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婚約破棄されましたが、それどころではありません

伯爵家の令嬢であるエリーは、非常に美しい少女。

侯爵家の婚約者もいて、順風満帆な未来が約束されていた。


しかしエリーの心は内気で、人見知り。

貴族社会において、常に孤独を感じていた。

それだけではない。

彼女は毎夜見る「奇妙な夢」に悩まされていた。


奇妙というのは、目が覚めると夢の内容をほとんど忘れてしまうこと。

しかし、夢の中に幾人かの女性たちが現れることは、なんとなく覚えていた。

そのうちのひとり、漆黒の髪を持つ少女の微かな面影も。

夢の意味することなど分かるはずもなく、エリーは日々戸惑いの中にいた。



「婚約を破棄させていただきたい」



突如、侯爵家の婚約者から婚約破棄を告げられた。

理由は明白。

エリーがあまりにも内向的で、婚約者である彼はついに愛想を尽かしたのだ。



「ですが……その……!」


「なんだい?」


「……あの、そ、その……」


「こんな時ですら、何も言えないのか。本当に君というやつは……」



婚約者が呆れ顔を見せる。

彼の表情に、エリーは悔しさが募った。


言いたいことはたくさんある。

そもそも婚約者の彼は、最初からエリーを愛してなどいなかった。

エリーの美しい外見にしか興味がなかったのだ。

面食いの彼にはすでに、別の美しい婚約者候補がいるらしい。

それは非常に無礼なことで、咎めるべきことだった。


しかし、言葉が口から出てこない。

考えれば考えるほど、湧きあがる言葉が口の中で渋滞し、吐きだせなくなる。



「何も言わないということは、婚約の破棄を了承したということでいいね?」



エリーの性分を知っている婚約者が、ニヤリと笑う。

ようやくただ美人なだけの少女と縁が切れると、ご満悦だ。

そうと分かっても、エリーは何も言えず、首を縦に振るしかなかった。



伯爵家の屋敷への帰路。

エリーは自らの不甲斐なさに打ちひしがれる。

侯爵家の彼との婚約破棄は、エリーの伯爵家にとって大きな痛手となるからだ。


エリーの伯爵家は、裕福とはいえなかった。

代々お人好しで、領民に課す税を軽くし、蓄財にまったく興味を持たない。

おかげで伯爵家は先細りしつづけている。

そうした中での侯爵家との縁談は、最後の頼みの綱だったのだ。



「なに。気にすることはない」



屋敷に帰るや、父が温かい声で出迎えてくれた。

父は、エリーの婚約破棄についてすでに知っていたらしい。

ところが落胆の色などまったく見せず、彼女を抱きしめた。



「良縁となるのは、ひとつではない」


「で、ですが」


「むしろ清々した。あんな男、こちらから願い下げだ」



父が胸を張って言う。

母が父の言葉に同意して、大きく頷いた。

しかし、両親の言葉を聞いてもなおエリーの心は晴れない。

伯爵家の懐事情は分かっているのだ。



「そんなことは心配することですらない」



再び、父が胸を張って言う。

万が一伯爵家が取り潰しとなっても、皇帝領となるだけで領民に迷惑は掛からない。

自分たちも、今より多少貧しくはなるが生きていけないわけでもない。

そんなことよりも大事なことがあると、両親の手がエリーの手に重ねられた。



「大事なのは、エリーが何をしたいかということだ」



家のことや、結婚だけが人生ではない。

仕事や趣味なども、時には大事なことだ。

恋人よりも、友人が大事となることだってある。



「エリーが思っていることすべてに、素直になってごらん」



両親が口を揃えて言った。

ふたりは、エリーがただ内気なだけとは思っていない。

本当は心の内に言いたいこと、やりたいことをたくさん抱えていると知っている。

その想いを解き放ってほしいと願っているのだ。


両親の言葉が、エリーの胸に沁みわたる。

エリーの心の奥にしまいこんでいる光を、引き出すように。



直後。

エリーの頭の中で、強い光が閃いた。

同時に、経験したことのない様々な記憶が呼び起こされる。

それは、別の世界での出来事のようだった。


エリーが今いるこの世界と同じに見えるが、どこかが違う。

どこか薄暗く、息苦しい。

その奇妙な世界を、幾人かの女性たちと旅していた。

彼女たちの中には、やはりあの、漆黒の髪を持つ少女もいた。



(こ、これって……?)



目覚めるたびに忘れてしまった、あの夢の記憶ではないか?

今度はなぜか忘れることなく、少し覚えている。

長い長い旅の記憶のうちの、ほんの少しだけではあるが。

そしてその長い旅の最後に、どうやらエリーはすべてを失ってしまうようだった。



(……これって、別の世界の、未来……?)



断片的に思い出された記憶が、エリーの心を突き刺した。

しかし、どうして。

こんな記憶が呼び起こされたのか。

底知れない不安がエリーの全身を締め付ける。



「……あら?」



不意に、母の声が鳴った。

母が、エリーの右手を覗くように見ている。

釣られて見てみると、エリーは驚きのあまり「あ!」と声をあげた。



「……これは、聖女の花の痣じゃないか……?」



ふたりの視線に気付いた父が、ふたりの思いを代弁した。

父の言う通り、エリーの右手のひらには花の痣があった。


古来より、身体に花の痣が浮かびあがった者は、聖女とされていた。



「……まさか、私が」



エリーは動揺を抑えきれず、ふらりと身体を揺らす。

慌てた両親はすぐさま彼女の身体を抱き支え、寝室に愛娘を運び込むのだった。


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