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十九時五十九分の共犯者たち

作者: 火無菊
掲載日:2026/06/05

夏祭り、19時59分


あの夏祭りは、たぶん祭りそのものよりも、終わる直前の一分間が一番楽しかった。


近所の小さな神社の境内に提灯がぶら下がって、焼きそばの匂いと金魚すくいの水の匂いが混ざる。毎年同じ景色なのに、その日だけは少し特別だった。


普段なら夕方以降は遊べない。


「暗くなる前に帰りなさい」


それが当たり前だった。


でも夏祭りの日だけは違う。


夜の空気の中にいても怒られない。

友達と一緒にいることを許される。

大人になったわけでもないのに、少しだけ自由を借りられる。


だから私たちは祭りの終わりを惜しむように、だらだらと境内に残っていた。


ただし、制限時間付きで。


二十時。


その瞬間、先生たちが来る。


正確には二十時を過ぎた瞬間から補導開始。


しかも毎年本気だった。


若い男の先生と若い女の先生が担当になることが多くて、二人とも祭りの間は普通に屋台を回っている。


焼きそばを食べたり、くじ引きを眺めたり。


でも二十時になった途端、急に仕事モードになるのだ。


もっとも、その二人の場合は少し事情が違った。


子供の私たちから見ても、男の先生が女の先生のことを好きなのは丸わかりだった。


女の先生が何か言うたびに嬉しそうな顔をするし、荷物を持つし、笑うし。


隠す気あるのかな、と子供ながらに思っていた。


女の先生は可愛かった。


だからみんな、


「絶対付き合ってるよな」


と勝手に確信していた。


そして祭りの終盤。


時計が十九時五十八分になる。


誰かが言う。


「あと二分」


すると空気が変わる。


それまで別々に行動していた連中が、いつの間にか集まってくる。


普段なら喧嘩している男子もいる。


ほとんど話したことのない女子もいる。


クラスが違うやつもいる。


なのにその時だけは全員仲間だった。


敵は先生。


ただそれだけ。


十九時五十九分。


誰かがカウントダウンを始める。


「五!」


みんな笑う。


「四!」


水鉄砲を構える。


「三!」


男の先生が嫌な予感を察して振り向く。


「二!」


女の先生がもう笑っている。


「一!」


「行けーーーー!!」


一斉射撃。


水鉄砲の水が男の先生の顔面に集中する。


「お前らぁ!!」


その叫びと同時に、全員が蜘蛛の子を散らすように走った。


散!


本当に散。


右へ左へ住宅街へ。


誰ひとり同じ方向へ逃げない。


二十時ジャスト。


補導開始。


先生たちも本気で追いかけてくる。


「帰れーーー!!」


「捕まえたぞ!」


捕まったやつは頭をぺしぺし叩かれて、


「はよ帰れ!」


と追い返される。


それすらイベントだった。


私たちは草むらに隠れながら移動した。


街灯の明かりを避けるように。


息を殺して。


遠くから先生の声が聞こえるたびに笑いを堪えながら。


今思えば補導というより鬼ごっこだった。


でもあの頃の私たちは本気だった。


先生たちもたぶん本気だった。


だから面白かった。


やがて全員が誰かの家の前に再集合する。


逃げ切った者も、途中で捕まった者も。


勝者も敗者もない。


みんなでラムネを開けて、祭りの延長戦が始まる。


夜風が気持ちよかった。


祭りは終わったのに、まだ終わっていない気がした。


その時だった。


勢いよくラムネの栓を抜こうとして。


パァン!!


という景気のいい音と共に、ラムネが爆発した。


炭酸が顔面に直撃する。


目も開けられない。


髪も服もべたべた。


一瞬静まり返ったあと。


みんな腹を抱えて笑った。


私も笑った。


先生から逃げ切った達成感も。


夜にみんなで集まっている高揚感も。


炭酸まみれになった情けなさも。


全部ひっくるめて笑った。


たぶん青春って、もっと大きな出来事のことを言うんじゃない。


大会で優勝したとか。

告白したとか。

そういうものじゃなくて。


十九時五十九分になったら、喧嘩しているやつも仲のいいやつも関係なく同じ方向を向いて。


先生に水鉄砲を撃って。


草むらに隠れて。


逃げ切った先でラムネを顔面に浴びる。


そんな、どうでもいい一夜のことだったのかもしれない。


今でも夏祭りの提灯を見ると、まず思い出すのは花火じゃない。


二十時まであと一分、と誰かが叫んでいたあの声だ。


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