11 初恋2
手にいっぱいの花束を持って、イリスは、カリストの家の正門から堂々と入る。
カリストにもらった招待状を見せると、門番は、聞いておりますよ、とにっこり笑って、すぐにイリスを会場へと通してくれた。
パーティ会場は、邸とは独立して建てられたホールだった。
会場に着くと、すぐにカリストが気づいて近づいてくる。
(王子様みたい)
金糸の刺繍で縁どられた白い衣装を着た姿は、まるで、絵本の中から抜け出てきたかのようだ。
満面の笑みを浮かべて迎えてくれる姿に、イリスは思わずみとれてしまう。
「イリス」
「カリスト、お誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
「ありがとう、あの日の花ばっかりだね」
「へへっ」
イリスが花束を渡すと、カリストは、すぐにあの日一緒に見た花ばかりだと気づいて喜んでくれた。
「あとで、お気に入りの場所に案内するよ」
「うん」
カリストは主役らしくあちこちから声がかかり、イリスとそれだけ話すと、すぐにいなくなってしまった。
イリスは、パーティ会場できょろきょろしていると、周りから色とりどりのドレスを着た少女たちがイリスのところにやってきた。
(かわいいっ。お友達になりたい)
「あなた、さっきカリスト様と親しげに話しいたわね。どこの家門の子?」
「えっと」
(アルベニスだと、怖いって言われるかな。それに、今日は髪を茶色にしてるから信じてくれないかも)
魔法伯アルベニス家の特徴は、黒い髪に赤い目だ。
一目でわかってしまうため、お忍びの外出時には、茶色の髪にするのが常だった。
イリスも、今日は茶色の髪にしていた。
「私はイリスよ。家門はないしょだけど、あなたたちも仲良くしてくれる?」
「姓がないの? 平民じゃない。ドレスもみすぼらしいわ」
「どうやって、招待状を手に入れたのよ?」
「この子、贈り物に花しか準備してなかったのよ」
「花だけじゃいけないの? じゃあ、今度贈り物持ってこなくちゃ」
「何言ってるの!? ここは、あなたみたいな子が来ていい場所じゃないのよ。カリスト様も迷惑してるに違いないわ」
「え、迷惑なの?」
「ほら、あなたの贈った花、もうないわよ。捨てられてしまったんじゃない?」
確かに、誕生日プレゼントがたくさん置かれた一角には、イリスの渡した花は置かれていなかった。
少女たちは、口々にイリスに否定的なことを言ってくる。
イリスは、この年まで、同年代の子どもたちと遊んだことがなかった。
よって、同年代の子どもたちの悪意や嘘にさらされたことがなかった。
彼女たちの言っていることは全て真実で、自分のために言ってくれたのだと──信じてしまった。
「……帰る」
イリスは、悲しい気持ちになって、その場を去る。
会場から飛び出して外に出て、林の奥へと向かう。
自然と以前通った、カリストとの思い出のある場所へと足が向かってしまった。
(壁に穴を開けて帰ればいいや)
そう思いながら、とぼとぼと、雪の残る林の中へ歩いて行った。
ふと、背後に人の声を聞いた。
「……ない」
「カリスト!」
遠くにカリストの姿が見える。
カリストが迎えに来てくれたのだ。
わざわざ会いに来てくれたのだから、イリスが邪魔だと言うのは、きっとあの令嬢たちの間違いに違いない。
イリスは、満面の笑みで、すぐに振り向いて、カリストのほうへ走ろうと……した。
ずるりと、足元が滑る。
バランスを崩し、雪に隠れた池に、イリスの体は、吸い込まれていった。
「イリス‼」
遠くでカリストの声が聞こえた。
そして、イリスが再び気づいた時、池のそばで横たわるイリスのそばには、ずぶ濡れで冷え切ったカリストの姿があった。
「あの子のせいよ!」
「あの子が、カリストのこと、池に突き落としたのよ」
イリスは、カリストを追いかけてきたらしい令嬢たちを見つけて、助けを呼んでくれるようお願いした。
彼女たちは、助けを呼んでくれたが、口々にイリスのことを犯人だと言い始めた。
イリスは、池に落ちたけれど、魔法のかかった衣服のせいで、濡れていない。
対するカリストは氷の池に落ちてずぶ濡れで、今は、医者が診ている。
それをいいことに、勝手に決めつけたのだ。
「カリスト様は、あなたのせいで、ひどい目にあったのよ。きっと嫌われたんじゃない」
「あなた、公爵様たちから、ひどい罰を受けるわよ」
パーティはお開きとなり、家に帰される令嬢たちは、イリスに毒のような言葉を植え付けていった。
イリスは、カリストが心配すぎて反論する気にもならなかった。
イリスが気が付いたときは、池に落ちてからだいぶたっていたらしい。
冬の寒さの中、水に濡れて冷え切ったカリストの意識は戻らなかった。
難しい顔をした人が部屋に出入りする中、状況はよくないことがわかった。
イリスは、まだ、今のカリストを助けられるような魔法は身につけられていない。
イリスにできることは何もない。
そんな時、イリスはふと気づく。
(お母様なら!)
イリスは、公爵家を飛び出した。
その後のことに、イリスはあまり関わっていない。
大人たちがうまくやってくれた。
カリストは、母の魔法で助かったし、カリストの会ったイリスが、イリス=アルベニスであることは、伏せられた。
イリスは、申し訳なさ過ぎて、その後、カリストに会いに行くことができなかった。
『きっと、カリストは、あんなひどい目に会わせたイリスを嫌っている』
『公爵様たちは、イリスに罰を与えたがっている』
そう思うと、面と向かって顔を会わせる勇気が、きゅうっとしぼんでしまうのだ。
それ以降、イリスは、子どもたちの集まりへ参加しなくなった。
ただ、カリストへの罪滅ぼしのように、魔法と研究へ没頭し続けた。
──それが、イリスの初恋と、初めての失恋だったと気づいたのは、だいぶ後になってからだった。
◇◇◇◇◇◇◇
イリスは、カリストの邸の離れを出て、アルベニス領へ戻ってきていた。
つわりの時期も終え、一時期つらかった花の香りも今は全く気にならない。
執務室の窓を開けると、部屋いっぱいに広がる花の香りを楽しんだ。
机の端の銀のトレイに置かれていたた青琥珀のイヤリングは、引き出しの隅の見えない場所にしまいこんである。
捨てることができないのは仕方がない。
十五年間のこじらせてしまった片思いは、捨てるには、まだ生々しすぎた。
『カリスト、この子は、あなたの子どもじゃないの』
あの日、そう告げた後のカリストの顔を、リズは見られなかった。
驚かれたならいい。
でも、ほっとした顔をされたら、立ち直れそうになかった。
『だましてごめんなさい』
それだけ言うと立ち上がる。
待て、と言うカリストの手を、身かわしの風魔法を使って、するりとすり抜ける。
事情を書いた手紙はもう残してあった。
そこには、子どもがカリストの子どもではないこと、リズが、公爵家の財産を狙って近づいたこと、王都の叔父と叔母は何も知らないのでどうか許してほしいと言うことが書いてある。
カリストが遠征から早く帰ってきたことのほうが、むしろ誤算だったのだ。
カリストの邸を、門を通らずに出入りする魔法を、リズは、既に十五年前に習得している。
そして、リズは、エクスデーロ公爵家を後にした。
ノックの音がして、ビダルが執務室に入ってきた。
「今日は、お早いですね。イリス様」
「うん。いつまでも泣いてるわけにいかないもの」
「食欲も出てきたそうでよかったです」
「心配かけたわね。でも、もう大丈夫。この子のためにも、もううじうじするのはやめるわ。これからのことを考えないとね」
十五年も初恋をこじらせてしまうようなイリスだから、これからもたびたび思い出してしまうだろう。
ただ、言葉だけでも、前向きにいきたい。
イリスの性格を見抜いている幼なじみ兼執事は、何も言わずにほほ笑んで、書類整理に入る。
「これはいかがいたしましょう」
「お断りしておいて」
ビダルがイリスに提示したのは、王弟からの求婚書だ。
王弟は、相も変わらず、イリスに月に一回は求婚書を送り付けてくる。
今年二十六になる、国民に人気の王弟殿下がイリスにご執心なのは、かなり有名な話になりつつある。
婚姻をせずに血をつなぐ魔女の因習を否定するような法案を通したのも、この王弟だ。
普通に断っただけだと、また、来月も求婚書が送られてくるだろう。
いい加減に、この件もどうにかしなくてはならない。
──断って、その先に、イリスはどうすべきか。
答えはわかっているのに、まだ決めることはできなかった。
ビダルが、何か言いたげにこちらを見るのを、イリスはあえて無視する。
「イリス様、第二王女殿下の成人式典と舞踏会があります。こちらのご欠席は難しいでしょう」
「そうね。そろそろ健在な様子を見せておかなければならないわね」
イリスは、ため息をつきながらも、式典への出席を決める。
この式典が、イリスとカリスト、二人の運命を決めることになるとは、イリスはまだ知らなかった。




