5-12話 勇気の味
動けずにいる俺の目の前で、倒れたディノザウラスの体が駒切に切り裂かれ虚空へと消えて行った。
そして目の前に現れたのは、黒い毛並みの大きな狼の様な魔物。
以前の輝く月の様な白い毛並みではなかったが、感じる魔力はルナティカスの物で間違いようがない。
「なんで、何でアイツがここに居るんだよ。」
逃げなければならないと頭ではわかっていても、硬直した体が動いてくれない。
息をする事すら難しい程に体が固まってしまっている。
まるで、心臓を鷲掴みにされているような苦しさだ。
その魔物は、こちらを見ると一瞬でこちらとの距離を詰めてその鋭い爪を振り降ろす。
「バリアー!!」
体が八つ裂きにされる直前、アップが間に入って魔力で障壁を展開した。
見た事のない種類の魔力だ。
4つの魔力のどれにもなっていない、かといって変換される前の魔力そのものでもない。
アップに攻撃を防がれたのが余程意外だったのか、魔物は弾かれた自分の爪を見て不思議そうにしている。
攻撃を防いだアップの方はと言うと、衝撃波受け止め切れず吹っ飛ばされていた。
「アップ!」
「スタン。大丈夫・・・」
「お前のおかげで大丈夫だ! コイツはルナティカスじゃないけどルナティカスの何かだ! そうだとしたら俺を狙ってるはずなんだ。だからニーナを連れて逃げてくれ!!」
アップが吹っ飛ばされた場所は都合よくニーナの近く、もうこうなればニーナだけでも逃がすしかない。
「ダメだよスタン。冒険者は諦めちゃいけないんだ。」
そう言って立ち上がったアップに、魔物が襲い掛かる。
どうやら、攻撃を弾かれたことがとにかく不服だったらしく目標をアップに切り替えたようだ。
しかし、繰り出される攻撃をアップは見事にひょいひょいと器用にかわす。
「すげぇ・・・」
ところが、途端にアップが交わすのではなく攻撃をバリアで防ぐようになった。
「どうしたんだよ、動きが鈍くなったのか。」
答えは簡単だった。
魔物はアップが攻撃を避けるとわかると巧妙にアップの避ける方向をコントロールし、ニーナの方に近づくことでアップが避けたらニーナに攻撃の余波が当たりかねない状態を作り出していた。
「クッソ、あいつニーナを利用しやがった!」
どんどんアップが追い込まれていく。
ひたすら攻撃をさっきのバリアーで防ぐことしかできなくなってしまった。
それが防ぎきれなくなるのも時間の問題だとわかる。
「うわぁぁぁ。」
ついにアップのバリアーが破られてしまった。
それでもアップは立ち上がると、ニーナを守るため魔物の攻撃を受け止めようとする。
それが分かるのか、魔物はアップに爪を立てることはせず、尻尾で弾き飛ばしたり、蹴り飛ばしたりを始めた。
「あいつ、遊んでやがる・・・ッ!!」
それでもアップは、倒れても倒れても立ち上がった。
諦めちゃダメだという自分の言葉を証明するかのように。
きっとアイツはずっとそうしてきたんだろう、一緒に冒険を素してきた人間と一緒にただひたすら『諦めない』という冒険を。
「チクショウ! おれは、俺は何をやっているんだ!!」
勇気が欲しい。
この恐怖に打ち勝つ勇気が欲しい。
アップを助けに行きたい。
恐怖に縛られた心の中に怒りが芽生えた時。
俺の目にはさっきアップのリュックから取り出した『宝物』たちが目に入る。
さっきまでそれは使えなくなったガラクタの集まりにしか見えなかった。
だけど、アップと共に冒険をした人たちが、おそらく今のアップの様に諦めず立ち上がるあの姿を見たであろう人たちが、その人がアップに贈ったものがガラクタであっていいはずがない。
ガラクタにしていいはずがない。
たとえ世界がそうなるように仕向けたとしても、世界の理など、世界の法則など、この世界がそうと決めたことなど、俺は認めない。
「俺は、この世界の決定を否定する。世界がガラクタに変えてしまっても、俺がそれを覆す。」
この瓶の中にあるのは、『彼ら』からの願いだ。
影も形もない、だけどそこにずっとアップと一緒にあった願いだ。
だから俺がその願いを受け継ぐ、俺がそうと決めた。
俺は、アップのリュックに入っていたものを全部集めて一つの瓶の中に混ぜる。
混ざりあったそれはとてつもない異臭を放つ液体となった。
特別な効果なんてなくていい、そんなものより今俺の体を動かすための強い想いが欲しい。
「俺に力を貸してくれ! あいつを、俺とアンタたちの相棒を助けたいんだ!!」
グッと液体を飲み込む。
エグさと喉から食道そして内臓を焼かれたかのような痛みが駆け巡る。
視界もぼやけ、目がチリチリし出した。
「ガァァァァァァァァァ!!!!!!!」
まるで獣のように叫び、脳みそが爆発するような痛みを感じる。
だけどそれでいい。
先ほどまで感じていた恐怖などどうでもいいくらい体がパニックに陥っている。
だから立ち上がれる、だから動くことができる。
そうだ、忘れるな、これが彼らから託されたもの。
これから先、幾度となく訪れる困難のたびに想い出せ。
これが俺の『勇気』の味だ。




