5 馬鹿のすること(カリスト)
出会った瞬間、その女性に目を奪われた。
生き生きとした瞳と表情は魅力的だったし、その所作一つ一つをとっても目が離せなかった。
彼女は、道端で転んだ子供を助け起こして、けがに軟膏を塗ってやって、手を振って送り出す。
その様は、幼いころに会った初恋の少女を思い出させて、さらに惹かれてしまう。
目をそらして立ち去ろうとするが、どうしてもその場を離れがたくて、Uターンしてしまった。
そして、彼女にわざとぶつかり、声をかけた。
彼女はすぐに頬を染めて、誘いに乗ってくれた。
自分の容姿が女性に好かれるのは知っていたが、それが今日ほどありがたかったことはない。
一緒に街を周り、食事をし、そして、迷うことなく夜に誘った。
抑えることなどできなかった。
彼女も俺と同じく、熱のこもった瞳でこちらを見上げていたから。
遊び慣れているふうを必死に装っていたが、案の定、彼女は生娘だった。
さらに愛おしさが増す。
一度で終わらせるつもりはもちろんなくて──。
「はいはいはい、カリスト君の回想、そこまで!」
「お前が、しゃべらせたんだろう!」
「いや、そこまでしゃべると思わなかったよ。むっつりってこわっ、あいたっ」
カリストは、執務室の机の上に行儀悪く腰掛けていた、副官のロナンの頭を殴り飛ばす。
幼なじみなのもあって、この男は言うことに遠慮がない。
カリストの身分を気にして言葉を選ぶものが多い中、だからこそありがたい。
その言動がどう見ても伯爵家の嫡男のものに見えない件は、目をつぶっておく。
「それで? その彼女とはその後、どうなったのさ」
「……それだけだ」
「はあ? どゆこと?」
「朝起きたらいなくなっていた」
「ぶあっははは、やり逃げされてやんの! 天下のラルナ騎士団副団長、双翼と言われてる、カリスト=エクスデーロが、女に逃げられたっ、あいたっ」
「笑い事じゃない、彼女は、それから消えてしまったんだ! 痕跡一つ残さずに……必死で探したのに、見つからなかった。リズという名前も、ありふれた名前すぎて、手掛かりにもならない」
「公爵家の情報網をもってしても?」
「ああ」
ロナンは、目をすがめる。
「なあ、それさ、ある意味やばいんじゃない?」
「どういう意味だ」
「おかしいだろ。よくないにおいがプンプンする。数か月したら、子どもができましたーとか言って、結婚を迫ってくるんじゃない? そしたら、お前、どうするつもり?」
「それはない」
「なんで」
「子どもができない薬を飲んだ」
リズに「あなたの子どもが欲しい」と言われたときは、既に薬を飲んだ後だった。
あのセリフには正直くらりときたので、先に飲んでいなかったらどうなっていたかは実のところ微妙だ。
「あー、なるほどね。じゃあ、彼女に再び会えたとしても、子どもができました、っていった時点でアウトだな。っていうか、情報網に引っかからない時点でヤバいやつだから、とりあえず用心しとけよ」
「それはっ、リズはそんな人じゃない。見つからなかったのには、わけがあるはずだ」
「はいはい。王女も幼なじみも袖にして、なんでそんな怪しい女にひっかかるんだか」
「怪しくは……」
「もし、彼女が現れたら、俺が見定めてやるよ。まあ、出てこない方がいいけどね」
「ロナン!」
その後、カリストは、騎士団の情報網も少し拝借して、リズの所在を確かめようとした。
騎士団長にばれて叱られ、結果、団員たちまで、カリストの探す女性について、知るところとなった。
しかし、彼女は見つからない。
リズという名前すら偽名かもしれないとあきらめかけていた時、騎士団の訓練公開日に、団員たちのささやく声が耳に入った。
「すっげえいい女。おい、誰が声かける? あれ、でもあれ……」
もはや、それは訓練公開日のお約束だ。
出待ちをしている彼女たちに声をかけて、親しくなろうとするのも、別に悪いことじゃない。
遊びでないのなら。
幸い、騎士の誓いを立てたものには、まじめなものが多く、そんな不届きな輩はいなかった。
逆に泣かされるのは、騎士たちの方だ。
(俺も、泣かされる側なのか?)
真剣に悩み始めた時、騎士団の事務官の青年が、カリストの元にやってくる。
彼女を探す際にいろいろと世話になった情報部の青年だ。
「あの、カリスト様。実は今日、見学席に、先日お探しになっていた方と特徴が合致する女性が……」
カリストは、最後まで聞くこともせず、見学席に飛び込む。
──そして、驚くリズを確保したのだった。
リズに初めて会った時から、カリストは本気だった。
平民の彼女は、カリストが貴族だと言うことも、騎士だということも知らない。
彼女を抱いたのも、距離を置かれる前に、酒の勢いでコトをなし、彼女が断れないようにしようという、打算があったからだ。
当然のように、彼女の父親に殴られる覚悟もしていた。
だから、あれからずっと彼女を探し続けていたし、再会した時も、彼女が「結婚してほしい」とだけ言ったら、すぐに喜んでことを進めるぐらいの覚悟はあった。
でも、彼女は「妊娠している」のだ。
(俺ではない、他の誰かの子どもを)
酒場で酔いつぶれて、カリストは、ロナンとこんな会話をしたことがある。
『なあ、もし彼女が妊娠したって言って俺のところにやってきたら、それは、確実に俺の子どもじゃない。それでも結婚するっていったら、どう思う?』
『おいおい、頭冷やせよ。それは、馬鹿のすることだぜ』
『そうだな』
自分のしていることは、馬鹿なことだとは、わかっている。
「いいだろう。結婚してやる」
それでも、彼女の手を離すことができない自分の愚かさが、たまらなく、歯がゆかった。




