3-14話 和解と決裂
アップに導かれ、俺は村の真ん中らへんにある広場にやって来た。
そこにはウィルとニーナがいて同じような動作を繰り返している。
「スタンはちょっとここで待ってて。」
アップはそう言うと、ウィルとニーナの元に走っていく。
二人に話しかけニーナの手を取るとこっちの方にまた戻ってきた。
「ニーナ。大丈夫だよ。いっせーのーせで一緒に言おうね。」
アップがニーナにやさしく語り掛け『いっせーのーせ』というと
「スタンお兄ちゃん。ごめんなさい。」
とニーナが俯いたままそう言ってくれた。
アップが飛び上がってニーナの頭をいいこいいこして『エライ!』と褒めたたえている。
俺は、とっさに膝をついて視線の高さをニーナに合わせる。
「いや、ニーナは何も悪くないよ。悪かったのは思い付きでいきなり予定を変更した俺だ。ごめんニーナ俺を許してくれ。」
ニーナは目を瞑ったまま首を大きく左右に振って
「怒ってない。」
と言う。
「でも、悲しませた。寂しい思いをさせた。だから、お詫びの印としてこれを受け取って欲しい。」
ん・・・? あれ・・・? そういえば・・・?おや・・・? ええっと・・・?
あ、ああああああ!!!!!
カイさんに預けたままだ!
「スタンにーちゃん。もしかしてニーナにお土産持ってくるの忘れたの~~~?」
ウィルが『これは面白い事が起こりましたわぁ』という表情をしながらウッキウキで近寄って来る。
コイツ絶対許さねぇ。
「もういいよ。私がスタンお兄ちゃんを困らせたのが悪いんだから。」
いやいやいやいやいや、まって、ちゃんとあるの、すぐそこにあるの!
青くてきれいな押し花のしおりがあるのぉ!!
そのとき、ふとあのミオティ草の気配を自分の服のポケットに感じた。
「えっと、これ、奇麗だろ? ニーナ青色が好きだからさカイさんに手伝ってもらって探したんだ。」
押し花のしおりをポケットから取り出してそっとニーナに手渡す。
「よかったなニーナ。すげー奇麗なミオティ草の花じゃん。スタン兄ちゃんやるなぁ。」
その後は、みんなでグレイスさんの家に行きグレイスさんに事情を説明した。
俺とカイさんは少し遅めの昼食にするためギルドハウスに移動し、残っている食材で簡単に昼食を取っている。
「よかったね、ニーナちゃん喜んでたみたいじゃないか。」
「はい。一安心しました。それにしても、いつの間にポケットにあの押し花のしおりを入れたんですか?」
「ああ、ニーナちゃんのところに走っていくときにコッソリね。」
カイさんは意地悪そうに笑う。
「でも、もう気が付けると思っていたよ。コツは掴んでいるはずだからね。実は魔力はみんないつも感じているんだ、ただ、それが誰の魔力なのか普段から意識していないから区別できなくて感じているはずなのにそれに気が付けてないんだよ。今君はあの花の魔力を意識して区別できてるって事なのさ。」
「はぁ。カイさんは凄いですね。デミーではそういう事も教えてくれるんですか?」
「いや、全部私が一番お世話になった先生からの受け売りだよ。実は私にも本当のところはわからないんだ。あはは。」
昼食を食べ終え、少しカイさんはそのお世話になった先生について教えてくれた。
「不思議な人でね。もともとは冒険者で世界との繋がりについてを研究していると言っていた。私が卒業する時にデミーの教員を辞めてまた冒険者になったそうだ。」
「世界との繋がりって何ですか?」
「うん。先生曰く、『この世界は誰もが皆世界とつながって世界から恩恵を受けて生きている。この体内に流れる魔力が世界との繋がりであり、我々はその魔力を使う際に無意識に世界そのものに自分自身を接続してそこから力を引き出して使っている』だそうだよ。何となくそんな気もしなくもないし、かといってそんな実感はないんだよね。」
それからカイさんはその先生について、興味が出ると自分が興味を無くすまでそれを研究する癖があること、研究以外はほとんど何もしようとせずいつも部屋の掃除を代わりにやっていた事、ご飯の作り方を教えられ代わりに料理を作っていた事、勉強でわからない事があると『わからない事があるという事は人生を楽しむ余地がまだあるという事だよ。わからない事を楽しみたまえ、楽しんでいるうちに理解できるさ』と意味の分からないことを言われた事を話してくれた。
「そろそろ交易拠点に戻るよ。久々にリジェネア村に来れてよかった。」
「じゃぁ、入り繰りまで見送ります。」
「そうかい、それじゃ行こうか。」
ギルドハウスを出て村の入口へ向かう。
その途中、アップがやって来た。
「あ、スタンみーつけた。」
いつも通り自分の体と同じくらいのバッグを背負ってこっちに走って来る。
何か俺に用かと思ってアップの方に俺も走っていった。
「アップ何かあったか?」
「うん。僕ねカイさんにお礼を言いたかったんだ。」
「私に・・・?」
「うん。カイさん。スタンを助けてくれてありがとう!」
アップが元気よくお礼を言う。
カイさんは、何故か複雑そうな心境の表情を見せた。
「気にしないでくれ。それよりも、君はどうしてリジェネア村に居るんだい?」
「それはね、スタンに冒険者になってもらって一緒に冒険するからだよ。あ、そうだ。カイさんも一緒に僕たちの冒険について来てくれると嬉しいな。」
ニコニコしながらアップが話していたが、それを聞いた途端カイさんの表情が硬くなった。
「ふざけないでくれ!」
それは普段のカイさんから想像つかない強い口調だった。
槍を握る手にも力が入っているのが分かる。
「いいか、君は魔物だ。魔物は人を襲う。今はそうでなくとも些細な変化でその本性はあらわになる。」
カイさんがアップに対し圧を強めていく。
「僕はこの村の正式な住人ではないから、君がこの村で暮らすことをリジェネア村の人々が許すならそれには何も言わない。だが、魔物である君がスタン君と一緒に冒険に行くなんてことは認めるわけにはいかない。」
カイさんは今度は俺の方を見て同じように言った。
「スタン君。君もまさか魔物と一緒に冒険をしようなんて思ってるわけじゃないだろう。いい機会だ。ここできっぱりと断ってこの魔物とは関係を断つんだ。」
どうしちゃったんだよカイさん。
カイさんの変貌について行けなかった俺をよそに、アップは何かを感じ取っていた。
「そっか、カイさんはそういう経験をしたことがあるんだね。それでカイさんは傷ついたんだね。」
「!」
「その子が何をしたのかは僕にもわからないけど、その子とカイさんの間には悲しい思い出だけじゃなかったはずだと思うよ。」
その一言は、俺でも瞬時にそうと分かるほど触れてはいけないモノだ。
カイさんは鬼のような形相でアップを睨みつけ、アップに向かって槍を構える。
「君に何が分かる。魔物に何が分かる。」
「ごめんね、僕にはわからない。だけど、その子の事を『悲しい思い出』にしているのはカイさん自身なんだっていうことはわかるよ。」
「知ったようなことを!」
カイさんの体から槍に魔力が流れるのが見えた、プラーナだ。
そしてカイさんの体から放出されている魔力もある。
そっちはエーテルだ。
属性を槍に与え、身体をエーテルで肉体を強化している。
これは、ブリッツストラッシュだ。
俺はとっさにその辺に転がっていた手ごろな木の棒を手に取って、ダッシュする。
「消えろ。」
カイさんがスキルを放つその瞬間。
槍に送り込まれたプラーナが槍の先端に集まっていく。
それは二つの波が螺旋を描くように伝わっていた。
「ブリッツストラッシュ!!」
二つの波が描く螺旋の隙間をついて、俺は槍の先端を木の棒で突く。
「なに!?」
カイさんの放ったブリッツストラッシュは、軌道が逸れアップの横をすりぬけ虚空へと消えて行った。
スキルは基本的に詠唱をもって完全な状態となる。
というか余程のスキル習熟度でないと無詠唱でスキルを放つことはできない。
基本スキルのストラッシュならまだしも、ランクの高いブリッツストラッシュを無詠唱で放てるなんてカイさんはどれほどこのスキルを磨いたんだ・・・
何はともあれ、詠唱を省略した状態のスキルでよかった。
そうじゃなきゃとてもじゃないが逸らす事すらできなかっただろう。
「やるじゃないか、魔力の流れを読み取って魔力の流れていないところをピンポイントで突いてくるなんて。この短期間によくそこまで上達できるものだ。」
カイさんが冷たい視線を俺に向けながら淡々と語る。
できると思ってやったわけじゃない。
ただ必死で止めることはできないけどせめて矛先を逸らすことくらいはできるかもしれないと思って、破れかぶれで掴んだ木の棒を突き出しただけだ。
そしたらその瞬間に、それが魔力の流れが見えたような気がした。
自分で意識してやったわけじゃない。
もう一度やれって言われたって出来るもんか。
「アップは、このリジェネア村の一員だ。それを傷つけるならカイさんだって容赦はしない。」
カイさんとアップの間に入って構える。
「ステータスもなく、スキルの使えないスタン君がどうやって私を倒すつもりなんだ。」
「知らないよ。だけど、だけど何もしないよりはマシだ! カイさんらしくないよこんなの!!」
カイさんに向かって俺は力いっぱい叫んだ。
カイさんはそのまま構えを解いて俺たちに背を向ける。
「スタン君。私は君がその魔物と一緒に冒険に行くというのならその手助けはできない。ごめんよ。」
そう言うと、カイさんはリジェネア村を後にして行ってしまう。
その言葉の冷たさには何か身に覚えがある。
あれは世界に大切なものを奪われた人間の声だ。
カイさんは何を奪われてしまったんだろう。
あまりの事に俺は言葉を失ってその場にへたり込む。
しばらく唖然としていると、アップが悲しそうな声で話しかけてきた。
「スタン。助けてくれてありがとう。どうしよう。カイさんを怒らせちゃった。」
「気にするなよ。それより怪我はないか。」
「驚いてこけたらちょっと擦りむいちゃったけどダイジョウブ。」
「そっか、ならよかった。アップこの事は俺とおまえの秘密だ。誰にも言わないでくれるか。きっとカイさんも本当はこんな事したいと思ってなかったはずなんだ。」
「うん。わかってるよスタン。」
この数日後、リジェネア村にガストさんから連絡が来た。
なんと、ガストさんもセラピアで流行っている風邪にかかってしまいしばらく帰れなくなったらしい。
警備隊の人たちも風邪が治り切らず、今回はリジェネア村の方で警備を担当することが決まった。
そのため、リジェネア村の男は村から離れ交易拠点での警備と拠点の整備に向かう事となったが、俺は戦力外という事で連れて行ってもらえなかった。
そして、そんな中で事件は起きてしまう。
冒険が、すぐそこまで来迫ってきていたことを俺は知る由もなかった。




