第二の試練 恥
第一の試練を越えた五人の姫は、次の回廊へと進んだ。
重い扉がゆっくりと開く。
その先に広がっていたのは、広い石の部屋だった。
床一面が黒く光っている。
ターニャが眉をひそめた。
「……泥か?」
ナナが足元を覗き込む。
ぬらぬらと光る床。
確かに泥だ。
だが、それだけではない。
油が混ざっている。
ぬめりが強く、光を反射している。
アリーシャが靴先で軽く触れる。
ずるり、と滑った。
「……深いわね」
泥は、肩ほどの高さまであった。
ターニャが腕を組む。
「こんなの、進めるのか?」
カノンが泥を見ながら言う。
「ヒールだと無理だね」
「絶対沈む」
サシャが小さく呟いた。
「……こわい……」
王の声が響いた。
「第二の試練」
「恥」
姫たちは黙った。
王は続ける。
「その泥は深い」
「ドレスでは進めない」
「ヒールでは歩けない」
静かな間。
王は言った。
「脱げ」
サシャが息を呑んだ。
「……え」
王の声は淡々としている。
「衣を捨てよ」
「恥を捨てよ」
「裸で進め」
部屋が静まり返った。
ナナが呟く。
「……最低」
ターニャが肩をすくめた。
「なるほど」
「そういう試練か」
アリーシャは王の声の方向を見た。
そして、ゆっくり言う。
「わたしは第一王女なのよ」
そのままドレスの紐を解く。
堂々としていた。
恥じらいなど、一切ない。
「王になる者に」
「この程度の恥などないわ」
ドレスを脱ぎ捨てる。
泥の前に立つ。
そして、迷わず足を踏み入れた。
ずぶり。
泥が大きく揺れる。
アリーシャはそのまま体を沈める。
肩まで沈む。
そして腕で泥をかき分けた。
泳ぐように。
前へ進む。
ぐちゃり。
ぐちゃり。
泥が重くまとわりつく。
ターニャが笑った。
「はは」
「面白いじゃないか」
彼女はゆっくり王を見上げた。
挑発するような目だった。
「よく見ておけよ」
「これが王族だ」
服を脱ぐ。
乱暴に床へ投げる。
そして泥へ入る。
ずぶり。
肩まで沈む。
ターニャは腕で泥をかき分けた。
泳ぐように前へ進む。
「重いなこれ」
「最悪だ」
カノンは静かだった。
王を見ない。
ただ泥を見る。
そして言う。
「進めばいいんだね」
ドレスを脱ぐ。
あっさりだった。
迷いはない。
そのまま泥へ入る。
「うわ」
肩まで沈む。
「冷たい」
小さく笑う。
腕で泥をかき分ける。
「でもまぁ」
「進めるならそれでいいや」
サシャは動けなかった。
震えている。
「……そんな……」
カノンが振り返る。
「サシャ」
サシャは顔を上げる。
目が潤んでいる。
「……恥ずかしい……」
カノンは言った。
「みんな脱いでる」
「大丈夫」
サシャは小さく頷く。
「……頑張る」
おずおずと服に手をかける。
少しずつ脱いでいく。
顔は真っ赤だった。
視線は下を向いたまま。
そして泥へ入る。
「……っ」
肩まで沈む。
冷たさに体が震える。
「……きもちわるい……」
泥が体にまとわりつく。
ターニャが言う。
「サシャ」
「前だけ見ろ」
「止まるな」
サシャは必死に頷く。
泥をかき分けながら進む。
残ったのはナナだけだった。
ナナは動かなかった。
床を見ている。
ドレスの裾を指でつまむ。
指先が、わずかに震えている。
脱げば進める。
それは分かっている。
ナナはゆっくり顔を上げた。
王がいる。
玉座に座る老いた男。
その視線がまっすぐ自分を見ている。
ナナの指がドレスの紐に触れる。
少しだけ引いた。
ほどける。
ほんの少しだけ。
ナナはそこで止まった。
泥をかき分ける音だけが響く。
ぐちゃり。
ぐちゃり。
カノンが振り返る。
「ナナ」
ナナは答えない。
ターニャが言う。
「早く来い」
「止まってる方がみっともないぞ」
サシャも小さく言う。
「……ナナ様……」
ナナは目を閉じた。
もし脱げば。
きっと美しい。
それは分かっている。
自分は美しい。
それは誰よりも知っている。
だが。
ナナはゆっくり首を横に振った。
ドレスの裾を指でつまむ。
そして、小さく笑った。
「だって」
「醜いあなたに、
…見せものなんかに」
静かな声だった。
少し息を吸う。
そして言う。
「……リタイアするわ」
部屋が静まり返った。
王の声が響いた。
「第二王女ナナ」
「脱落」
その瞬間だった。
遠くの部屋から金属の擦れる音が響いた。
鎖の音。
扉が開く音。
誰かが引き出される。
男の声が聞こえた。
「ナナ様!」
ルーカスだった。
ナナの顔が上がる。
壁の向こう。
騎士たちの部屋。
兵士たちの荒い足音。
誰かが床に押さえつけられる音。
鎧が石に擦れる音。
ルーカスの声が響く。
「ナナ様!」
その声は震えていた。
それでも、笑っていた。
「あなたは美しいです!」
「誰よりも!」
ナナの喉が詰まる。
「やめて……」
小さく呟く。
ルーカスは続ける。
「どんな姿でも!」
「どんな場所でも!」
その瞬間。
重い金属音が響いた。
剣が振り上げられる音。
ナナの瞳が大きく開く。
「待って――」
鈍い音。
肉を断つ音。
骨に当たる重い衝撃音。
何かが床に落ちる音。
転がる音。
そのあと。
体が崩れ落ちる音。
そして。
静寂。
王の声が静かに言った。
「姫が脱落すれば」
「騎士は処刑だ」
ナナは動かなかった。
見えない。
何も見えない。
それでも。
何が起きたのかは分かってしまった。
ナナの手が震えた。
それでも涙は落ちなかった。
ただ小さく笑った。
壊れたみたいに。
「……美しいものは」
「穢されちゃだめなの」




