい円形のピタパン。トマトとバターのソースがかかった羊肉のケバブ。ズッキーニのドルマ。ファラーフェル。塩と柑橘で味付けし、オリーブオイルであえたサラダ等々。先程話題になったカリデス・ギュヴェッチもある。
並べられた皿で、大きなテーブルがびっしりと埋まった。
朱奈がいつの間にか頼んでいたビールのジョッキを傾ける。ごくりごくりと喉を鳴らして、一息に飲み干した。
「カァーッ! やっぱ昼から飲む酒は最高だなッ!」
「飲みすぎるなよ」
「ああ、三杯までにしとくぜ!」
そう言ってしたり顔で三本の指を立てる朱奈を斬雄は呆れた表情で見た。
斬雄も鳴子も酒には強い方だが、朱奈は三人の中でも図抜けて酒が強い。
確かに彼女の基準で言えば、三杯ではほろ酔いにもならないだろうが、それにしてもという奴だ。ある意味では、誰よりも酒に弱い女だった。
その隣でアイシャが付け合わせのヨーグルトとケバブをピタパンで挟みパクりと被りつく。スパイスの香ばしさと濃厚な羊肉の旨味、ヨーグルトの酸味が口の中に広がり、目を輝かせる。
「口元にソースがついてるぞ」
斬雄はそういってティッシュで彼女の口元を拭った。そこでふとゴドーが店内の一点を見ていることに気づく。
彼の視線の先には、眼鏡をかけたおさげ頭の店員の姿があった。朴訥とした雰囲気の娘である。
「なんだ、惚れたか?」
「ち、違いやすよ!」
慌ててはいるが、照れているという風ではない。どうやら本当に違うらしい。
「ただ、どーっかで見たことがある気がして……」
改めて女の様子を観察したが、何の変哲もない町娘といった雰囲気だ。これといった特徴もない。斬雄も自分の記憶を探ってみるが、特に思い当たることはなかった。
「ああ、思い出した。商工会だ」
「商工会?」
「ええ、一昨日のホワイトベルとのダブルブッキングがあったでしょう?」
「ああ、お前が騒ぎを起こした奴だな」
「う、若……」
ゴドーは気まずそうに口ごもる。
「ははは、冗談だ。で、それがどうかしたか?」
「事前のアポも俺が取ったんですが、商工会側の調整をしていたのが、あの娘なんです。たしか、ハリカって呼ばれてたかな?」
「へぇ」
即ち黒鉄とホワイトベルのダブルブッキングをやらかした張本人というわけだ。ホワイトベル側の調整をした人間は別にいたかもしれないが、いずれにせよ伝達不足という点でやらかしたことに違いはない。
そう言われて斬雄も思い出す。彼女は昨日、オルランドのもとを訪れたときに斬雄たちを案内してくれた受付嬢だった。あのときはおどおどとした様子だったから、店員として手際よく働いている姿とのギャップですぐに気がつかなかった。
「それがなんで飲食店で働いてるんだ?」
「なんか事情でもあるんですかね?」
素朴な疑問を口にする。別に商工会の給金が安いわけではないだろう。
そこでふと斬雄は顎に手をやって、少し目を細めた。
「……少し用ができた。後のことは任せる」
斬雄は鳴子に財布を渡す。
「ん、どしたの?」
渡された鳴子は料理を咀嚼しながら、口元に手を当てて首を傾げる。
「やっぱり待ちでいるのは性に合わないんでな」
そう言って立ち去ろうとする斬雄の裾が引っ張られる。犯人は席の真ん中から体を伸ばしたアイシャだった。
「どうした?」
斬雄が優しい声音で問う。
「ちょっとまって」
アイシャはそう言って、ピタパンの中にケバブを詰める。そして、それを斬雄に突き出した。
「ん、おいしいよ」
斬雄は頬を緩ませ、それを受け取る。
「ああ、ありがとな」
アイシャの頭を優しく撫で、ケバブサンドを片手に店を出た。
それを口にしながら、斬雄が思い出していたのは、先日サラから渡された資料についてだった。
“レゼットリ”、それはここ最近頻発している、黒鉄とホワイトベルの間の揉め事が起きた場所の一つだ
った。




