4-5 それでも、その足を踏み出せたのなら
アップに話を聞くと、ニーナは苦しむグレイスさんのために母の形見の冒険者の腕輪を握りしめて祈っていたそうだ。
しかし、何かに気が付いたらしく、いきなり家を飛び出した。
アップが慌てて追いかけたところ、村の倉庫の前にダンジョンが出現していて、ニーナが上の空でそれに近づこうとしていたので大声で叫んだところ、ニーナが気が付いてアップの方に振り向いたがその瞬間ダンジョンから漏れ出した魔力にニーナが包まれてそのままダンジョンに吸い込まれたという事らしい。
「これがそのダンジョンか・・・」
ダンジョンの入り口というのは、魔力が一定以上溜まっている場所に発現するのが通常だ。
それがこんな村の中に出てくるなんて聞いたことがない。
新たに出現したダンジョンはその魔力を検知した冒険者協会によって調査され、中と外をつなぐポータル(転送装置)が設置されて冒険者たちに開放される。
ダンジョンの入り口は空間がゆがんでいて、ちょうどルナティカスが出てきた時空の裂け目の様だ。
あいつの様な化け物がそうそう居るとは思いたくないけど、このダンジョンはかなり強力な魔物がいるような気がする。
前の俺なら、せめてニーナを見つけて魔物から逃げて帰ってくるくらいはできたかもしれない。
「スタン。 速くニーナを助けに行こう! きっと怖い目にあってるよ!!」
アップがピョンピョンと跳ねながら、ニーナを助けに行こうとアピールする。
そりゃ、俺だって助けられるものなら助けたいよ・・・。
「スタン。どうしたの? 何で助けに行かないの? ニーナが心配じゃないの?」
「だってよ、俺は今、戦えないんだぞ。行って何になるんだよ。」
「そんなことどうだっていいでしょ。スタンは冒険者なんだから。僕たちの冒険の時が来たんだよ。スタン。」
アップは、当たり前のようにそう言って俺に背を向けた。
その背中には、いつも大事にしていた大きなカバンが背負われている。
「スタン。ボク、先に行って待ってるよ。ボクだって何かができるわけじゃないよ。だけど、ボク、ニーナを助けたいんだ。」
迷うことなく、躊躇うことなく、あいつはどこかなんだか楽しそうに、禍々しく歪んだ空間に飛び込んでいった。
「ちょ、おい、待てよアップ!!」
アップは禍々しく歪んだ空間に飛び込んで消えてしまう。
とっさにその禍々しい空間に手を伸ばしたが、俺は吸い込まれることなくただその空間の向こう側に手が通って行っただけだった。
「なんだよ・・・ちくしょう・・・。」
目の前に冒険があって、俺は冒険者になりたかったはずなのに、どうしてこんなにビビっちまってんだ。
俺は、父さんやリンドーみたいな冒険者になってこの村を守るはずじゃなかったのかよ・・・。
『どうしたスタン? 何をしょぼくれてるんだ? なんだまた喧嘩で負けたのか。お前は体が小さいからな。まったく何で喧嘩なんかしたんだよ。』
『弱っちいから冒険者になんかなれっこないって? ははっ、そんなことは言わせておけ。未来の事なんか誰もわかんねぇよ。』
『そもそもな、スタン。お前は冒険者が何なのかってわかってるか? 別に強くなくたって冒険はできるんだぜ。』
『自分のやりたい事のために、怖かったり不安だったりしてもソレに飛び込んでいける奴が冒険者っていうんだ。』
『お前は、すぐに悩むし、怖がってビビるし、そういった意味じゃあ冒険者の素質バリバリだと思うぜ、俺はな。』
『だからよ、そういったものを抱えたままそれでもソレを求めて足を踏み出せたのなら、その時がお前の冒険の始まりだ。』
いつだったか父さんと話したことが鮮明に蘇ってくる。
俺は、踏み出せるのか・・・
「スタン兄ちゃん!!」
「あっ、はい!!!!」
いつの間にかどこかに行っていたウィルが、息を切らせながらやって来た。
「はぁ、はぁ、どうしたの? そんなにビックリして。あれ? アップは??」
「ああ、あいつは、ニーナを助けにダンジョンに・・・」
「そっか、はぁ、アップは魔物だからダンジョンに自由に出入りできるのか。」
そういうと、ウィルは手に握りしめていた冒険者の腕輪を取り出した。
「これ、父ちゃんが使ってた冒険者の腕輪。ニーナが母ちゃんの使ってた冒険者の腕輪を持っててダンジョンに入ったなら、これが必要になると思って。」
ウィルは父親が使っていた冒険者の腕輪を見つめる。
「スタン兄ちゃん。コレがあればダンジョンに入れるよね。お願いだよ、一緒にニーナを助けに来て。」
ウィルは冒険者の腕輪をダンジョンの入り口であろう歪んだ空間に向けて掲げた。
しかし、何も反応を示さない。
「あれ、なんで・・・」
ウィルの肩に手を置く。
「ウィル。お前は、グレイスさんの所に戻れ。グレイスさんが目を覚ました時に誰もいなかったら困るだろ。ニーナは、俺に、俺とアップに任せろ。」
「でも、兄ちゃん一人で大丈夫なのかよ。やられちゃうよ。」
「そんなの、そんなの関係ない。俺は、俺は父さんを超える冒険者になるんだからな!」
ウィルの手から、冒険者の腕輪を受け取る。
「イングレス!!」
冒険者の腕輪を掲げ、ダンジョンに入る際の呪文を唱える。
その瞬間、歪んだ空間から魔力が漏れ出し俺を包み込む。
視界が揺れ、自分が別の場所に飛ばされる感覚。
そうだ。
俺は、ダンジョンに戻ってきた。
ビビって震えっぱなしの足と、不安で張り裂けそうな頭の中を抱えて。