1-5話 初のボスドロップ
決着は一瞬だった。
生き残ったのは俺だ。
とは言え、脇をかすめた一撃でこちらも無傷とはいかなかったけど。
俺と山賊猪は、互いに動く瞬間を探り合った。
相手の動きに全神経を集中させ機会を伺い、攻撃の時を待つ。
ただ、その時、俺は自分の中の昂りが今までにない程に昂っていて、いつもと違う感覚を得ていたんだ。
なんというか、未来が見えた…いや、相手の動きや思考が予測できたという方が正しいか。
山賊猪がこちらに向かって踏み込んでくるタイミングが予測できた。
俺は、山賊猪が動こうとしたより一瞬だけ早く、こちらから仕掛け間合いを詰める。
山賊猪は、打ち合うか、受けるか、避けるかの選択をほんの少しだけ考えてしまい対応が遅れる。
その一瞬をついてスラッシュを山賊猪に放つ。
「スラッシュ!!」
「フゴォ!!」
だが、俺のスラッシュは身を翻した山賊猪に紙一重で交わされる。
今度は、俺が技を放った後の無防備な状態を相手にさらしてしまった。
俺の側面を取った山賊猪が、燃え盛る蹄『炎蹄』という必殺技を俺の脇腹に向けて叩き込もうとする。
「フガァァァァ!!!!」
しかしその一撃は、俺を捉えられない。
正確には、わずかに発生した俺の残像を山賊猪は攻撃した。
回避スキル『陽炎』によって発生した残像だ。
「フガ!?」
戸惑う山賊猪の胴体を、俺は渾身のスラッシュで切り裂いた。
陽炎は今まで使えてなかったから、成功するかは結構分の悪い勝負だったけどな。
「ガッ…、ガァァァァ!!」
消えていく山賊猪と目が合ったような気がした。
お互いの強さを称え合ったような、そんな一瞬だった…と思う。
一気に力が抜けて、その場に座り込んでいるとリンドーがやって来た。
「おつかれさん。どうだった。自分より強い相手と本気で戦った感想は。」
そう言いながら、リンドーは俺に応急処置をしてくれる。
「感想…? わかんないよ。なんか永遠みたいな一瞬で、何であんな動きができたのかもわからないし。でも、できるって確信を持っていたのも確かだし…」
「そうか、よくやった。しっかし、陽炎なんてスキルいつから使えるようになってたんだ? 完全に避け切れてなかったからまだまだだけどな。」
「やっぱ、リンドーみたいにうまくはいかないや…」
息を切らしながら俺は何とか立ち上がり、霧となって消えていく山賊猪を見送った。
「俺の真似をするとは生意気な奴め。」
「リンドーがよく俺に稽古つけてくれる時によく使ってたから何となくできそうかなって。」
「何となくって、確かに陽炎は回避の基本スキルだが、やってみましたでできるもんじゃないぞ?」
「あはは、やっぱ俺天才なんだよ。あだだだだだ。」
リンドーが俺の鼻をつまんで引っ張る。
「調子に乗るな。」
「いだい! いだいって! わかったわかったから。」
ならいい。とリンドーは俺の鼻を開放した。
「ま、何はともあれ、これでボスも討伐だ。おめでとさん。」
「疲れたぁ~」
「そうだ、ドロップちゃんと取っておけよ。何せ記念すべき初ボスドロップだからな。」
リンドーが、山賊猪が居た場所を指さす。
そこには宝箱が出現していた。
通常のモンスターは倒した瞬間にドロップアイテムに変わるが、ボスモンスターともなるとそうはいかないらしい。
「えっと、コレ鍵とかかかってないの?」
「ああ、倒したやつ自身が宝箱の鍵みたいなもんだ。宝箱の鍵のところ触ってみろ。」
「うん。わかった。」
宝箱の鍵のところに触ってみると、一瞬ピカッと光って宝箱が空いた。
中には真っ白ですごく奇麗な牙が入っていた。
「お、山猪の白牙か。これは結構レアだぞ。鍛冶屋のガストさんに頼めばいい装飾品にしてくれる。」
「へ~。どんな効果があるの?」
「それは、出来上がってからのお楽しみだ。さて、帰るぞ。」
「うん。そういえばあのハミングバードは?」
手に入れた山猪の白牙を丁寧に上着についているアイテム袋に入れ、帰る準備をしながら俺はあの山賊猪が助けようとしたハミングバードの雛についてリンドーに聞いてみた。
「ああ、目は直してやれなかったが、飛べるくらいにはなったからな、飛んで行ったよ。」
「そっか。このダンジョンこの後崩壊するんだよね。あの子どうなっちゃうのかな…」
「あ~、ダンジョン自体はなくなっちまうが、ダンジョン内のモンスターとかはどこかのダンジョンに転送されるらしい。」
「そうなのか、そっか、ならよかった。生き残れるといいな。」
「生き残るさ。俺が助けてやったんだぞ?」
何の根拠にもならないけど、リンドーがそう言って笑ったので大丈夫なように思える。
俺たちは、ダンジョンを後にするため入り口へと戻り始めた。
「リンドー。俺これで冒険者になれるんだよね?」
「ん~、どうだろうなぁ~」
「なんでだよぉ。ミッション達成してるんだろ。」
「まぁ、楽しみにしておけって。疲れてるだろ、これ飲んどけ。」
ニヒヒヒっと意地悪そうに笑いながらリンドーがポーションを渡してくれた。
リンドーはたまにすごく子供っぽいところがあって、その辺は記憶の中の父さんと似てる。
ゴクゴクっと飲み干す。
「くぅ~、疲れた体に染み渡りますなぁ~」
「その疲れ、ほとんど無駄な動きのせいだけどな。」
リンドーが何かを察したのか、突然周囲を警戒しながら見まわす。
「ちょっと急ぐぞ、ダンジョンの崩壊が思ったより早い。」
「え? ダンジョンの崩壊って、ボスを倒してからしばらくしてからじゃないの? こんなにすぐ起きないんじゃ…」
「もともとダンジョンのリソースが少なかったのかもしれん。とにかく急げ。」
「わかった。わかったから待ってよ!」
さっきまでと打って変わって、なんだかリンドーの雰囲気が硬い。
いつも余裕をかましてるリンドーが「嫌な感じだ…」と少し緊張した声色で呟いたのが俺の耳に入ってきた。




