想いが溢れでそうですが、ボロを出すわけにはいきません
別の世界の記憶。
ほとんどはおぼろげ。
しかしひとつだけ、はっきりと覚えている。
旅の結末の記憶を。
聖女として世界を救う旅の中。
エリーたちは、強敵の刃に倒れる。
その強敵が誰であるかは覚えていない。
なのに、旅の仲間だった漆黒の髪を持つ少女の姿だけは、閃光のように煌めいている。
ボロボロになりながらも、最後までエリーたちの盾となり、戦い抜く少女の姿。
あの日の直前まで、ほとんど会話を交わさなかったのに。
彼女の瞳は、最後の瞬間まで強く、優しく、私たちに向いていた。
――アリア。
漆黒の髪を持つ少女の名。
この世界で彼女の名を聞いた瞬間、エリーは心の内で歓喜した。
(……この気持ちはなんだろう? 別の世界の私の想いが加わっているから、溢れ出ているのかな?)
アリアのためなら、なんでもできる。
一生涯、傍にいたい。
内気だった自分から溢れ出る想いに驚きつつも、ぐっと堪える。
(ダメよ。アリアとは一応……初対面なんだから)
想いを暴走させて、アリアに嫌われてしまったら最悪だ。
せっかく託された別の世界のエリーの想いが、台無しになる。
それだけは避けなくてはならない。絶対に。
大丈夫、冷静に。私は清楚な、そう、伯爵令嬢だもの。
「アリア、ハザトロト神殿に行ってみない?」
気を取り直し、エリーはアリアに提案してみた。
ハザトロト神殿は、聖女のためのロクナンド神殿と対になる、貴い社だ。
そこには、すでに目覚めているらしい魔法人形がいる。
別の世界の記憶だと、エリーはそこで聖女として認められていた。
思い出せないが、おそらくアリアもその時に聖別されたはずだ。
そしてその記憶は、この世界でも現実のものとなった。
溢れかえるほどに集まった自称聖女たちの中。
エリーとアリアは、驚くほどあっさりと、神殿から聖女として認められた。
(……良かった)
正直なところ、聖女として認められる瞬間までかすかな不安があった。
この奇妙な記憶が、ただの妄想だという可能性もあったからだ。
しかしここまで来れば、間違いない。
「さあこちらへ、聖女さま」
恭しく頭を下げるハザトロト神殿の神官。
彼の礼を受けて、エリーはアリアの手をそっと握る。
「アリア、行こ?」
声をかけると、アリアが小さく頷いた。
――尊い。
みすぼらしく、ざんばらな髪だが、アリアの瞳は神々しい。
彼女と共に聖別されるなんて夢のようだと、心が震える。
しかし、溢れでる想いは再び必死に抑えた。
エリーはアリアの手をそっと引くだけに止め、神殿の大広間を進んでいく。
大広間の奥に控えていたのは、目覚めたと言われていた伝説の聖物、魔法人形だった。
銀色の髪に、金色の瞳。
人形とは思えない美しい肌。
エリーとアリアを見て立ち上がったその動きは、人間そのものだ。
「……君たちが」
やはり人形とは思えない美しい声音が、魔法人形から流れでた。
その様子に、アリアも驚いている。
ところがそのあとすぐ、さらに驚くべきことが起こった。
「……まさか、君は……」
魔法人形がアリアを見つめて、震えだしたのだ。
そして、まるで糸が切れたように、床へ倒れ伏した。
あまりにも奇妙な出来事に、エリーは首を傾げる。
「……アリア、もしかして知り合い……?」
「……そんなわけ、ないです」
アリアが魔法人形を見据えたまま、目を細めた。
特に、なにかを隠しているようには見えない。
むしろ驚きすぎて息苦しそうだった。
エリーは彼女を気遣い、共にハザトロト神殿を後にした。
そうして次に向かった場所は、ロクナンド神殿だった。
聖女のために建てられたその神殿の最上層に、聖女のための宮殿「セリアノ宮」があるからだ。
神殿の荘厳な門の前に着くと、神官や騎士たちが恭しく礼をし、歓迎してくれた。
その歓迎はセリアノ宮に辿り着くまでつづいた。
「……美味しかったね、アリア」
王や皇帝はかくの如くかと思うほどの待遇と、晩餐を享受し、エリーは胸をいっぱいにする。
アリアも満足そうだったが、その表情には疲労の色が見えた。
エリーは女性神官を呼び、寝室への案内を頼む。
女性神官がすぐさま応じ、セリアノ宮の奥の部屋へ案内をしてくれた。
「……アリア、疲れちゃった?」
「え、ええ……」
ふらつくアリアが頷く。
緊張が解けたことで、疲労が一気に押し寄せてきたのだろう。
聖室と呼ばれる寝室に辿り着いた時には、朦朧としはじめていた。
エリーは懸命にアリアを支え、寝台へ横たわらせる。
「……明日になったら、なにもかも……夢になって……いる……かも……」
アリアが苦笑いしながら、目を閉じた。
「そんなことないわ。アリアは私の……光だもの」
別の世界の記憶を思い出し、エリーは首を横に振る。
記憶の中の、アリアの瞳。
エリーの心を救ってくれたアリアの光を忘れることはない。
だから今度こそ、この世界で――
「……アリア、大丈夫だよ」
「……ん、う……」
「明日が夢になっても、私は……今度こそ、一緒にいるから」
眠りに落ちていくアリアの手を、そっと握る。
疲労の色が滲んでいたアリアの顔が、微かに和らいだ。




