3-8 交易拠点のカイさん
交易拠点へは無事にたどり着くことができた。
連絡を受けていたカイさんが交易拠点の入り口(と言っても柵がある程度)の所で出迎えてくれ、俺とガストさんは少し遅い昼ご飯をいただいている。
交易拠点の状況を確認する意味も含めて、ガストさんはここで1泊してから改めてセラピアに向かうらしい。
俺の目的はカイさんに会うことでセラピアまで行くことではなかったけど、帰りのこともあるしセラピアでガストさんを手伝って一緒に帰ろう。
セラピアでニーナへのお土産も買えるだろうし。
「ガストさん。リジェネア村の皆さんはお元気ですか?」
「ああ、みんな元気だ。交易の準備に向けて精を出しているよ。カイお前の方はどうだ? 最近変わったことはないか?」
「ええ、私は元気でやっています。ですが、ちょっと前までこの辺に魔物がよく来ていまして。」
「ここに魔物が出るようになるなんて珍しいな。いや…よく設備を守ってくれた。セラピアから応援を呼んだのか?」
ガストさんは魔物が出現するようになったことを気にしたけど、それよりも先に被害を出さないで済ませてくれたカイさんに礼を伝えた。
気を回すというのはこういう事なのだろうか。
注意してみると、一つ一つの言葉にも伝えるタイミングというものがあるらしい。
「いえ、そうしたかったのはやまやまなんですが、セラピアの方でなんだかしつこい風邪が流行っているらしく、同僚も数人体調不良を訴えてまして応援は読んでいないんですよ。」
「じゃぁ、カイお前ひとりで対処したのか。そこまで強力な魔物は出ないだろうしカイの能力なら十分対応できると思うが、さすがに何日も続けば苦労したろう。」
「いえ、それがですね…」
と、カイさんはどうやって魔物に対処したのかを放してくれた。
事前に罠を仕掛けたり行動を制限するように策を置いたりして戦いやすいようにしてはいたが、次々とやってくる魔物たちに手を焼いていたところ通りすがりの年季の入った冒険者が助けてくれたらしい。
その人はかなりの手練れで広範囲の魔物をチャチャッと片付け、原因と思われる魔力溜まりとなっていた場所を見つけるやないなや、魔力の淀みに槍を突き刺して溜まっていた魔力を解消してしまったそうだ。
そのあと、助けてやったんだから飯と寝床を提供しろと迫られ、数日ここで過ごしていたらしい。
ここを発つ時にどこに行くのか聞いたら『旅の目的なんかねぇからなぁ。行く当てもねぇよ。』とどこかに行ってしまったらしい。
「というわけなんですよ。ガストさんもセラピアに行かれるのですからご注意ください。」
「なるほど、その年季の入った槍使いも気になるが、セラピアで流行っているというしつこい風邪をうつされてリジェネア村に持って帰ってしまっては大変だな。」
何かを考えガストさんは俺の方を見た。
「スタン。お前は一旦村に戻れ。村に戻ったらみんなに体調管理にはいつも以上に気を付けるよう言ってくれ。セラピアである程度薬を仕入れる予定だったが、風邪が流行ったとなっては薬の類は入手しずらくなってしまっただろうからな。お前にも風邪がうつったら大変だ。」
あー、そっか、確かに村のみんなに風邪をうつすようなことになったら大変だ。
モル姉もしばらく居ないんだし。
ただ、ちょっと困ったなぁ。
「うん。」
「まぁ、セラピアにはまた今度連れて行ってやる。お前も、手洗いうがいを忘れずにな。」
俺とガストさんのやり取りを見ながら、カイさんが話を続ける。
「そういう状態ですから、セラピアからいつもの様に警備を行えないかもしれません。そうなった場合は時期をずらすかリジェネア村の皆さんにも警備の協力をお願いするしか。」
「警備を減らすわけにはいかんからなぁ。」
「冒険者崩れのならず者は必ず来ますからね。」
「セラピアの状況次第だが、今回はリジェネア村で警備を担当することを早めに計画しておいた方がいいかもしれないな。」
ガストさんはカイさんと今後の予定について相談が終わると、村長にさっきの件で連絡を入れて休みを取ると一足先に交易拠点の宿泊用施設へを向かって行った。
「スタン。悪いがティニアの世話をしてやってくれ。」
「うん。ティニアおいで。」
俺はティニアにご飯をあげて、宿泊施設に併設されている浮魔用の寝床の準備をする。
カイさんもそれを手伝ってくれた。
「ところでスタン君。冒険者にはなれたのかい?」
「あ。え。ああ…そっか。」
流石にカイさんには伝わってなかったか。
「実は…」
俺はかくかくしかじかと現状を説明して、ここに来た目的がカイさんがデミーで学んだ魔物の事やアイテムの使い方などを教えて欲しいとお願いした。
「なるほど、そんなことがあったとはね…。もちろん僕でよければスタン君の力になるよ。勉強するなら教科書があったほうがいいと思うけど…、あっ、そういう事か。ガストさんそれでさっき…」
カイさんは何やら口を押さえて笑う。
「対魔物の教科書は入手に時間がかかるから待っててね。ちゃんと君の所に届くはずだから。」
「?」
「ま、今は気にしなくていいって事さ。そうなると、私が君に教えてあげられることかぁ。なかなか難しいねぇ。」
カイさんはう~んとうなり首を傾け何やら思案していたが、しばらくして何かを思いついたようだ。
「あ、そうだ。せっかくだから簡単な回復薬の作り方と応急処置の仕方とかを私がまとめたノートがあるから、それを持っていきなよ。スキルで簡単に傷を癒せるから軽視されがちだけどスキルが使えなくても怪我が治せるから役に立つと思うよ。」
「ありがとうございます。」
カイさんは一瞬少し驚いたような、寂しそうな、そんな顔をした。
「カイさん、どうかした?」
「あ、いや、ごめんよ。以前の君に『そんなのよりもっとカッコいいスキルとか教えてよ』って言われたことを思い出しちゃってね。」
俺君さあ、お前ホントマジ反省しろ。
なんて自分勝手なやつだったんだ。
人の好意を何だと思ってんだお前。
「でも、以前の君より今の君の方がずっと冒険者に見えるよ。」
「ええ?」
「自分のできることを探して、困難を打破するために歩み続けようとしている。きっと、これからの君の方がすごい冒険者になる可能性があると思うな。」
「カイさんは優しいなぁ。でも、そう言ってもらえると嬉しいよ。」
ティニアのお世話が終わり、夕飯まで時間もあるのでカイさんは俺に休むように言ったけど、カイさんはこの後何をするのか聞いたら日課の訓練をするというので俺も訓練に付き合わせてもらうことにした。
「いいのかい? 訓練と言ってもスキルの型を繰り返すだけだよ?」
「うん。そういう積み重ねが一番大事だから。」
「そっか、じゃぁ一緒にやろうか。」
カイさんは槍を使うので訓練用の木の槍を持って構える。
俺もカイさんから少し距離を取って訓練用の木刀を構えた。
お互いに精神を集中させ、訓練を開始する。
カイさんが繰り返しているのはスラッシュの槍版といえるスキル『ストラッシュ』の動きだ。
スラッシュが斬撃であるのに対し、ストラッシュは地面と水平にした槍を突き出す突貫力に特化している。
斬撃が効かないような固い装甲を持つ敵に対してその固い装甲を突破したり、装甲と装甲の隙間をつくこともできる。
発展させると持っている槍を投げて相手を突き刺す遠距離攻撃も可能で、意外とアイデア次第で柔軟な戦い方ができるのが槍使いの特徴だ。
人によってはそのリーチを生かして、全身をがっちり防具で固めてタンク役を務める人もいる。
でも多くはそのリーチと手数を活かして先陣を切っていくアタッカーだ。
カイさんはというと、そのどちらでもなく珍しいオールラウンダータイプだ。
攻めることも守ることもできる。
間合いの取り方が絶妙に上手いんだ。
「ハッ!! ハッ!! フン!!」
黙々とストラッシュの型を繰り返すカイさん。
ただ漠然と繰り返しているのではなく、相手の動きをイメージしてストラッシュを繰り出しているのが分かる。
相手の勢いを止めるため素早く連続で繰り出していたり、確実に相手を仕留めるための必殺の一撃だったり、相手との距離を取るための牽制だったり、いろいろなパターンを想定して動きを繰り返していた。
カイさんは、そういう事ができるようになるくらい多くの魔物を研究して動きをイメージできるまでになったんだと思う。
前々から思っていたけど、そこまでできるカイさんがただ怖くて逃げだしたとはやっぱり思えない。
今のカイさんは、何のために訓練を続けているんだろう。




