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魔法伯爵は恋をする ~あなたの子どもではありません~  作者: 瀬里@ピッコマ連載中


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3 イリスの選択

(来てしまったわ)


「リズ」は、王都にある、ラルナ騎士団訓練場のいかめしい鉄の扉を見上げた。

といっても、その鉄の扉は、今は開かれている。

騎士団の訓練場には、週に一度公開日が設けられており、広く一般市民の見学を受け入れていた。

今日はその公開日で、既に多くの市民が出入りをしている。

訪問者は主に、お目当ての騎士の雄姿を見ようとする、年若い貴族令嬢や街娘たち、それから騎士にあこがれる少年たちだ。

実力主義を標榜するこの騎士団は、平民はもちろんだが、優れた技量を持つ貴族の若者も入団するのだ。


今日のイリスは、カリストと会った日の、赤毛に翠玉の瞳の肉感的な美女──リズの姿だ。

扉近くで番をしている衛兵にじろりとにらまれたような気がするが、きっと気のせいに違いない。

姿変えの魔法は今日も完璧で、魔法伯だとばれるはずがなかった。



訓練場は、騎士の訓練エリアと、見学エリアに明確に分けられている。

見学エリアは、訓練エリアをぐるっと囲むような高い位置に作られている。

ベンチが置かれ、見学者に危険がないように、高さのあるフェンスで覆われている。

リズは、フェンスの前に陣取って、練習場を見下ろした。

会話ができるような距離ではない。

声援を飛ばせば届くと言った程度だ。

ただ、目を向ければ、お互いに相手が誰だかは認識できる。


「まあ、出ていらしたわ」

「カリスト様よ、いつ見ても麗しいわ」

「カリストさまあ」


途端に、ベンチから立ち上がった令嬢たちがフェンスにどっと押し寄せる。


(自分に保護魔法をかけておいてよかった)


リズは押されながら、おなかをかばう。

命を司る魔法伯アルベニス家の母体維持のための保護魔法だ。

全く心配はないのだが、やはり気になってしまう。


リズは、顔を上げて騎士たちの訓練風景を見つめた。

副団長のカリストは、整列した騎士たちをまとめる立場だ。

騎士たちの前に立ち、点呼をとる。

騎士団の鮮やかなブルーの制服は、彼にとてもよく似合っている。

陽の光の下で見る、癖の強い金の髪は、あの日の夜最後に見た時よりも明るい輝きを放っているし、青琥珀の瞳も一層鮮やかだ。

騎士としてはけして大柄ではない彼だが、その騎士服の下に隠された、膂力溢れるしなやかな体を、リズは知っている。


(な、何を考えてるの、私!)


思わず赤くなりながらも、リズは彼から目が離せなかった。





生まれてくるお腹の子どもを私生児にしない方法は、正直いくつかあった。

アルベニス家に忠誠を誓う家門はいくつかあるから、ビダルでなくても、適当な若者に依頼することもできた。

口も聞きたくないけれど、王弟に働きかけるという手段もあった。


でも、思ってしまったのだ。


(私は、カリストじゃないと、いやなんだわ)


結婚しないのが当然だった時には、諦めがついていたのに、いざ結婚しなくてはならないとなると、どうしても諦められなくなってしまった。

ただ、同時に、こうも思う。


(でも、それは私だけの都合だわ。だって、彼には……失恋しても忘れられない好きな人がいるんだもの)


カリストのことを徹底的に調べあげたのだ。

彼が失恋したのはもちろん知っていた。

リズは、失恋した彼の弱みに付け込んで、一夜の恋をしかけたのだから。


リズは、自分の想いと、カリストの想いとを天秤にかけて、今日ここに来る前、明確なルールを決めていた。


(きっとカリストは、私が魔法伯爵で、子どもができたと言ったら、結婚を断れないわ)


貴族の間でも、魔法伯爵というのは、特別な存在だ。

結婚を望まれて断ることは、例え、公爵家の人間だろうと難しい。

ましてや子供がいるとなったら、ほぼ不可能だろう。

他に好きな人がいるかどうかなどは、どこかに追いやられてしまう。


だから、リズはこう決めた。


(もし、カリストがリズの姿を少しでも覚えていたら、本当のことを話そう。だって、覚えてるってことは、少しはリズのことが気になっていたってことでしょう? これから好きになってくれる可能性があるってことだもの。でも、もし、気づかなかったら……)


リズは、ぎゅっと唇をかんだ。





訓練の公開時間は、終わりに近づこうとしていた。

カリストは、気づかないどころか、こちらに視線を向けようともしない。

これは完全に想定外だった。


(こっちを見てもらうために、ちょっとした魔法を使うぐらいは、ルール違反じゃないよね?)


リズは、風の魔法も使える。

カリストの目をこちらへ向けるために、近くの令嬢の帽子を魔法で飛ばして、訓練場の中に落としてみることにした。

魔法をかけるため、小さく詠唱を唱えようとする。

その時、カリストのそばに、騎士服を着ていない文官の青年が近づき、小声で何かを告げた。

リズは、カリストの用事が済むまで、魔法の詠唱を止めて待つことにする。

カリストの体が緊張に強張るのが、遠目にもよくわかった。


(何かあったのかしら?)


眉をしかめて息をつめるリズの視線の先で、カリストはくるりと見学エリアに向き直ると走り出した。

こちらに向かって走ってくる副騎士団長の姿に、令嬢たちは、キャーっと嬉しそうな悲鳴をあげる。


カリストのあまりにもすごい勢いに、リズは、カリストの視線の先を追って周囲を見回す。

非常事態かもしれないと思ったのだ。

自分が、魔法で周囲の令嬢たちを守るべきかもしれない。

保護魔法の詠唱を始めようとした時──


「リズ‼」

「え?」


急に自分の名前が出てきて、リズは、びっくりしてカリストのほうを見る。

その眼前に、フェンスを飛び越えたカリストが、降ってきた。

見事な着地を決めたカリストは、跳ね上がるように起き上がると、リズの手首をつかんでくる。

あまりの勢いに驚きリズは、背をのけぞらせた。

お互いの視線が絡む。

カリストの青琥珀の瞳は、苛立ちや、怒り、そんな色をにじませていた。


沈黙が落ちる。

カリストは、ぶしつけにリズの顔を見つめていたことに気づいたのか、ばっと顔をそむけた。


「……話があるんだ。そこの応接室で、待っていてくれ」

「……はい」


よくわからないままに、返事をしたリズは、駆け寄ってきた見習い騎士によって、応接室へと連行されたのだった。





応接室に連れて来られると、見習い騎士の青年は、チラチラとリズを横目で窺いながらお茶をだしてくれた。


(カリストは、怒っていた……よね? 私、何かした?)


カリストのあまりの剣幕に、リズは、正直混乱していた。

ちょっと目が合って、お互いにほほ笑みあうぐらいのことができれば、彼が仕事が終わる時間まで待ち伏せしていようと思っていたのだ。

その程度だったのに、カリストのあの様子は、何だったのだろう。

正直何かとんでもないことが起こっている気がする。


(ひょっとして、一晩遊ばれたのを、怒ってる? 私が魔法伯だってばれてる? それとも、あの後何か事件があって、私が犯人だと思われているとか?)


最後が一番あり得そうだった。

リズは、何かの重要参考人なのかもしれない。

だとすれば、見習い騎士が、あんなふうにチラチラとリズの様子を窺うのもうなずける。

ノックの音がして、今度は、見習いでない正騎士の服装をした、垂れた目と目元のほくろが特徴的な、茶色の髪の青年が入ってくる。


「お茶、冷めましたよね。お取替えしまーす」

「ありがとう……」

「いえいえ、うわっち」


お茶は全く冷めていない。

あきらかに、リズの顔を確認しにきただけだ。

ますます重要参考人説は濃厚だ。

しかし、この騎士は、お茶をこぼしてやけどをして、何をやっているのだか。


「手を出して。手当てをするから」

「いやいや、いいです」

「騎士の手は国を守るためのものよ。それを損なう行為を見過ごすわけにはいかないわ」


リズが強引に垂れ目の青年の腕をつかむと、彼は観念したのかおとなしくなった。

ポケットから出したのは、リズの魔法が練り込んである塗り薬だ。

このように常に薬を持ち歩くのは、魔法伯のたしなみだ。


青年の手に薬を塗っていると、急に応接室の外が騒がしくなる。

ノックと同時に、カリストが飛び込んできた。


「遅くなってしまってすまない……ロナン、これはどういうことだ?」

「カリスト副団長。これはですねえ、」

「やけどをしたので手当てしているの」

「ならば、すぐに医務室へ行け!」

「ええ? せっかく手当てしてもらってるのに」

「ロナン!」

「はーい、じゃあ、またね、リズ嬢」


垂れ目の騎士ロナンは、人懐こくそう言うと、リズに手を振って出て行った。


騒がしい騎士がいなくなると、応接室の中は、しんと静かになる。

リズは本当に重要参考人なのだろうか?

だとしたら、まずは誤解を解くことから始めないといけない。


「あの」「その」


被ってしまった。


「カリストから、先に、どうぞ」

「今日は、どうしてここへ?」

「……あの、ちょっとカリストの顔が見たくなって」

「俺も、お前の顔が見たかった!」


食い気味にくるのはなぜだろう。

どうも、重要参考人の顔が見たかったわけではなさそうだ。

何だか、自分の都合の良いように、解釈したくなってくる。


「ねえ、私は、どうしてここに呼ばれたの?」

「それは、……」


カリストは、立ち上がると、つかつかと入り口に向かい、バンっと扉を開けた。

途端に、支えを失った、ロナン、見習い騎士、他数名が、よろけて部屋に倒れ込む。


「お前ら!!」

「すみませんー!!」


逃げていく彼らを見送って、カリストは、ガシガシと頭をかく。


「リズ、これから、街に出ないか?」

「え?」

「ここでは落ち着いて話せない」


そう言って、カリストは、青琥珀の瞳を柔らかく細めて、リズに手を差し出す。


(これは……、これは、デートのお誘い、ということで、いいの?)


勘違いすべきではないと思いながらも、リズは、心臓が、勝手にばくばく言い出すのを抑えることができなかった。

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