1-6話 遭遇 ルナティカス
リンドーが急ぐと言った理由が次第に分かって来た。
ものすごく嫌な予感がする。
ボスモンスターを倒したにしたって静かすぎるんだ。
魔物たちが襲い掛かってこないにしても、気配すら感じないのはさすがに異常だよ。
みんな何かに怯えて息を潜めている。
ソレが、これからやって来る。
もうすぐでダンジョンの入り口にたどり着けるところまで来た。
ここまでくればもう安心してもいいと思う。
あとは、ポータル(転送装置)から外に出ればいい。
「止まれスタン!!」
突然、リンドーが叫ぶ。
その瞬間、目の前の空間がズバズバっと切り裂かれると、あたりに邪悪な気配が充満し始めた。
空間の裂け目から、何かがこちらを見ている。
「ボーッと突っ立てるんじゃねぇ!! 構えろ!!」
リンドーに言われてハッとした俺は、剣を構え空間の裂け目を凝視する。
とても恐ろしい何かが、そこからはい出そうとしている事だけは俺もリンドーも察していた。
(アレは・・・)
そこに居た何かと目があったような気がした。
その瞬間全身を貫かれるような悪寒、目を通して脳に直接送り込まれるような憎悪に俺は襲われる。
そして、それがこの世界に飛び出してきた。
「スタン!!」
刹那の差だった。
空間の裂け目から飛び出してきた何かが、俺に向かってその鋭い爪を突き刺してくる。
リンドーが俺を放り投げてくれなかったら、今頃体が上下に真っ二つだったろう。
「ぐあっ!!」
「スタン無事か!?」
「少し掠ってたみたいだけど、なんとか…」
痛みをこらえて立ち上がり態勢を整える。
俺たちの前に現れたのは、白い巨大な狼だった。
血に染まったような赤い目、体中から発せられる邪悪な気配。
あまりのおぞましさに、脇腹の痛みがなければ正気を保っていられなかったかもしれない。
リンドーが俺とその魔物との間に入った。
「スタン。動けるならお前だけでも逃げろ。」
リンドーが俺に撤退を促した時、その魔物が口を開いた。
「逃げる? 我から逃げるだと・・・?」
普通の魔物は人の言葉をしゃべらない。
でも、高レベルの魔物は己の魔力を介して意志を人に伝えることができる。
それを容易くできるほどに目の前の存在は強大だった。
「逃がすものか人間。我が怒り、我が苦しみ、その身をもって償わせてくれよう。」
落ち着いたものいいとは裏腹に、ビリビリと伝わってくる激しい感情。
とてつもないプレッシャーがリンドーの後ろに居る俺にまで伝わってくる。
「あの双剣使いの気配を感じないとは…。あれほどの力を持つ者が我以外に倒されるとも思えん。どこに隠れたのだ。」
その魔物の視線がリンドー越しに俺に向けられた。
それだけで、俺の足は竦んで呼吸は苦しく、立ってられない程の恐怖を感じているのがわかる。
これは、出会ってはいけない存在だ。
「お前たちは何者だ。いや、何者でも構わん。ここで死んで行け。」
その魔物は周囲に赤黒い魔力の塊を複数浮遊させ弾丸のような速度で打ち出してきた。
一つ一つが俺のスラッシュなんかとは比べ物にならない威力だというのは言うまでもない。
「おいおい、俺を差し置いてスタンにお熱か? やけるじゃねぇか。」
そこにリンドーが割って入る。
前方から飛んできた魔力の塊を剣で弾き返すと、反撃のスキルを繰り出す。
「パワースラッシュ!!」
リンドーが使ったのはスラッシュの攻撃力をさらに高めた派生スキルのパワースラッシュだ。
ただ、直接打撃攻撃を行うのではなく斬撃のみを飛ばし、弾き返した魔力の塊を巻き込んで爆発を発生させている。
相手の攻撃を利用してこちらの攻撃を強力にするなんてさすがリンドーだ。
「今の内だスタン。ダンジョンから出るぞ。」
「うわっ。」
リンドーが俺を抱え、爆発で生じた土煙を隠れ蓑に魔物の横を駆け抜け一目散にポータルを目指す。
冒険者の腕輪をポータルの水晶部分にかざし「イーグレス(脱出)」と叫んだ。
しかし、ポータルは反応を示さない。
「なに…!? ダンジョンから脱出できないだと。壊れちまったのか? こんな時にッ!!」
リンドーがポータルを調べようとしたが、あの魔物はそんな時間を与えてはくれなかった。
一瞬で俺たちに追いつくと、前足で叩きつぶそうとする。
「こざかしい真似を…。言っただろう。我からは逃れられぬと。」
俺とリンドーはギリギリで交わしたが、ポータルが粉々になってしまった。
これじゃ、もうダンジョンの外に簡単に脱出することはできない。
「チィ!!」
「ほう、これも避けるか。傷を癒す時間が長すぎたせいで我もだいぶ鈍ってしまったようだな。忌々しい双剣使いめ…」
これで鈍ってるってどんだけ化け物なんだよ。
「さっきから、双剣使い双剣使いとウルセェよ。よっぽどクロスのやつに痛めつけらたのかお前。」
「なに…?」
「赤い目をした巨大な白い狼。お前、10年前にクロスとファウナが討伐隊に加わった魔物。何人もの冒険者を喰らったルナティカスだな。」
クロスとファウナ。
リンドーの口から出てきたその名前は、俺の父さんと母さんの名前だ。
10年前、冒険者協会からの依頼で強力な魔物の討伐隊に参加して、そして帰ってこなかった俺の両親の名だ。
「スタン。悪いが、お前を守りながらコイツと戦うのは無理だ。自分の身は自分で守れ。」
リンドーが全力を出さなきゃならない相手なんて、俺は見たことがなかった。
とにかく、息を整え、意識を切らさぬように集中する。
さっきとっさに避けた際、偶然回復ポーションがアイテム袋から出てきてくれて傷を回復できたのは幸運だった。
「我を前に臆さぬか…。あの双剣使いの仲間であればまぁそれもそうだろう。だが、そうやって立ち向かってきた奴の仲間も我の前になすすべなく力尽きた。貴様も同じことよ。」
全く動じないリンドーにルナティカスが小手調べのような攻撃を繰り出す。
「仲間? ふざけんな。あいつは敵だ。俺が倒す敵だ。」
正面からの攻撃を防ぎながら、リンドーも様子見の反撃を返す。
「そうか、残念だがもうそれはかなわぬ。ここで死ぬ運命の貴様にはもはや関係ない。」
「やれるもんなやらって見ろ、野良犬。」
リンドーがルナティカスを挑発する。
野良犬呼ばわりされたルナティカスは一瞬ピクッとして目を細めた。
どうやら滅茶苦茶プライドが高いらしい。
「言ったな。人間。」
流石リンドーだ。
相手の平常心を乱して自分のペースに持ち込もうとしている。
まぁ、リンドーって取得してないはずなのに挑発スキルがパッシブ発動してるところあるからなぁ。
「へっ、クロスの野郎に痛めつけられた負け犬が吠えるんじゃねぇ。さっさと本気出せ。こっちはもう今日のやることは終わって帰るところなんだよ。」
「貴様ぁ!!」
まんまとリンドーの挑発に乗ったルナティカスが、リンドーに向かって襲い掛かる。
恐ろしい攻撃ではあるが、その直線的な動きはリンドーの大剣がしっかりと受け止め反撃を繰り出す。
どんなに強力な攻撃でも力任せなだけであれば、リンドーは対処可能だ。
だが…
「がはっ…」
気が付くとルナティカスの尾から伸びた魔力の刃が俺に突き刺さっていた。
リンドーの挑発に乗った振りをして、逆にリンドーの注意を引き付けていたのか…
狙いは…俺…
「スタン!!」
リンドーが俺の方を振り向く。
それはつまり、ルナティカスに対して背を向けるという事だ。
ダメだよ…、敵を目の前にして意識をそらしちゃ…
「愚か者め。」
隙を見せたリンドーの背に、ルナティカスが強烈な一撃を叩き込む。
「ぐわぁぁぁ!!」
吹き飛ばされたリンドー。
俺は、父さんと母さんの仇かもしれない魔物を目の前にして、何もできずそのまま意識を失ってしまった。




