十九時五十九分の共犯者たち
夏祭り、19時59分
あの夏祭りは、たぶん祭りそのものよりも、終わる直前の一分間が一番楽しかった。
近所の小さな神社の境内に提灯がぶら下がって、焼きそばの匂いと金魚すくいの水の匂いが混ざる。毎年同じ景色なのに、その日だけは少し特別だった。
普段なら夕方以降は遊べない。
「暗くなる前に帰りなさい」
それが当たり前だった。
でも夏祭りの日だけは違う。
夜の空気の中にいても怒られない。
友達と一緒にいることを許される。
大人になったわけでもないのに、少しだけ自由を借りられる。
だから私たちは祭りの終わりを惜しむように、だらだらと境内に残っていた。
ただし、制限時間付きで。
二十時。
その瞬間、先生たちが来る。
正確には二十時を過ぎた瞬間から補導開始。
しかも毎年本気だった。
若い男の先生と若い女の先生が担当になることが多くて、二人とも祭りの間は普通に屋台を回っている。
焼きそばを食べたり、くじ引きを眺めたり。
でも二十時になった途端、急に仕事モードになるのだ。
もっとも、その二人の場合は少し事情が違った。
子供の私たちから見ても、男の先生が女の先生のことを好きなのは丸わかりだった。
女の先生が何か言うたびに嬉しそうな顔をするし、荷物を持つし、笑うし。
隠す気あるのかな、と子供ながらに思っていた。
女の先生は可愛かった。
だからみんな、
「絶対付き合ってるよな」
と勝手に確信していた。
そして祭りの終盤。
時計が十九時五十八分になる。
誰かが言う。
「あと二分」
すると空気が変わる。
それまで別々に行動していた連中が、いつの間にか集まってくる。
普段なら喧嘩している男子もいる。
ほとんど話したことのない女子もいる。
クラスが違うやつもいる。
なのにその時だけは全員仲間だった。
敵は先生。
ただそれだけ。
十九時五十九分。
誰かがカウントダウンを始める。
「五!」
みんな笑う。
「四!」
水鉄砲を構える。
「三!」
男の先生が嫌な予感を察して振り向く。
「二!」
女の先生がもう笑っている。
「一!」
「行けーーーー!!」
一斉射撃。
水鉄砲の水が男の先生の顔面に集中する。
「お前らぁ!!」
その叫びと同時に、全員が蜘蛛の子を散らすように走った。
散!
本当に散。
右へ左へ住宅街へ。
誰ひとり同じ方向へ逃げない。
二十時ジャスト。
補導開始。
先生たちも本気で追いかけてくる。
「帰れーーー!!」
「捕まえたぞ!」
捕まったやつは頭をぺしぺし叩かれて、
「はよ帰れ!」
と追い返される。
それすらイベントだった。
私たちは草むらに隠れながら移動した。
街灯の明かりを避けるように。
息を殺して。
遠くから先生の声が聞こえるたびに笑いを堪えながら。
今思えば補導というより鬼ごっこだった。
でもあの頃の私たちは本気だった。
先生たちもたぶん本気だった。
だから面白かった。
やがて全員が誰かの家の前に再集合する。
逃げ切った者も、途中で捕まった者も。
勝者も敗者もない。
みんなでラムネを開けて、祭りの延長戦が始まる。
夜風が気持ちよかった。
祭りは終わったのに、まだ終わっていない気がした。
その時だった。
勢いよくラムネの栓を抜こうとして。
パァン!!
という景気のいい音と共に、ラムネが爆発した。
炭酸が顔面に直撃する。
目も開けられない。
髪も服もべたべた。
一瞬静まり返ったあと。
みんな腹を抱えて笑った。
私も笑った。
先生から逃げ切った達成感も。
夜にみんなで集まっている高揚感も。
炭酸まみれになった情けなさも。
全部ひっくるめて笑った。
たぶん青春って、もっと大きな出来事のことを言うんじゃない。
大会で優勝したとか。
告白したとか。
そういうものじゃなくて。
十九時五十九分になったら、喧嘩しているやつも仲のいいやつも関係なく同じ方向を向いて。
先生に水鉄砲を撃って。
草むらに隠れて。
逃げ切った先でラムネを顔面に浴びる。
そんな、どうでもいい一夜のことだったのかもしれない。
今でも夏祭りの提灯を見ると、まず思い出すのは花火じゃない。
二十時まであと一分、と誰かが叫んでいたあの声だ。




