19 結婚式
結婚式の日は、秋晴れの穏やかな日だった。
家族と、親しいつきあいのある者のみを招いた結婚式は、教会で厳かに執り行われた。
イリスは、体を締め付けないエンパイア・ラインの純白のドレスを身にまとう。
カリストも色をそろえたジュストコールでイリスの脇に立った。
歩くたびに裾から翻るレースが、人々の視線を集めた。
結婚式は手順通りに進み、誓いのキスの場面になる。
カリストの手で、イリスのベールが持ち上げられた。
金の髪を片側だけアップにしたカリストは、いつもと違っていて、イリスは思わず見とれてしまった。
「素敵です」
ベールを上げたカリストの顔を正面に見つめて思わずつぶやくと、カリストの頬にわずかに赤みがさす。
この後は、額へのキスの予定だ。
(え?)
カリストの顔が思った以上に近づいてきて、イリスは驚く。
頬の限りなく唇に近い場所に、カリストは、唇を触れさせた。
そのまま、あなたも、とてもきれいです、と小さく囁いて、離れる。
参列者からの拍手に、カリストは、手を上げて応えるが、イリスは、手に持ったブーケに顔を埋めさせた。
──真っ赤になっているに違いない頬を、精一杯隠すために。
教会で式を挙げた後は、アルベニス家本邸の中庭で披露宴を行う。
両家族と親しい家の者だけが招かれている。
領民には、結婚をすることは公知してあるが、特にセレモニーなども行うつもりはない。
二月後には領の感謝祭があるので、そこで結婚のお披露目をする予定だった。
イリスは馬車に乗り込んで、教会から本邸へと向かう。
「あ、ああの、先ほどのようなことは、ちょっと、やりすぎというか」
「そうでしょうか? 私たちが恋愛結婚ではないことは知られていますが、仲が良いことを見せつけるのは重要かと」
「……っ」
一瞬言葉を失ってしまったが、イリスは思い直す。
「そうですね、王女殿下にあなたをあきらめてもらうためには、重要です。ただ、あなたには好きな方がいらっしゃるでしょう? 誤解されたりしたら……」
「イリス様--っ‼」
そのとき、馬車の外から、イリスの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
一人ではない、大勢の声だ。
イリスが、思わず外を見ると。沿道には、多くの人が詰めかけていた。
「え? 何かあったのかしら?」
「領民があなたの結婚を聞きつけてお祝いにかけつけたのでしょう」
「え? だってそんな」
カリストは、イリスがうろたえている間に、御者に合図をして馬車の速度を落とさせた。
「さあ、手を振って」
カリストは、馬車の窓を開けた。
窓を開けたとたんに、「イリス様ーー」「おめでとうございます」と言った外からの声が大きくなる。
沿道には、多くの人が詰めかけ、拍手をしたり手を振ったりしている。
「あなたは、ずいぶん領民に愛されているのですね」
すぐそばからのカリストの言葉も聞こえづらくなるほど、人々は大きな声でイリスを祝福してくれている。
(どうしよう。うれしい)
イリスがカリストと一緒に沿道の人々に手を振ると、歓声がひときわ大きくなる。
(私は、この人たちのためにも、領主のつとめを果たさなくちゃ。この子と一緒に、この地を守っていくの)
イリスの手が、無意識におなかに触れる。
その手を、カリストがじっと見つめていたのを、イリスは知らない。
◇◇◇◇◇◇◇
結婚式の夜は、世間的には初夜を過ごすのが一般的だ。
けれど、カリストとイリスにそれは当てはまらない。
(にしても無防備すぎるだろう)
カリストは、昼間の結婚式と披露宴で疲れ切って眠ってしまったイリスにそっと布団をかける。
結婚式、披露宴と、大きなイベントを終え、緊張の糸が切れてしまったのだろう。
薄いネグリジェで寝室に現れた彼女は、ほとんど話をすることもなく、糸が切れるように眠り込んでしまった。
そして、こんな時ですら彼女は、守るようにおなかに手をあてている。
年齢よりも幼く見える彼女の寝顔を眺めながら、カリストは昼間のイリスの姿を思い出す。
昼間も、おなかに愛しげに手を当てているイリスの姿がたびたび目に入った。
そのたびに優しい顔をする彼女に、言いようのないもどかしさを覚えた。
「あなたの子どもの父親はいったい誰なのですか?」
魔女の夫は詮索しないのが、貴族社会での暗黙のルールだ。
私生児に対する爵位継承を制限するあの法案が通った時、真っ先に頼りにすべき者のはずなのに頼れないということは、きっと既婚者なのだろうと踏んでいる。
「それでも、少しは助けるべきではないのか? いや、彼女が助けを拒んだのかもしれないな。高潔な方だから」
魔法伯として遠い存在だった彼女の高貴な精神を目の当たりにして、騎士としての感覚が揺さぶられた王宮舞踏会。
あの日以来、カリストは、彼女のそばにいて彼女を守ることは、騎士としての自分の務めだと思っている。
イリスとの結婚を決めた理由が、王女殿下からの求婚を断るためではないことは、もちろんイリスに伝えるつもりはない。
それを知ったら、彼女は負担に感じてしまうだろうから。
そして、もう一つ、イリスの負担になると思い伝えていないことがある。
──カリストが命を狙われたのは、今回の毒の件が初めてではないのだ。
討伐任務の帰りや、王宮の深夜勤務を終えての帰り道、カリストの元には刺客が現れた。
いずれも撃退したが、襲撃者を捕らえるには至っていない。
以来、公式な予定通りの行動は、極力避けることにしている。
今回は、公爵邸の護衛騎士隊も一緒だったため、油断をしていた。
明らかにカリストの落ち度だ。
イリスに久しぶりに会えることで浮かれていたのかもしれない。
(それにしても、王弟殿下がそこまで本気だったとはな)
イリスは、王弟が彼女を愛しているのではないと言いきったが、カリストは疑っている。
人を殺してまで手に入れようとする執着は、もはや愛の一種なのではないだろうか?
「もう、絶対に油断などしない。でないと、早く離婚すると言い出すだろうし」
(今後は、どんな危険にさらされようと、彼女にそれを悟らせるような愚を犯すことはしない)
眠っているイリスの頬をつつくと、彼女は眉をひそめて頭をぶんぶんと振る。
そのしぐさは赤毛の彼女を思い出させたが、彼女を思い出すときに感じていた刺すような痛みはだいぶましになってきていた。
このまま会わないでいれば、きっと時が忘れさせてくれるに違いない。
忘れさせてくれるのは、時ではなく、目の前で眠る彼女なのかもしれない。
会わなければきっと──。
カリストは、イリスの寝顔を見つめながら、そっと自らの目を閉じ眠りにつくのだった。




