「私もここから、駆けて行く」
世界を救う旅。
別の世界の、おぼろげな記憶の通りにはじまった。
あれから、再び目覚めた魔法人形と出会い、各国の王たちと面会。
厳かで煌びやかな聖女と魔法人形の出立式を経て、今、馬車に乗っている。
「……うえ……う、うう……」
ひどい乗り物酔いが、エリーを襲っていた。
これまで馬車に乗ってきて、こんなことはなかったのに。
「エリー、大丈夫ですか」
「う、うん……ごめんね」
「気にしないでください。少し寝てくださいね」
「……う、うう」
どうしよう。この天使。
まさか膝枕してくれるなんて。
本当は少し、護衛の騎士に貰った薬のおかげで楽になってきているけど。
これを逃したら、二度と膝枕してもらえないのではないか。
(……この気持ちは、いったい)
尊いとか、傍に居たいとか。
それだけだろうか。
友達や家族への愛情とも、どこか違う。
胸の中のなにかが、グルグル掻き回され、引き締まったり、暴れたりする。
(……あ)
アリアの左手が、エリーの手をそっと握った。
温かい。
手を握ってくれているだけなのに、全身を包んでくれている気がする。
全身だけじゃない。
心もだ。
アリアはきっと、どんなエリーも受け入れてくれる気がする。
別の世界の最後の瞬間、そうしてくれたように。
内気な性格のエリーも、今みたいにちょっと背伸びしたエリーも。
ちゃんと見据えて、受け入れてくれるのではないか。
「……アリア」
エリーはアリアの左手を握り返す。
首を傾げたような声が、アリアから小さくこぼれた。
「ごめんね」
「大丈夫ですよ」
「……うん」
エリーは少し、恥じていた。
セリアノ宮で、アリアに強引に迫り、華やかに着飾らせたことを。
そんなことをしなくても、アリアは十分に綺麗だ。
ありのままでもいい。
どんなアリアでも、好きだ。
(……でも、可愛いアリアをみんなに見てほしいもの)
この旅の先、どこの誰にもアリアを悪く言わせない、という感情も巻き上がる。
これはこれで大事なことだとエリーは思った。
矛盾しているが、別の形でアリアを守ることになる。
渦巻くモヤモヤは解決しないが、今はぐっと抑え込もう。
アリアの左手の温もりを、じわりと感じながら、目を閉じる。
次第に睡魔が押し寄せ、エリーは夢を見た。
夢の中で、エリーはなにかを掴んでいた。
アリアの左手かと思ったが、違う。
当然だ。
アリアの左手は、あの日――
『エリーさん、ここで待っていて』
迫りくる狂気を孕んだ魔の手を前に、アリアが微笑んだ。
『絶対に助けるから。全部、変えてみせるから』
……何を?
『待っていて』
そう言ったアリアが、剣を握る。
迫る魔の手を弾き飛ばし、駆けて行く。
やがてその姿は光に溶けて消え、別の誰かがエリーの前に立つ。
『行こう。私たちもできることをするんだ』
ガタン。
馬車が大きく揺れて、エリーは目を覚ました。
座席から転げ落ちたエリーをアリアが抱き支えてくれている。
「ヴェムネルだ!!」
魔法人形の声が、聞こえた。
ヴェムネルというのは、世界を蝕む邪悪の怪物の名だ。
馬車の窓から見ると、遠目からでもわかる、異様な猛獣の姿があった。
禍々しい狂気を放つそれは、人よりも大きな身体で、一歩踏み出すたびに地を揺らす。
全身から無数に生えた角は、悪意そのもののように天を衝いていた。
爪と牙は赤黒く、大きな口から吐きだされる赤い息は、大地を焼いているように見えた。
そのヴェムネルから逃げるように駆ける、一台の馬車も見える。
「助けなくては……!」
アリアが窓から身を乗り出した。
護衛騎士が押しとどめようとしたが、アリアは首を横に振る。
「それでも、私は……!」
恐怖を押し殺し、駆ける馬車から飛び降りようとするアリア。
その瞳に、力強い意志の光が映っていた。
別の世界のアリアの瞳と同じだ。
(あの瞳の光を消さないために、私も……!)
すでに駆けだしていったアリアの姿を見据える。
震える身体を叱咤して、エリーは意を決した。
「アリア、すぐ追いつくから」
自分にだけ聞こえるほどの小声をこぼす。
前の世界の記憶も、それ以外も、なにもかもを掻き集めて、勇気に変える。
なにもかもを受け入れて、救ってくれた少女のために。
私もここから、駆けて行く。
本作は、「みすぼらしいと罵られた聖女ですが、冷徹な魔法人形と世界を救います~失われた剣の力で、圧倒的な強敵と世界の絶望を斬り開く~サンクトロ救国編」のエリー視点スピンオフです。
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